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〔一〕 綾部の冬籠

(四)


 秋山あきやまさんは前年ぜんねん皇道こうどう大本おおもと発行はっこうした「このみち」とだいせる小冊子しょうさっしを、何処どこかで披見ひけんしたことがあり、それから一綾部あやべというところってたいとおもってたそうである。海軍かいぐん士官しかんのこととて却々なかなかその機会きかいくてこまってたところ、今回こんかいその坐乗ざじょうせる軍艦ぐんかん吾妻あづま」が舞鶴まいづる入港にゅうこうしたのをさいわい、早速さっそく訪問ほうもんしたということであった。秋山あきやまさんは当時とうじ水雷すいらい戦隊せんたい司令官しれいかんであったのである。

 著眼ちゃくがん奇警きけい雋敏そうびん他人たにん軽々けいけい看過かんかするところを、いちはや見附みつすというところが、秋山あきやまさんの独壇場どくだんじょうともいうべきてんで、おそらく海軍かいぐん部内ぶない類倫るいりんてるばかりでなく、日本にほん全国ぜんこくでもかたならるものはあまりかったに相違そういない。うすッぺらな、極度きょくど印刷いんさつきたない「このみち」一さつで、大本おおもとたいして大体だいたい見当けんとうをつけるというのは、たしかに鈍眼どんがん凡骨ぼんこつしゃりゅうくわだおよ芸当げいとうではない。けむりてそのたるをさっし、つのてそのうしたるをるなどよりは、困難こんなん仕事しごとであるかわかりはせぬ。これにくらべると、立派りっぱ印刷いんさつされた大本おおもと神諭しんゆ提供ていきょうされ、またこれほどまで変化へんかせる世界せかい現状げんじょうせつけられ、かつ無我むが夢中むちゅうで、お目出度めでたいことをならてる腐儒ふじゅ学究がくきゅう頭脳ずのうはたらきのにぶ加減かげんめぐりのわる加減かげんまことにおはなしにならぬ。秋山あきやまさんのようなひとは、ややもすればあまりに機敏きびんぎて失策しくじり、またこれ連中れんちゅうあまりに鈍重どんじゅうすぎて失策しくじる、なかなかおもつぼにははまらぬものだ。

 実際じっさい出口でぐち先生せんせい自分じぶんも、秋山あきやまさんのみのはやいのにはしたいておどろいた。一をきいて十をさとり、片鱗へんりん全龍ぜんりゅうさっするというおもむきがあった。わずすう時間じかん会見かいけんで、大本おおもと概要がいようのこくまなく秋山あきやまさんのちてしまった。大本おおもと神諭しんゆ予言よげん警告けいこくをきいても、神人しんじんごう一の原理げんり原則げんそくをきいても、日本にほんこくならび日本にほん使命しめい天職てんしょくをきいても、スラスラとなんもなくれてしまう。さながら長鯨ちょうげいの百せんうとったようながいがあった。日暮にいぼしてかえるまでには、秋山あきやまさんの決心けっしんは八九までついたようであった。

本当ほんとうかみさんはたしかここだとおもいます。これからみッしり修業しゅうぎょうにかかりましょう』

 自分じぶんむかってんなことをった。

 もっと秋山あきやまさんが、神霊しんれい問題もんだいいて、かくも理解りかいするどかったのは、ただその頭脳ずのう雋敏そうびんであるという以外いがいに、べつ有力ゆうりょくなる原因げんいんがあった。ほかでもない、その日露にちろ戦争せんそうちゅうける貴重きちょうなる霊的れいてき体験たいけんであった。

従来じゅうらい誤解ごかいけますから、だれにも発表はっぴょうしたことはありませんでしたが、あなたにだけおはなしします。』

 と前置まえおきして秋山あきやまさんはつぎ物語ものがたり自分じぶんらしたのであった。

 一つは浦塩ウラジオたい突出とっしゅつして常陸丸ひたちまる金州丸きんしゅうまる襲撃しゅうげきしたときことであった。日本にほん上下じょうげはこの奇襲きしゅうっていろうしなって震駭しんがいした。上村かみむら艦隊かんたいただち前線地ぜんせんちから招致しょうちされて、てき艦隊かんたい撃滅げきめつにんあたったのであるが、いかにあせってももがいても、出没しゅつぼつ自在じざいなるてき行動こうどう不明ふめいなるがめに、いたずらにごうやすのみで如何いかんともくだしようがなかった。復讐ふくしうきゅうゆる国民こくみんは、もどかしがって上村かみむら将軍しょうぐん罵倒ばとうするものさえあった。日本にほん全国ぜんこくはまるでかなえくがごときものがあった。

 秋山あきやまさんは当時とうじ東郷とうごう艦隊かんたい中佐ちゅうさ参謀さんぼうとして、軍艦ぐんかんかさ乗組のりくみ、旅順りょじゅん封鎖ふうさ任務にんむ従事じゅうじしていた。無線むせん電信でんしんで、頻々ひんびんとしてこの情況じょうきょう報告ほうこくされるが、勿論むろん東郷とうごう艦隊かんたいとしては、旅順りょじゅんおきを一はなれることは出来できない。その時分じぶん秋山あきやまさんの苦心くしん焦慮しょうりょ極点きょくてんたつした。

 問題もんだい浦塩ウラジオ艦隊かんたいがいかなる行動こうどうるかであった。日本海にほんかい通過つうかしてそのまま浦塩ウラジオきあげるか、それとも日本にほんとう海岸かいがん突出とっしゅっして日本にほん艦隊かんたい空虚くうきょき、散々さんざんあばれらしたうえで、津軽つがる海峡かいきょうもしくは宗谷そうや海峡かいきょうけて帰航きこうするか、上村かみむら艦隊かんたいこれによりて追撃ついげき方策ほうさく決定けっていせねばならぬ。普通ふつう人間にんげん智慧ちえかんがえたところが、二しゃいずれもべきことで、到底とうてい断定的だんていてき決論けつろんくだすことは不可能ふかのうである。しかし上村かみむら艦隊かんたいとしては、そのいずれかに目標もくひょういて索敵さくてき運動うんどう開始かいしせねばならぬ。成功せいこう不成功ふせいこうはこのさいの一だんによりてわかれるのであるから大変たいへんだ。人間にんげん相場そうばんなとき決定けっていする。機敏きびんあいだ可否かひ判断はんだんくだして、そして百ぱつちゅうけっしてあやまらぬひとが、きて一せい師表しひょうおうがれ、して百だい廟食びょうしょくするのである。

 人間にんげんいく智脳ちのうしぼって到定とうていけっねるとき人間にんげんさじげてかみまえ鰭伏ひれふしたときかみはじめて真心まごころひとたすけるということを、このさい秋山あきやまさんははじめて体験たいけんしたのであった。

 終夜よもすがらかんがつくしてかんがず、疲労ひろうあまりとろとろと仮寝まどろんだかとおもわれた瞬間しゅんかん秋山あきやまさんのじたるなかが、東雲しののめそらのようにあかるくなり、百さきまではっきりした。不図ふとがついてると、眼裡がんり展開てんかいしたのは日本にほんとう海岸かいがん全景ぜんけいで、そして津軽つがる海峡かいきょうむかうにえるではないか。

 およく注意ちゅういしてると、いましも三そう軍艦ぐんかん津軽つがる海峡かいきょう目指めざしてきたむかって航進こうしんする。その三そう夢寐むびあいだにもわすがたい、かね見覚みおぼえのある浦塩ウラジオ艦隊かんたいのロシア、ルーリック、グロムボイではないか。

彼奴あいつどもとう海岸かいがんまわって津軽つがるけるのだナ』

 かくて直覚ちょくかくした瞬間しゅんかんに、うみなみふねも一にパッとえてパッチリひらけた。ゆめゆめにあらず、うつつうつつにあらず、秋山あきやまさんは生来しょうらいはじめての経験けいけんとて、霎時しばし戸惑とまどいの気味きみであったが、これはかねおよべる霊夢れいむというものだなとさとったときには、おぼえず感泣かんきゅうほかなかったそうだ。


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