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〔一〕 綾部の冬籠

(五)


 秋山あきやまさんの鋭利えいりはりごと頭脳ずのうもってしてもけっねたなん問題もんだいを、かみもなく解決かいけつしてくだすった。この時分じぶんから「天祐てんゆう」「神助しんじょ」というかんがえは秋山あきやまさんのむね寸時すんじはなれなくなった。

人間にんげん矢張やは智慧ちえばかりにっては駄目だめだ、什麼どうしても最後さいご至誠しせいだ。至誠しせい通神つうしんというところまでかねば本当ほんとうはたらきは発揮はっきされぬ。むかしから偉人いじんわれたひと神通力しんつうりょくのあるひと霊智れいち霊覚れいかくうごいたひとだったに相違そういない』

 んなかんがえがえず秋山あきやまさんの胸中きょうちゅう往来おうらいするようになった。秋山あきやまさんがこのねんらい矢鱈やたら霊覚者れいかくしゃもとめて遍歴へんれきした動機どうきは、このへんからみなもとはっしてるようであった。迷信めいしん遍歴者へんれきしゃなかにありても秋山あきやまさんのごときはたしかもっと資質たちのよい、もっと同情どうじょうあたいする優等ゆうとう迷信めいしん遍歴者へんれきしゃであった。

 自分じぶん無遠慮ぶえんりょあえ迷信めいしんの二かんする所以ゆえんは、秋山あきやまさんの信仰しんこうつい自己じこ中心ちゅうしん人間味にんげんみ脱却だっきゃくなかったとしんずるからである。しん信仰しんこう信仰しんこうとのわかるるところしゅとしてこのてんる。秋山あきやまさんははるか常人じょうじん以上いじょう誠忠せいちゅう純潔じゅんけつであり、また才智さいち優越ゆうえつであった。おしかな秋山あきやまさんはこれ自覚じかくぎてた。ある程度ていどまでせつくっして神霊しんれいまえあたまをさげるが、豈夫まさかとき秋山あきやま自身じしんがムクムクとしてて、全然ぜんぜんおのれをむなしうすることが出来できなかった。

智慧ちえ学問がくもんとをさっぱりててしまうて、うま赤児あかごこころになりて、かみもうすことを身魂みたまでないと真正まこと御用ごようには使つかわれぬ。』

 と大本おおもと神諭しんゆおしえてある。秋山あきやまさんはモウいきのところでこれが出来できなかったようだ。「」のつよいのは結構けっこうだが、全然ぜんぜんその「」をってしまうところまで修行しゅぎょう練磨れんまけの余裕よゆうあたえられずにこのった。いやしくも一ぺんの「」がまじればモウ駄目だめだ。その結果けっか自己じこ中心ちゅうしんとしてかみ従属じゅうぞくとする。それではしん信仰しんこうではなくてかみ鰹節かつおぶしにするところ信仰しんこうとなる。偶々たまたま神慮しんりょ自我じがと一するとき信者しんじゃでありるが、一ちょうそれが相反あいはんする場合ばあいになると離反りはんしてしまう。くるしいからいやだ。つらいからいやだ。自分じぶん目的もくてきちがうからいやだ、自分じぶん思惑おもわくたぬからいやだ――大本おおもと大神おおかみけっしてこんなことゆるさない。あらゆる試練しれんいて、立派りっぱこれ通過つうか身魂みたまでないと、神様かみさま落第らくだい点数てんすうせらるる。大本おおもとおしえ至難しなんなる所以ゆえん現代げんだい人士じんし大本おおもと信仰しんこうず、かえっ悪声あくせい漫罵まんばはな所以ゆえんここる。世界せかいじゅう余程よほど行詰ゆきづまったが、まだまだこれくらい行詰ゆきづまりでは、世界せかいじゅう人間にんげん全然ぜんぜん」をててかみまえ平伏へいふく拝跪はいきすること出来できそうもない。食物しょくもつもない、衣服いふくもない、住居じゅうきょもない、みずもなければ空気くうきもない、権力けんりょくも、財力ざいりょくも、武力ぶりょくも、智力ちりょくも、体力たいりょくも、なんようをもさぬ。いよいよグウのないというところまでかなければ、発根ほっこん改心かいしん無条件むじょうけん服従ふくじゅうはとても出来できそうもない。ああ立替たてかえ大峠おおとうげ世界せかい最後さいご大審判だいしんぱん何時いつごろそれがることやら……。

 イヤ途方とほうもないところはなしんでしまった。もともどって浦塩ウラジオ艦隊かんたいはなしをつづける。

 秋山あきやまさんは神示しんじによって浦塩ウラジオ艦隊かんたい太平洋たいへいようまわって、津軽つがる海峡かいきょうけることをたが、さていかなる形式けいしきこれ発表はっぴょうすべきかについてはいささこまったそうだ。

今朝けさ霊夢れいむによってらされた』

 などとったところが、海軍かいぐん部内ぶないひと神霊しんれい実在じつざいらぬものばかりだから、たん冷笑れいしょううだけにおわる。仕方しかたがないから、秋山あきやまさんは霊夢れいむたことは、ふか自分じぶんむねおくふかひそめて何人なんびとにもわず、もっぱ理性りせい判断はんだんから浦塩ウラジオ艦隊かんたい行動こうどう推定すいていしたつもりにして、自己じこ意見いけんとして発表はっぴょうしたそうだ。

自分じぶん浦塩ウラジオ艦隊かんたいかなら太平洋たいへいよう突出とっしゅっし、津軽つがる海峡かいきょう通過つうかして浦塩ウラジオ帰航きこうするものと確信かくしんする。上村かみむら艦隊かんたいはこの推定すいていもと行動こうどうおこし、日本海にほんかい捷路しょうろり、津軽つがる海峡かいきょう内面ないめんおいてき艦隊かんたい迫撃ついげきすべきである。てき艦隊かんたいあといかけて太平洋たいへいようるのはむなしくてきいつするのおそれがある』

 この意見いけんは、無線むせん電信でんしん軍令部ぐんれいぶにもまた上村かみむら艦隊かんたいにも通達つうたつされたが、しいかな軍令部ぐんれいぶこれ採用さいようしなかった。そして上村かみむら艦隊かんたいをしてとう海岸かいがん方面ほうめん出動しゅつどうせしめた。その結果けっか流星りゅうせい光底こうてい長蛇ちょうだいっし、てき悠々ゆうゆうとして津軽つがる海峡かいきょう通過つうかして一たん浦塩ウラジオはいってしまった。しこのとき秋山あきやまさんの建策けんさく、イヤむし神策しんさくもちいられたなら、上村かみむら艦隊かんたいは八がつ十四たず、六がつ中旬ちゅうじゅん浦塩ウラジオ艦隊かんたい撃沈げきちんして、一そう手際てぎわよく国民こくみん溜飲りゅういんるところであったのだ。

 かく秋山あきやまさんはこのときから、豈夫まさかさいにはかなら天祐てんゆう神助しんじょのあることを確信かくしんしてうたがはなくなったそうだ。人間にんげんというものは、自分じぶんらぬこと到底とうていしんずるのではないが、ただの一でも体験たいけんがあると、ガラリ態度たいどを一ぺんしてる。科学かがく万能ばんのう在来ざいらいなかでも、真剣しんけんひと真心まごころひとには、大抵たいていしょうに一や二はこの程度ていど体験たいけんがあったようだ。軍人ぐんじんたると、政治家せいじかたると、学者がくしゃたると、文学者ぶんがくしゃたるとの差別さべつがない。ただなかうすッぺらな、中途ちうと半端はんぱ人間にんげんにはこれがない。いからかみ実在じつざいうたがい、これしんずるものを悪口あくこうする。こまったなかだ。が、この状態じょうたいもモウあまながくもつづくまい。世界せかい全体ぜんたいおも存分ぞんぶん神力しんりょく大発動だいはつどう体験たいけんして、文句もんくヌキに往生おうじょうする時節じせつうやら接近せっきんしつつあるようだ。


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