心霊図書館 心霊小品集綾部を去る

心霊小品集

綾部を去る

 善い点だけ拾い出せば、綾部の自然界もはなはだ結構ですが、むろんイヤな点も沢山ある……。事によると、後者の方が余計かも知れません。

 困りものは丹波の冬、十二月の声をきくと、モウきれいに晴れた日とては、めったにありません。一寸蒼空が見えたかと思うと、日本海の方から、底冷えのする雨雲が、さっとばかりに襲い来て、山を掠め、谷を埋め、たちまちにして冷たい雨が、ビショビショ降り出す。雨の時はまだいいが、やがてそれが雪となり、翌年の三月の末までには、何百回雪が降るかも知れません。

 近年は不思議に、雪の分量がよほど減りましたが、私が最初綾部に引越した大正五年の暮から、翌年の春にかけての寒さなどは格別で、一尺余の雪が、年中絶間なく山野を埋め、道路を塞ぎ、散歩や遠足などは、思いも寄りませんでした。ほとんど霜さえ降らぬ三浦半島と、雪ばかりの丹波の綾部との対照は、相当痛烈に骨身にこたえたことは、今でもよく記憶に残っています。

 それなら綾部の夏は涼しいかというに、そいつは全然正反対で、水蒸気の多い無風の窪地に直射する太陽の熱度は、又格別、七月頃から、日中は大てい九十度以上に上り、何やらモーッとして、妙に睡気を誘います。土地の人々が、日中は大抵昼寝と相場をきめているのも、あながち無理はないようです。綾部でいつも涼しいのは、綾部橋の上と、舟の上だけであります。

 

 予定の紙数が尽きかけましたから、私は一とずここえらで筆をきます。綾部の大本教がよかれ悪しかれ、又丹波の山川風物が気に入ろうが入るまいが、何もかも皆過去十年の夢となりました。東の空に舞い戻っての今後の浮沈消長、機会があったら、又十年後に振り返って見ることに致しましょう。


綾部を去る 7

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