心霊図書館 心霊小品集創作編

心霊小品集

大理石

 むかしむかし大地の底に、一つの大理石が埋もれて居た。百年、千年、万年と時がつにつれて、その大理石はだんだん大きくなって行った。だんだん大きくなるに連れて、その大理石はだんだん地の底に沈むばかりであった。

 大理石は歎息した。

『ああわたしは光りと生命いのちとの楽しい境涯さかひから、次第に遠ざかるばかりだ。わたしの前途は、まるで闇だ! つまらない……。心細い……。』

 が、永い永い幾時代かをけみした時に、だしぬけに、上をおさえて居る大地の層が、ポカンと二つに割れ、そこから微かながらも、太陽の光がさして来た。つづいて起った大破裂、大震動! まるで大地がひっくりかえつたかと疑わるる途端に、大理石の巨大おおきからだは、いきなり光まばゆき地上に放りあげられた。

 大理石は地上にりあげられたが、しかし予期して居たほどの興味も、愉快も地上にはないことを発見した。そのでこぼこした不態ぶざまからだが、ただ太陽の光に、かんかん照りつけられるだけのことであった。

 大理石は再び歎声を発するのであった。――

『これでは、ただ自分のみにくい姿をさらしものにされるばかりで、どうにもしようがない。つまらない話だ……。』

 かくしてそのまま幾千年の、永い永い歳月を送ったが、ふとこの大理石に眼をつけたのは、一人の彫刻家であった。――

『こいつァ、どうやらものになりそうだ。一つのみを入れて見てやれ……。』

『しめた!』と、大理石が歓んだのはほんの一瞬間のことであった。つちのみとで、打たれ、刻まれ、撥き削られる段取になって見ると、イヤそのいたさ! くるしさ! 大理石は、又もや世迷言の百万遍をならべ立てるのであった。

『こりァたまらない! うッかりすると、脳震盪のうしんとうを起しそうだ! こんな乱暴な取扱いを受けるくらいなら、大地の底に埋もれている方が、まだよッぽどましだッた……。』

 けれども、彫刻家の方では、大理石の世迷言などには、とんと耳をそうとしなかった。尖ったところは砕き取る。でこぼこのめんは削り去る。ガリガリゴリゴリ、幾日かにわたりて、しばしもつちのみとの荒療治の手を休めなかった。と見れば、いつしか其所そこには不態ぶざまな、でこぼこした石のかたまりは消えうせて、白い、つめたい、底光りのする、一基の大理石柱が、すうっとばかり立っていた!

『やれやれこれで助かった!』

と、大理石が歓んだのもホンの束の間、此度このたびは右の彫刻家の工作場に運び入れられ、そこで受けねばならなかった辛酸しんさん苦艱くかんは、到底前日の荒療冶などの比でないのであった。

『今度こそわたしの最後らしい! 今度の痛さは、骨の髄までしみる! もう一と突きで助からない……。』

 何度そう思ったか知れなかった。

 が、そのくせ容易に死ねもせず、つらいくるしいその日その日を右の工作場に送っている中に、ある日俄然として、つちの音は止み、つめたいのみも、あらいやすりも、一時に活動を止めてしまった。

 不図ふと気がついて見ると、自分の姿は、いつの間にやら、雪の肌もあらわなる、一人の気高い天使の姿に変って居るではないか!

『あッ! これが元のわたしかしら……。どうしてわたしのようなつまらぬものが、んな立派なものになったのだろう! うれしい……。恥かしい……。』

 何人も元は大地の底に埋もれた、一の醜い大理石である。それが今では地上に現われて、一つの体躯をもらっている。まだ天使の姿にはなり切れない。ここでうんとつちと、のみと、やすりとの洗礼をうける。仕上げまでには、長い長い歳月がかかる。何べん生死の境をくぐるか知れぬ。思案にあまって絶望の叫びを放つこともあるであろう。が、神の手腕には、寸毫すんごうのあやまりもない。自己完成の仕事が終るとともに、そこには雪白の理想の大理石像が一つ出来上るのである。(完)


張良

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薬がきき過ぎた


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