心霊図書館 心霊小品集綾部を去る

心霊小品集

綾部を去る

 夏の川遊びに比して、ほとんど遜色なきは、秋の丹波の山遊びであります。名にし負う丹波栗の本場、ほとんど小児の拳大にも達する大粒のがさかんに出る。それから山国だけのことがあって、柿が多量に産出する。私の邸に元から生えている三本の柿樹にるだけでも、なかなか食いきれません。

 が、丹波の山幸やまさちは、何んと言っても、茸狩にとどめをさします。綾部の南嶺北丘、到る所、ほとんど松茸の産地ならざるはなしです。魚釣りのヘタな私は、茸狩りにもまた人並すぐれてヘタですが、それでも丹波の茸狩なら、私見たいなものにも、はなはくみしやすい。ズーッと見渡すと、人の採り残した、笠の開き切った大物が、ニョキニョキ聳立して居ることがある。そんなのは、いやしくも盲人めくらでない限りは、誰にも採れます。そうでなくとも、試みに枯枝か何かで落葉を掻いて見ると、間の良い時には、むくむくと、七八本見事な奴が、突如として頭を出していることもすくなくない。兎に角山へ行って、手ぶらですごすご戻るような、気のきかない場面には、めったにぶっつかったためしがありません。

 しかし私には、松茸狩よりは、むしろ初茸狩りの方が一層愉快でした。綾部から約一里の地点に、以田いでんの野があります。波のように起伏する広袤こうぼく一里ばかりの小松原――其所そこが初茸の産地なのです。雨上りの日でも選んで、そこへ出掛けて見ると、イヤ有る! 有る! 五歩に一本、十歩に五本。見事な奴が、あの薄赤がかった高尚な頭を、芝生の上に突き出している! 携帯せる籠に採っては入れ採っては入れしている中に、いつしかその籠がイヤに重たくなる。

『残念ながら、今日はこれ丈でおやめにしましょう。そんなに慾を深くしたところが、とても持っては帰れない……。』

『次回に来る時は、貨物自動車でも傭って来ることですナ。』

 口々にんなことを言いはやしながら、よき程に切り上げる事ほど左様に、あの初茸が沢山あるのです。きけば丹波の住民は、初茸などはてんで眼中になく、あんなものを採って食うほど、茸類に餓えてはいないのだそうです。なお以田の野には、初茸のほかにも、芝かつぎと称する、ねばねばした茸だの、めちゃめちゃに密生する、あのシメジだのも沢山あります。

 秋の茸狩りを語った上は、一応春のわらび狩りも数えねばなりますまい。須知山の谿間たにま、稻山の裾、あちこちぶらつきながら、あの優美な曲線をポキと手折る。……わらびは食べてもなかなか美味うまいが、しかしその興味の大部分は、手折り心地のいかにもいい点にあると存じます。

 これは丹波の名産でも何でもありませんが、是非ぜひともここに書きとめて、後の記念に残さねばならんのは、私の邸のあちこちに植えてある、五本の白無花果いちじくの樹です。十年前綾部に引越す時に、私は小指ほどの苗木を、横須賀からたずさえて行って植えつけて置いたのですが、それが年と共に繁茂し行き、今では二三間四面にえ茂り、さかんに実をつけます。両三年前から、その季節には、毎日平均百顆位づつ採収されましょう。兎に角私の家の無花果いちじくは、綾部附近の評判となっている位で、通行の人々はよく足をとどめて、

んとまァ美事なもんやなァ!』

などと歎声を発します。今年は時候の加減か、特別の豊産で、大小さまざまの青い果実が、の枝にもの枝にも、すずなりにっています。

『せめて無花果いちじくの熟するまで、綾部に居ましょうよ……。』

 子供達は、しきりにそう言って私に迫ります。私とて、あの甘漿かんしょうたる、もぎ立ての大きなやつを、家族と共に味わいたいのは山々ですが、周囲の事情はそれを許さず、今年はただ青い果実を、残り惜しげに眺めただけで、引越すべく余儀なくされました。鶴見へ来てからも、時々あの無花果の噂が持ち出されます。


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