心霊図書館 心霊小品集「綾部を去る」

心霊小品集

綾部を去る

 大正十四年七月十一日午後二時半、家族を挙げて丹波の綾部を去る……。これで私の生涯には、記念日が又一つ殖えた訳です。

 私たちが、横須賀から綾部に移住したのは、大正五年十二月の十一日のことでした。その時から指折り数えて丁度十年、月日のつのは全く迅いものです。ああ綾部生活の十年――善かれ悪しかれ私に取りては、それが終生しゅうせい拭い去ることのできぬ、深い印象を残すことでしょう。

 昔から、兎角人事の意の如くならざることを歎息する格言やら、俚諺りげんやらは沢山あります。事志と違う……。とかく浮世はままにならぬ……。人間万事塞翁さいおうの馬……。人生の行路は、何とかするよりも難し……。数え立つれば、恐らく際限がありますまい。父母の膝下を離れて、無事学校生活を終り、それから人生の港ともいうべき、平穏無事な官僚生活を送っただけの四十歳の坊ちやんたる当年の私には、これ等の文句の意義が、単に上面うわつらだけしか判りませんでした。が、最近十年の波瀾はらん曲折きょくせつめて来た今日の私には、いくらかその真の味が判りかけて来たような気分がします。私が綾部に引込んだのは、決してああした生活を送るつもりではなかったのであります。すくなくとも、私の所期の半分以上は、フイになってしまって居るのであります。

『成程世の中というものは六ヶ敷むつかしいものだ!』遅蒔おそまきながら、五十歳の今日に及んで、私はつくづくそう痛感している次第であります。

 無論その罪の全体は、私自身にあります。私に一番けない欠点は優柔不断、けないと知りつつ、ツイ情にひかされて泣寝入りする癖であります。円転滑脱の八方美人式芸当や、転んでもただは起きぬズル味をってぬくせに、兎角周囲の大勢に引摺ひきずられて、思わぬ方向に、ある地点まで押し流される。これではけぬと気がついて、初めて頑強に踏みとどまる時には、モウほとんど手遅れ……。私は綾部で、そんなヘマな真似ばかりやって来ました。あれくらいの失敗で済んだのは、むしろ一の天恵と、衷心ちゅうしんから感謝せねばなりますまい。

すくなくとも自分は、三年間綾部に引籠って、心静かに心霊問題の研究に従事しよう。質素に暮して居れば、どうやら飯だけは食えるから……。』

 これが私の初志であったのであります。この初志さえ、さながらに貫徹して居たらと、今更いまさら残念に存じますが、致し方がありません。大本教祖の筆先の言い草ではないが、仕組みが大へんに遅れてしまい、十年った今日において、四苦八苦の中で、心霊問題の研究を続行せねばならぬ破目に陥って居ります。

『単に世間を騒がした丈で、このまますッ込んでしまっては、いかにんでも申訳がない。これから罪ほろぼしに、みっしり取りかかって、心霊研究の目鼻なりとつけねばなるまい……。』

 綾部を去るにつけても、私の胸には、この念願が火のように燃えつつあります。


日の出ぬ国

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