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〔一〕 綾部の冬籠

(十)


 れかわりちかわり、綾部あやべには、一にちとして新規しんきひと来訪らいほうなしに、くるることがなかったが、その応接係おうせつがかり説明役せつめいやく自然しぜん成行なりゆきで、八九どお自分じぶん受持うけもつことになってしまった。鎮魂ちんこんいたりては、全部ぜんぶ自分じぶん引受ひきうけた。少々しょうしょうぎるかとおもわるるくらいやったものだ。大本おおもと内部ないぶでもこれについては多少たしょう懸念けねんするものがないではなかった。

 自分じぶんとてべつ鎮魂ちんこん道楽どうらくというのではない。じつをいうと自分じぶんもやりまで億劫おっくうかんずる。やらずにむのなら無論むろんりはせぬ。なにしろ憑依霊ひょういれい発動はつどうせしめて、一うち勝負しょうぶおこなうのであるから、恁麼こんな気骨きぼねれる、真剣しんけん仕事しごとッたらありはせぬ。先方むこうさいわい穏健おんけんな、道理わけわかった守護神しゅごじんであってれれば世話せわはない。が、中々なかなかあつらきの守護神しゅごじんばかりありはせぬ。甘言かんげん令色れいしょくもっ審神者さにわたらしにかかるのもあれば、勝手かって放題ほうだい誤託ごたくならべて審神者さにわこまらすのもある。また乱暴らんぼうやつになるとちかかってたり、びついてたり、すこしでも油断ゆだんがあろうものなら、ぐられるくらいならまだい、ともすれば自分じぶん肉体にくたい占領せんりょうされるというおそれさえある。ひと鎮魂ちんこんする気分きぶんは、白刃はくじんもっわたうのとすこしも差別さべつがない。んな厄介やっかい仕事しごとだれこのんでやるものがあるものでない。

 いかにせん、吾々われわれ現代げんだい人士じんしは、この二千ねんらい段々だんだん幽界ゆうかい絶縁ぜつえん状態じょうたいになり、こと最近さいきん五十年間ねんかん物質ぶっしつ感染かんせん極端きょくたんたつしてる。ツイこの数年すうねんらい欧米おうべい学界がっかいでは次第しだい霊界れいかい存在そんざい眼覚めざめかけてたが、日本にほん学界がっかいでは、これかんして研究けんきゅう門戸もんこひらこうとせず、個性こせいびたる霊魂れいこん実在じつざいくものがあれば、あたまからこれ冷笑れいしょうしてかかる、所謂いわゆる知識ちしき階級かいきゅうがそうであるから、これ指導しどうせらるる国民こくみん態度たいどるべきのみで、神諭しんゆせ、奇蹟きせきいてかせたくらいで、おとなしく承認しょうにんする身魂しんこんは千にん一人ひとりもい。そこ万止ばんやむを鎮魂ちんこん実施じっしとなった次第しだいである。

 鎮魂ちんこん主要しゅよう目的もくてきは、無論むろん霊魂れいこん存在そんざい証明しょうめいするなどという、やすッぽいものではない。遊離ゆうり放散ほうさんやす霊魂れいこん身体しんたい中府ちゅうふ招集しょうしゅうとう一して、顕幽けんゆうにょ神人しんじんごう一の妙境みょうきょう到達とうたつせしめ、宇宙うちゅう秘奥ひおうさぐり、天道てんどう大道だいどうあきらかにするのにあるのだが、この修行しゅぎょうだいおいて、副産物的ふくさんぶつてき霊魂れいこん存在そんざいぐらいわかってしまう。理窟りくつで十ねんかかってもわからぬことが、僅々きんきんにちか二実験じっけん体得たいとくせしめる。一はやわからせようという誠意せいい当方こちらにあれば、ツイ億劫おっくうでも鎮魂ちんこんということになる。

 よくよくはやいのになると、一ぺん憑依霊ひょういれい発動はつどうする。当人とうにん意識いしき全然ぜんぜん明瞭めいりょうで、全然ぜんぜん覚醒かくせい状態じょうたいことだから文句もんくはない。審神者さにわほう説明せつめいするまでもなく、たちまちに守護神しゅごじんせつ承認しょうにんする。理性りせい発達はったつし、学識がくしきがあればあるほどさとることもはやい。什麼どうしても神霊しんれい問題もんだい研究けんきゅう其所そこから出発しゅっぱつせねばならぬ。通例つうれいその瞬間しゅんかんに、そのひとはガラリ態度たいどが一ぺんして、うまれかわったようになる。その真味しんみれぬ人間にんげんの、貧弱ひんじゃく小主観しょうしゅかんから小理窟こりくつほど、莫迦ばかげたものはない。

 何故なにゆえ大本おおもと鎮魂ちんこんがそれほど辛烈しんれつなる威力いりょく発揮はっきするか、という疑問ぎもん読者どくしゃむねいてるだろうとおもう。古来こらい坐禅ざぜんでも、催眠術さいみんじゅつでも、その霊的れいてき修行しゅぎょうでも、吹聴ふいちょうほどに効果こうかがらない。こと近来きんらい所謂いわゆる霊的れいてきいたりては言語ごんご道断どうだんで、おおくはたか伝授料でんじゅりょうきあげられるにぎない。そのさいそのもんはしったもので、十にんうちにんまでは失望しつぼうする。ところが大本おおもと鎮魂ちんこんいたりては、やったものが十にんうちにんまでは満足まんぞくする。最近さいきん年間ねんかん活事実かつじじつこれ実証じっしょうしてるのだから仕分しかたがない。世界せかいじゅう何所どこさがしたとて、かみともみ、かみめいによりてうごき、かみちからもたれ、安身あんしん立命りつめいして、断々乎だんだんことして、まえ大立替おおたてかえ切迫せっぱくせるを呼号こごうし、事実じじつうえ天下てんか人心じんしんうごかしてところはありはせぬ。風声ふうせい鶴唳かくれいにもこしかし、物価ぶっか騰落とうらく感冒かんぼう襲来しゅうらいぐらいで一ゆうし、悲鳴ひめいげつつあるなかに、やせてもれても大本おおもと信仰しんこうはいったものけはうごかない。悪声あくせい漫罵まんばうちに、毅然きぜんとして著々ちゃくちゃくその仕事しごとすすめつつある。いやしくもみみあるもの、あるものは、っとはかんがえててもよかりそうなものだ。しかし大本おおもと鎮魂ちんこん偉力いりょくは、たん人間にんげん智能ちのうかんがえるだけではわからない。人智じんち産物さんぶつならば人智じんち測定そくていもされようが、こればかりはそうはかぬ。不可抗ふかこう時節じせつ到来とうらいと、偉大いだいなる神力しんりょく加護かご――この二つが大本おおもと鎮魂ちんこん不可思議ふかしぎ説明せつめいする。には絶対ぜったい説明せつめい方法ほうほうがない。天運てんうん循環じゅんかんして神人しんじんごう一、祭政さいせいしゅ到来とうらいしたから、必要ひつようおうじて各自かくじ守護神しゅごじん表面的ひょうめんてき活動かつどうおこ必要ひつようおうじては、天地てんち大神おおがみたちをはじめ、八百よろず天津神あまつかみ国津神くにつかみ御援助ごえんじょがありした。在来ざいらいなかにない現象げんしょうだから、しんじられぬなどというのは、時勢じせい変遷へんせんさっせざる迂愚者うぐしゃりゅう囈語たわごとである。人間にんげん歴史れきしはじまって以来いらい類例るいれいなき大動乱だいどうらん世界せかい現状げんじょうが、これ説明せつめいしてあまりあるではないか。この破天荒はてんこう事実じじつ破天荒はてんこう奇蹟きせきなしに終結しゅうけつしてたまるものでない。

 かく鎮魂ちんこんやら、大本おおもと説明せつめいやら、また雑誌ざっし執筆しっぴつ編纂へんさんやらで、丹波たんば零下れいか何度なんどかの冬籠ふゆごもりも、引越ひっこ挙句あげく不便ふべんなる田舎いなか生活せいかつ格別かくべつにもならず、無我むが夢中むちゅうごしてった。吾々われわれのような凡人ぼんじんにはドウもいそがしいのが一ばんくすりであるようだ。いそがしくさえあれば間違まちがいがあまおこらすにむ。忙殺ぼうさつつま神様かみさま恩寵おんちょうだ。


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