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〔一〕 綾部の冬籠

(七)


 秋山あきやまさんが先鞭せんべんをつけてから、大本おおもと部内ぶないには海軍かいぐん士官しかん来訪らいほうが一頻繁ひんぱんになった。大部分だいぶぶん軍艦ぐんかん吾妻あづま」の乗組員のりくみいんで、みな秋山あきやまさんから勧告かんこくされた結果けっかであるのはいうまでもない。くれ二十日はつかぎからよく大正たいしょうねん正月しょうがつごろまで大本おおもと部内ぶないは一海軍かいぐんむら形成けいせいする有様ありさまであった。桑島くわじま四元よつもといずみ近藤こんどう松本まつもと鯨島くじらしま武藤むとう有岡ありおか絲満いとまん香椎かしい竹内たけうち立花たちばな渡邊わたなべ佐伯さえき篠崎しのざき檜貝ひがい松尾まつおなどという連中れんちゅうで、佐官さかんきゅうもあれば、尉官いかんきゅうもあり、将校しょうこうもあれば技術官ぎじゅつかんもあったが、いずれも元気げんき旺盛おうせい猛者もさばかり、した大雪おおゆきことともせず、また大晦日おおみそか元日がんじつのおかまえもなく、ドシドシめかけてた。一ぽう自分じぶん雑誌ざっし編輯へんしゅう忙殺ぼうさつされてながらも、これ篤志者とくししゃめには、出来できだけ時間じかんいて、霊学れいがく説明せつめいやら、鎮魂ちんこん修行しゅぎょうやら、お筆先ふでさき講釈こうしゃくやら、じつのまわるような年末ねんまつ年始ねんしおくった。これまで十七ねんあいだ閑職かんしょくいて、かん日月じつげつおくったわせを一にさせられてしまった。

 理想りそう現実げんじつとのあいだには、つね距離きょりがあるものだが、自分じぶん綾部あやべ生活せいかついても、だいなる一つの見当けんとうはずれをしてた。引越ひっこしまえには自分じぶんすくなくも一二年間ねんかんは、呑気のんきに、閑静かんせいに、落著おちつはらって、修行しゅぎょうまいおくるものとおもってた。ところが実際じっさい綾部あやべ生活せいかつ多忙たぼう引越ひっこし荷物にもつ整理せいりせぬ時分じぶんから、修行者しゅぎょうしゃ殺到さっとうされてほとん寝食しんしょくいとまもない。それからきつづいてまるねんあいだあさとなくひるとなく、またよるとなく、自分じぶん周囲しゅういにはつね修行者しゅぎょうしゃむれがあって、碌々ろくろく落著おちついて食事しょくじさえも出来できなかった。大正たいしょうねんなつからは一綾部あやべはなれ、大阪おおさか雑閙場ざっとうじょうげん新聞しんぶん生活せいかつおくってるが、新聞しんぶん事業じぎょうそのものの多忙たぼううえに、依然いぜんとして修行者しゅぎょうしゃむれから包囲ほうい攻撃こうげきける傾向けいこうがある。実際じっさい本稿ほんこうごときも、ねむをこすりながら、夜半よなかごろに、寝床ねどこなからすくらいのものだ。んな次第しだいで、引越ひっこし以前いぜん想像そうぞうしたような綾部あやべ生活せいかつとは、まるでちがった生活せいかつなので、最初さいしょあいだ随分ずいぶんこまりもし、失望しっぼうもし、不平ふへいでもあった。

神様かみさま随分ずいぶん無理むりだ。すこしは修養しゅうよう余地よちあたえてから、おもむろ使つかってれてもかりそうなものだ』

くらいのことをおもわんでもなかった。

 が、つらつらかんがうれば、この虐待ぎゃくたいのおかげで、自分じぶんのようなものでもいくらか心身しんしん練磨れんま出来できたようだ。実際じっさい戦場せんじょうまねば戦争せんそう呼吸こきゅうわからぬと同様どうように、本当ほんとう修行しゅぎょうも、きた仕事しごと稽古けいこせねば結局けっきょく駄目だめのようだ。くるしまぎれに一しょう懸命けんめいにやってる。一にん生命せいめいにかかる問題もんだい、一しん去就きょしゅうかんする疑問ぎもん、そのかつ問題もんだいなんとか解決かいけつ処分しょぶんしてかねばならぬのだから、学校がっこう実験じっけんしつでやるのとはわけちがう。つねに全能力ぜんのうりょく傾注けいちゅうしてかからねばならぬ。やってうちには、精神せいしん肉体にくたいともに段々だんだんれてて、最初さいしょつらかったこともいくらからくになり、最初さいしょにかかったことも案外あんがい平気へいきでやれてる。

 海軍かいぐん将校しょうこうれんは、大抵たいてい十一終列車しゅうれっしゃで、舞鶴まいづるかえってくので、自分じぶんもそれまで大本おおもと居残いのこってるのをつねとした。三うら半島はんとう暖国だんこくてき気分きぶんとは大変たいへんちがいで、ったゆきが、ここではつもつもって、いつでも一二しゃくになってる。自分じぶんよるの十二ごろ単身たんしん大本おおもとて、和知川わちがわ寒風かんぷうかれながら、ゆきなかをざくざく帰宅きたくするのをつねとしたが、みょうなもので左程さほどさむさをかんじなかった。

『やってれば案外あんがいにやれるものだ』

ということをこれにつけてもつくづくかんじさせられた。

 海軍かいぐん士官しかん鎮魂ちんこん状態じょうたいがいして猛烈もうれつかつ淡白たんぱくなのがおおかった。そしておおくはわけなく発動はつどうし、おおきなこえ呶鳴どなてる。立花たちばなくんいて天狗てんぐさんなどの淡白たんぱく加減かげんったら、まことあいすべきものがあった。審神者さにわがその質問しつもんすると、四りんにひびく大音声だいおんじょうりあげて、即座そくざに、

天狗てんぐ!』

とやったものだ。天狗てんぐ天狗てんぐ名告なのるのはあたまえはなしだが、実際じっさいやってると中々なかなかそう淡白たんぱくなのはすくない。大抵たいていいたうそならてて、審神者さにわ胡魔化ごまかしにかかる。ヘッポコきつねくせ天照あまてらす大御神おおみかみなどと名告なのったり、出鱈目でたらめたぬきくせ国常立くにとこたちのみこととほざいたり、よくよく法螺ほらきたがるものだ。んな憑霊ひょうれい肉体にくたい占領せんりょうされて人間にんげんが、平生へいぜいいかに、うそ出鱈目でたらめ、ゴマカシばかりをならべるかは、想像そうぞうあまりあるであろう。

 絲満いとまん機関きかん大尉たいいごときも、一二丁目ちょうめさきまでひびこえ呶鳴どなったのを記憶きおくする。佐伯さえき機関きかん少尉しょういはただ呶鳴どなったばかりでなく、がってはころげ、ころげてはまたがり、ドタン、バタンと、随分ずいぶん騒々そうぞうしい発動はつどうぶりであった。んなことを一々ててては際限さいげんがない。これから特殊とくしゅのものだけをして、記憶きおく辿たどっていてることとしよう。


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