心霊図書館 心霊小品集綾部を去る

心霊小品集

綾部を去る

 イヤ書いてる中に、私の綾部を去るの辞は、はなはだ殺風景きわまるものに成ってしまいました。善男善女をよろこばすに足るような、つつましやかな懺悔話もなければ、青年子女をうれしがらせるような、詩趣情味津々たる感想の流露もなく、おもちゃ箱をひっくりかえしたように、何もも打ちまけての、八ッ当り式なぐり書き――こんなものを読むべく強いらる方々には、誠にお気の毒の至りであります。その埋め合せという訳でもないですが、これから少々私の胸に深く刻まれている、綾部の自然界の印象でも書いて見ましょう。

 綾部が山陰の一名勝として、押しも押されもせぬのは、何と言っても、和知川の清流を控えている、並松なんまつ一帯の一地域があるからです。東西南北の折り重なった山脈が、この辺へ来て、ちょっと遠慮して、背後うしろの方へ引込んでくれてるばかりに、山水のゆとりが出来、そのあいだに亭々たる巨松が、程よく配置されて、なかなかに棄て難い風致を作って居ります。深山幽谷ならば知らぬこと、都会の附近に、これほどの勝地はめったにありません。私が十年佗び住居を構えたところは、丁度並松なんまつの真中に位して居ました。し綾部に、この並松なんまつと和知川とがなかったなら、私がはたして綾部に引込む気になったかドウかは、いささか疑問であります。

 綾部に引越す匆々そうそう、私は一艘の小船を新調し、暇さえあれば、ギチギチそれを漕ぎまわりました。近頃でこそ、山陰の小都会にも、表日本のケバケバしい、運動かぶれのした風潮が侵入して来て、ペンキ塗りのボートなどが、しきりに漕ぎまわされていますが、十年前、私が並松なんまつに移って来た時分には、用事もないのに、船をもてあそぶキマグレ者などは、ただの一人もありませんでした。従って和知川全体は、ほとんど私一人で占領しているようなもので、私は得意の鼻をうごめかしながら、来訪者に向って、よくこんなことを誇りました。――

『どうです私の邸宅も、なり宏大なものでしょう。これが私の庭の池で……。』

 私の住居の上手かみて数丁の所には、急流があり、又綾部大橋のすぐしもには、堰が設けられて居りますので、その中間六七丁の河面は、完全な一のプールを為し、川と言うよりか、むしろ排水の完全な大きな池の観があるのです。

 愉快なのは、一と骨折って船を急流の上まで引張り上げて置いて、それを突き放すことです。船はひとり手に流れに随いてくだり、やがて急流にさしかかると見るや否や、急転直下、さながら矢のように、生え茂れる篠藪を掠め、突起せる巨岩の間を縫って、ほとんどものすごいばかりの勢をもっ奔馳ほんちします。それからだんだん流れがゆるやかになり、ところによりては、クルクル渦を巻きます。私はノンキな顔をして、ともの一端に腰をかけ、船を投げ出して、たばこでも吸いながら、船をすっかり水の流れに任せきりにします。暑い時なら、両足を舷外に投げ出して、冷たい水に洗わせ、若しくは裸体になって、ザンブとばかり水中にとび込んだりします。そんなことをして、三四十分も過ぎたと思う頃には、船はいつしか自分の家の門前に近づいているのです。

『和知川の舟遊び丈は実にいい。全く以て天下一品だ。一生涯に、あの真似ばかりは、二度と再びきないかも知れない……。』

 私は今筆を走らせながらも、そんなことを考えて居ります。

 んな山間の清流ですから、勿論むろん鮎が沢山捕れます。しかし鮎という魚は、莫迦ばかに敏捷なので、私のようなヘッポコ漁夫の手には負えません。他人の捕ったのを買い求めて、ときどき舌鼓を打つ位のところです。が、幸い和知川には、はやが棲んで居ります。六月頃水中深くくぐり込んで、眼を開けて側面を見透すと、大小の銀鱗の游いでいるのが、宛然えんぜん水族館にでも入ったように、はッきり見えます。こいつ私どものようなヘタな釣手には、まことに誂え向きの魚で、飯粒又はサナギを餌にして、いとを垂れると、調子がいい時には、しばらくの間に二三十尾は容易に釣れます。それを焼いたり、煮たり、又は油で揚げたりして、一さかづきを傾ける時の愉快さ。何にしろ釣る楽みの外に、又口腹の慾望を満足させるのですから、申分はありません。


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