心霊図書館 心霊小品集創作編

心霊小品集

薬がきき過ぎた

 われわれは、幸い肉体という気侭きままな厄介物から解放されているので、大きに気楽なところがある。みっしり働かうと思えば、仕事はいくらでもできるが、少し休もうと思えば、精神統一状態に入って、ツクネンと静坐すれば、それでよいのである。衣食住の心配があるでなし、又昼夜寒暑の境目もなし、われわれの世界は、もって申分なしにできていると言ってよかろう。

 そこへ行くと、地上の人間生活は随分楽じゃない。人間の中身は魂、外部は肉体――この不調和きわまるものが、一緒になって働けというのであるから、相当無理な註文で、丁度仲のるい男女が夫婦となって、共同生活を営むようなものだ。魂の方では常に自由を叫び、解放を求め、理想にあこがれようとするが、肉体の方では、そうお安く魂の註文に応じようとしない。ろうことなら苟且こうしょ安逸あんいつ鼓腹こふく撃壌げきじょうい、酔生夢死の生活をい、特に性の満足、胃袋の充実等に力点を置きたがる。

 たしか徳川家康であったと思うが、人の一生は重荷をいて遠き道を行くが如しとか、何とか云った。さすがに苦労人の言葉だけあって、穿うがち得て妙である。肉体というものは、たしかに重荷に相違ない。日本民族などは、割合に軽い荷物を脊負せおっているから、まだ楽な方だが、西洋人となると、さぞつらかろう。三四十貫位の大男、大女がザラにあるからナ……。果せるかな物質文明は、いつも西洋民族の間から勃興する傾向がある。物質文明とは、畢竟ひっきょう肉体を悦ばせることを主眼とする人間の努力で、言わば魂が肉体の手下となりて、その御機嫌を取る訳なのである。魂としては非常な譲歩だ。

 何故なぜわれわれ霊界居住者が、従来こんな譲歩……ほとんど奴隷的屈辱と言ってもよいような条件に甘んじていたかというと、其所そこには深い訳、いわゆる神の摂理とでも言うようなものがあったのだ。人間は無論万物の霊長で、他の物質世界の主人公には相違ないのであるが、今から僅々百年前に遡ると、この主人公一向に振わない。第一自分達の置かれている地球の地理にさえも通ぜず、狭い所でコセコセと、児戯に類した戦争などを行っていた。そしてアフリカだの、アメリカだの、濠州だのという、相当広い土地が、まるきり鳥獣の跋扈ばっこに一任してあるという始末だった。見るに見兼ねて、霊界の方では、少し人間に智慧をつけて、船舶を造らせたり、機械を発明させたり、いわゆる物質文明の発達に力瘤を入れてやったのだ。そうしてやらなければ、人間はいつまで経っても、その地上経綸のお役目がつとまらないからなので、詮じつめれば、つまり神様のお慈悲から出た、意味の深い方針だったのだ。

 そのお蔭で、近頃の人間は、立派に万物の霊長らしい生前が営めるようになった。試みに今日の人間生活を、三百年前のそれに比較すれば、まるで別世界の観があるではないか。塵埃や黒烟の多いのは、少々閉口ではあるが、兎も角も近頃の人間生活の便利になったことは、われわれ霊界居住者といえども、ちょっと驚く位だ……。イヤこれは決してお世辞でも何でもない。まごまごしていると、ヘタな霊界通信よりも、無線電信電話の通信の方が、却って迅速な位だ。素晴らしい躍進ぶりだ……。

 が、一長一短は、数の免れない所と見えて、近頃の人間達の増長自慢と、我利々々主義と、放縦自堕落と、そして浅薄な唯物的宇宙人生観とには、いささかうんざりせざるを得ない。いずれも、口には何とか、一応もっともらしい理窟をつけて、自家弁護を怠らないようであるが、その行為は、又その心情は、さして動物とちがわない。イヤわれわれ霊界居住者から観ると、近頃の人間は、実は人間でないのが多い。いずれもあまり感心しない動物霊や、自然霊の傀儡かいらいとなっておどっている。宗教家がそれだ。政治家がそれだ。実業家がそれだ。学者がそれだ。教育家がそれだ。軍人までが大分侵されている……。

 で、先般来霊界の方では、そろそろ方針の変更に着手しかけている。物質文明の奨励も結構……すくなくとも過去においては、大切の仕事であったが、今では少々薬がきき過ぎたようだという意見が、次第に有力になって来たのである。現在世界を通じて、すった揉んだのゴタゴタばかり重ねているのは、つまりその結果で、こいつばかりは、人間が従来の精神こころの持ち方をかえねば、到底収まりのつくものでない。ロンドンで開かれた、経済会議の成行を見ても、世界の人類は、一体何処へ行く? とでも言いたくなるではないか。

 実をいうと、自分は、不敏ながら籍を霊界に置いているお蔭で、世界今後の大体の趨勢、又日本民族として、この時代に処すべき役割等につきて、あらまし承知していないとは言わぬ。が、それは言わぬが花だ。表面の理窟は理窟、主義は主義として、心の奥の方では、人間の守るべき道は、チャーンと何人にも判っている。殊に日本民族は、その点において、世界の他の民族のいずれよりも、遥かに恵まれて居り、三千年来伝統の日本精神が、各自の血肉の間に浸み込んで居る。しかもその精神は、霊界からの特別の援助が、今は立派に学術的にも証明されて居る。日本国民はよくこの精神を体得し、確守して、側目そばめもふらず邁進すれば、それでよいのだ。そうすれば、必ず大過なくして、この難局を突破し、近い将来において、極東方面に、その理想実現の機会を掴み得るであろう。この際予言じみたことを耳にすると、却って人間の謎の種になる……。


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