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〔一〕 綾部の冬籠

(三)


 十二がつの十四午後ごごであった、自分じぶんが二かい引籠ひきこもって、しきりに「神霊界しんれいかい」の原稿げんこういてところへ、大本おおもとから使者ししゃ名刺めいし持参じさんした。

『このおかたえてますからすぐてください』

 名刺めいしると、意外いがいにもそれは秋山あきやま眞之まさゆき海軍かいぐん少将しょうしょうであった。

秋山あきやま少将しょうしょうか、こりゃ面白おもしろい、早速さっそくくとってください』

 実際じっさい自分じぶんこころなかいさった、秋山あきやま将軍しょうぐんといえば天下てんか名士めいしであり、神算鬼謀しんさんきぼう天下無比てんかむひうたわれてひとだ。自分じぶんながあいだ海軍かいぐん部内ぶないることはたが、まだかけちがって一その謦咳けいがいせっしたことがない。しかるにこのひとが、自分じぶん綾部あやべ引越ひっこしたたッた三日目かめ参綾さんりょうするというのは、不思議ふしぎといえば不思議ふしぎだ。ンな名士めいしからはやわかってれればまこと結構けっこう頑迷がんめい不霊ふれい海軍かいぐん部内ぶない案外あんがい容易ようい覚醒かくせいするかもれぬと、うれしくってたまらなかった。そしてかみならぬの、意外いがい突発とっぱつ事件じけん秋山あきやま少将しょうしょう中心ちゅうしんとしておこり、ますます誤解ごかい紛糾ふんきゅうとをかさぬるにいたろうとは、つゆばかりも想像そうぞうなかった。

 かくいそいで大本おおもとってると、出口でぐち先生せんせい秋山あきやまさんとは、統務閣とうむかくおいまさ会談かいだんちゅうであった。自分じぶん早速さっそくそのくわわって初対面しょたいめん挨拶あいさつもそこそこに、ただち神霊しんれいじょう問題もんだい突入とつにゅうした。

 秋山あきやまさんのかお従来じゅうらい写真しゃしんってるだけで、実物じっぶつ拝見はいけんすること今日こんにちはじめてであった。たか湾曲わんきょくしたはな、ややまがった口元くちもとするどい、しかし快活かいかつ眼光まなざし全体ぜんたい引緊ひきしまった風 丯ふうぼう動作どうさだれてもただものでないだけはすぐわかる。海軍かいぐん士官しかん気質かたぎという、一しゅ独特どくとくかたにははまってるが、しかし何処どこともなく、そのかた超越ちょうえつした秋山あきやまりゅう特色とくしょくあらわれてて、みょうひときつけるところがあった。たしか僥倖ぎょうこう空名くうめいひとではないと首肯しゅこうされた。

 談話だんわまじゆること一時間じかんならずして秋山あきやまさんの長所ちょうしょ次第しだい次第しだいわかってたが、しかしその短所たんしょ弱点じゃくてんまた髣髴ほうふつとしてみとめられた。頭脳ずのうはたらきの雋敏そうびん鋭利えいりきわめ、ため停滞ていたい拘泥こうでいすることをきらい、自分じぶんぜん直覚ちょくかくするものにむかって、周囲しゅういの一さい顧慮こりょ打棄うちすてて勇往ゆうおう邁進まいしんする勇気ゆうきにかけては、たしか天下てんかぴんがいゆうしてた。軍人ぐんじんでも政治家せいじかでも、官吏かんりでも、地位ちいたつすると、兎角とかくイヤにかたまってしまって、こころ門戸もんことざし、清新せいしん溌刺はつらつ気象きしょうとぼしくなる。こと知名ちめい名士めいしというやつかえってけない。僥倖ぎょうこうはくその虚名きょめいきずつけまいとして、後生ごしょう大事だいじおさまりかえる。其麼そんな人物じんぶつには面会めんかいせぬにかぎる。えば一でがっかりしてしまう。ところが、秋山あきやまさんには微塵みじんその臭味しゅうみかった。日露にちろ戦役せんえき殊勲者しゅくんしゃなどということ毫末ごうまつはなさきにブラげず、おもうてことなんでもい、わからぬことだれむかってもき、キビキビした、イキイキした、なんともえぬうるわしい、気持きもちのよい、真直まっすぐおとこらしいところがあった。

 しかし一ぽう長所ちょうしょがあれば、同時どうじまた短所たんしょともなうのはいたかたがないもので、秋山あきやまさんはあまりにその頭脳ずのう鋭敏えいびんなのにまかせて八にんげいえんじたがるところがあった。一つの仕事しごとをしてうちに、モウそのあたまの一には仕事しごといくつもいくつもかんがえてるといったふうで、精力せいりょく集中しゅうちゅう思慮しりょ周到しゅうとう意志いし堅実けんじつなどというところがとぼしかったようだ。

参謀さんぼうとしては天下てんか無比むひだが、統率とうそつうつわとしては什麼どうであろうか』

 というのが海軍かいぐん部内ぶない定評ていひょうのようであったが、成程なるほどこのひょうにも一ぺん真理しんりこもってるとおもわれた、ひとにはそれぞれ特長とくちょうがあり、方面ほうめんがある。秋山あきやまさんは日露にちろ戦役せんえき海軍かいぐんめい参謀さんぼうとして立派りっぱ職責しょくせきはたし、また天下てんか耳目じもくを一しんあつめたひとである。それだけ秋山あきやまさんの秋山あきやまさんたる所以ゆえんは十ぶん発揮はっきされて遺憾いかんなしである。終生しゅうせいただの一花咲はなさはるわず、むなしく埋木うもれぎとなってしまうのもけっしてすくなくない。よくをいえばかぎりがないが、秋山あきやまさんの一しょうなどはもっもっと意義いぎある、またもっとはなやかなる一しょううてよかったようだ。

 が、自分じぶんここ秋山あきやまさんの人物じんぶつひょうこころみるのが目的もくてきではない。秋山あきやまさんの晩年ばんねん大本おおもととの関係かんけいりのままにえがきたいとおもうばかりだ。大体だいたいおいうと、秋山あきやまさんの信仰しんこうたいする態度たいどには、れい秋山あきやましき特色とくしょくあらわれてた。早呑はやのみをするが、ややもすればうつ多過おおすぎて、その結果けっか不徹底ふてっていながれた。時期じきには明照教めいしょうきょうってたが、一ねんらずでこれ見棄みすて、つい川面かわも凡児ぼんじ傾倒けいとうし、同志どうしあつめてその講演こうえんいたりンかしたが、これも一二ねんねつがさめた。池袋いけぶくろ天然社てんねんしゃにも出入でいりしたが、それもあまながくはつづかなかった。かく物質ぶっしつかぶれのした現代げんだいに一さきんじて、神霊しんれい方面ほうめん問題もんだい研究けんきゅう歩武ほぶすすめようとしたのは、たしか卓見たっけんたるをうしなわなかったが、姉崎あねざき博士はくし所謂いわゆる迷信めいしん遍歴者へんれきしゃという部類ぶるい編入へんにゅうされてもいたかたがないところがあった。彼方あちらあさり、此方こちらあさりて帰著きちゃくするところらない。吾々われわれから無遠慮ぶえんりょこれ批評ひひょうすれば信仰しんこうじょう前科者ぜんかものであった。最後さいご秋山あきやまさんは大本おおもとたが、モウいきというところでこれにもつまづいてしまった。

何所どこってても、半歳はんとしか一ねんうちに、自分じぶんほうえらおもわれて仕方しかたがない』

 その秋山あきやまさんは自分じぶんむかってンなことをべたが、秋山あきやまさんの長所ちょうしょ短所たんしょもよくこの一うちにあらわれてたようにおもう。


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