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〔一〕 綾部の冬籠

(十二)


 秋山あきやまさんは年末ねんまつに一たきり、容易よういその姿すがたせなかったが、しかしそのするどに一見当けんとうをつけた以上いじょう、そのまま安閑あんかんとしてましてるようなひとではなかった。大本おおもとはたして立派りっぱなものならその立派りっぱところ活用かつようしよう。しゴマカシものなら、そのゴマカシを摘発てきはつしてれようとの量見りょうけんらしかった。ゾロゾロ部下ぶか海軍かいぐん将校しょうこう綾部あやべおくんだのも、たしかに将校しょうこう斥候せっこうはなって、実状じつじょう威力いりょく偵察ていさつおこなおうとする機略きりゃく縦横じゅうおう用兵家ようへいか巧智こうちも、そこほう幾分いくぶんはたらいてたとおもう。さらに二がつりて、秋山あきやまさんは一人ひとり密偵みってい大本おおもとおくんで、内状ないじょう秘密ひみつ調査ちょうさた。これが頭脳ずのう頭脳ずのうとのたたかいなら、大本おおもと人間にんげんはとても秋山あきやまさんの脚下あしもとにもおよばないのだが、ただ有難ありがたいことには、大本おおもと人間にんげん智慧ちえでは行動こうどうらない。全然ぜんぜん自己じこむなしうして、かみに一にんしてかまえなしのかまえでく。すると、人間にんげん工夫くふう智慧ちえは、結局けっきょく自縄じじょう自縛じばくおわくらいのものである。

 秋山あきやまさんの派遣はけんしたのは、一社会しゃかいにはそのひとありとられたる谷本たにもと狂介きょうすけくんであった。統務閣とうむかく初対面しょたいめん挨拶あいさつをしたが、至極しごく愛嬌あいきょうのある、如才じょさいない人柄ひとがらで、年齢ねんれいは四十五六でもあろう。頭髪かみには余程よほど白髪しらがまじってた。ただおどろいたのは、いかにも谷本たにもとさんの身体からだが、小柄こがら出来できあがってることであった。たけたった四しゃくすんしかない。それがズングリとよこひろいのではなく、すべての道具どうぐそのたけ相応そうおうして、適宜てきぎ配置はいちされてるのだから、可愛かわいらしいことおびただしい。

秋山あきやまさんから此方こちらことうかがって修行しゅぎょうにまいりました。何分なにぶんにもよろしくおねがいします』

何日間なんにちかんぐらい御滞在ごたいざい御予定ごよていですか』

わたしのは何日なんにちめてありません、おみちのことのわかるまで、此方こちら御厄介ごやっかいになります』

御職業ごしょくぎょうは』

売薬業ばいやくぎょうをやってましたが、ナニ近頃ちかごろはすっかりほうってあります』

 んな問答もんどう自分じぶんあいだ交換こうかんされた。かく大本おおもと内部ないぶ起臥きがすることになり、れいの「新建しんだち」がこのひとあてがはれた。

 数日間すうじつかん滞在たいざいするうちに、次第しだい次第しだいに、谷本たにもとさんの前身ぜんしんなり、また参綾さんりょう目的もくてきなりが判明はんめいしてた。売薬業ばいやくぎょうをやったというのは余程よほど以前いぜんことで、れいの「おいっちしき行商ぎょうしょう元祖がんそであったそうな。この数年来すうねんらい池袋いけぶくろ天然社てんねんしゃはいり、その辣腕らつわんもって、一人ひとりってまわしてごうものであったが、天然社てんねんしゃ最近さいきんつぶれると同時どうじに、閑散かんさんうえとなった。秋山あきやまさんとは、その天然社てんねんしゃ時代じだいから関係かんけい出来できたので、さてこそ、先日せんじつ秋山あきやまさんが綾部あやべからもどると、ずこのひと選定せんていして、大本おおもと研究けんきゅう調査ちょうさたくしたのであった。

 谷本たにもとさんは大正たいしょうねんあきから、みみはなと三箇所かしょ病気びょうきかかり、これも天然社てんねんしゃぐみなる岸博士きしはくし病院びょういん治療ちりょうしてたが、秋山あきやまさんからこの重任じゅうにん依嘱いしょくされては、だまってれる性分しょうぶんではなかった。病気びょうきはまだ全治ぜんちというほどでもなかったが、そのまま病院びょういんして綾部あやべへやっててしまったのである。

神様かみさま病気びょうき平癒へいゆ御祈願ごきがんをしていただきます。わたしのは性質たちわる中耳炎ちゅうじえんで、この病気びょうき医者いしゃではとても根本的こんぽんてきなおりはしません。どうしても神様かみさまにおすがりするよりほか致方いたしかたございません』

 谷本たにもとさんはくちにはただ病気びょうきことしかわなかった。無論むろん病気びょうきうそではない。まった医者いしゃだけでは、とてもなおれぬ性質せいしつ中耳炎ちゅうじえんであり、同時どうじはな相当そうとうわるかった。しかし谷本たにもとさんは、自分じぶん病気びょうきぐらいにしているようなひとではなかった。たけこそたッた四しゃくすんだが、鬱勃うつぼつたる覇気はきその小躯しょうくうちえてた。

「この病気びょうきなおるならなおるでよし、かくこれをたねに、大本おおもと霊術れいじゅつ試験しけんをしてやろう』

というのが、その主要しゅよう目的もくてきであったらしかった。戦略せんりゃく戦術せんじゅつ大家たいかたる秋山あきやま将軍しょうぐんが、自分じぶん名代みょうだいとして派遣はけんした人物じんぶつだけあって、中々なかなか油断ゆだんのならぬ一しゅ曲者くせものであった。

 かく自分じぶん引受ひきうけて鎮魂ちんこんをしてやることになった。無論むろん自分じぶんには、医術いじゅつ心得こころえなどのあろうはずはない。いかにあたまをひねってかんがえてたところが、谷本たにもとさんの中耳炎ちゅうじえん何日間なんにちかんなおるか、わかりはせぬ。いたかたがないから、御神前ごしんぜんでて神様かみさまむかってた。自分じぶん其様そんときもっとよわる。自分じぶん身体からだもっぱ常識的じょうしき出来できて、神示しんじたいしては極端きょくたん鈍覚どんかくである。で、大概たいがいこと常識的じょうしきてき判断はんだんで一解決かいけつしてき、万止ばんやむをざる場合ばあいかぎって、きわめてまれ神示しんじあおぐが、おそらく神懸かみがかりのじゅつにかけては、自分じぶんのような下拙へたなものはあるまいとおもくらい、そのかわり滅多めったにやらないから、失敗しっぱいすくないのはもうけものかもれない。

 御神前ごしんぜんで、自分じぶんはものの十分間ぷんかんも、鎮魂ちんこん姿勢しせいうかがったよころが、ようや谷本たにもとさんの中耳炎ちゅうじえんが二十八日間にちかん全治ぜんちするとの神示しんじせつすることが出来できた。散々さんざんかみさんにねんおしたが間違まちがいはないらしい。おもって谷本たにもとさんにそのむね明言めいげんした。

『二十八にちかかるそうです。おそらく、みみ同時どうじはななおしていただけるだろうとおもいます。鎮魂ちんこんは十一二かいやらなければなりますまい』


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