心霊図書館 心霊小品集創作編

心霊小品集

道普請

 天津あまつ日高日子ひだかひこ波限建なぎさたけ鵜葺草うがや葺不合ふきあえずのみことさまが、筑紫つくし日向ひうが高千穂宮たかちほのみやおいて、高御座たかみくらに即かせられてから、とほあまりなな春秋はるあきを過ごされた時分の一挿話……。

 年代は至って古いが、しかしこの話が、神霊の世界から、人間の世界に放送されましたのは、昭和二年元旦の未明時あさまだき、兎に角きわめて古くて、そして、きわめて新らしい物語であります。

 あるうららかな春の日の午後でした。

 鵜葺草うがや葺不合ふきあえずのみことさまは、愛馬しののめに打ち跨り、高千穂宮からお出ましになりて、城下を取り囲める大森林の中へと、遠乗りを試みられました。随員は武彦、道彦と呼ばるる、御気に入りの武者ただ二人、その時代としても、格外の御微行ごびこうでありました。

 道すがら黙々と、何やら深き思いに沈んで居られたみことは、密林の、とある曲角まがりかどの所で、馬の足掻あがきをゆるめ、年の若い武彦の方を向いておおせられました。――

『武彦、わしはこの森林を貫く、一条の大道路を切り開きたいと思って居るのじゃが、それに就きて、そちの意見をきかせてくれぬか。』

『森林を貫く、一条の大道路……。』と、武彦はいささか意外の面持で、『全体その道路は、いかなる性質のもので、何の御用に宛てらるるのでござりまするか。畏れながら、御聖慮をうかがわしていただう存じまする。』

『ハテただの往還じゃ。現在の道路は、いかにも曲りくねって、坂路ばかり多く、遠近の部落民が朝貢ちょうこういたすにも、れほど難渋いたすか知れぬ。で、わしはこの森林の彼方むこうから、宮城の正門まで、ずっと一直線に、巾の広い大道路を開通させようと、日頃考えて居るのであるが、いうまでもなく、これはなかなかの大事業じゃ、う致せば、それがうまく運ぶか、そちの考を腹蔵なくきかせてしいのじゃ。』

 武彦の眉根には、いつしか一抹の雲がかかりました。――

『畏れながら陛下、この大森林を伐り払い、宮城の正門まで、一直線に大道路をお附け遊ばすということは、はたしていかがなものでござりましょうか? 一利のある所には、必ず一害が伴いまするもので、多年恭順の意を表している、間違のない部落民のめには、この上もなく結構なことに相違ないと存じますが、附近には、まだすっかり皇化にうるおわぬ、謀叛気むほんげたっぷりの蛮族も、少ないわけではござりませぬ。ひょっといたせば、右の道路は、いたずらにそれ等のものどもに、宮城襲撃の手がかりを与えるようなことに、相成りはいたしますまいか……。』

『ふむ、成程……。そうかも知れぬナ。そちの申すところには、たしかに一応の道理がある……。』

 みことがそうおうせられて、いよいよ深く考え込んでしまわれました。馬の方でも、陛下の御様子を察してか、きわめてゆったりと、夢見心地で脚を運ばせました。

『道彦、今度は一つ、そちの意見をきかして貰おうか。』と、みことはややありて、年老いた扈従こじゅうの武者に向って、言葉をかけられました。『汝は頭髪かみも、髭髯ひげも、真白気まっしろけの老骨じゃ。老人には又老人の深い分別があるものじゃ。腹蔵なく申すがよい。』

 老武者の道彦は、謹厳そのもののような態度で、恭しく首を下げて御下問に応えました。――

『畏れながら、わたくしの如き愚かなるものに、何の深い分別が湧く筈がござりましょう。只今武彦の申上げましたところには、水の漏るほどの隙間もなく、思慮分別のこもった、至極の名言かと愚考いたしまする……。』

『武彦は智者じゃ。その智慧袋から出た言葉に、間違のあろう筈はない。――が、道彦、わしの睨んだところに誤りなくば、そち白髪頭しらがあたまのずっと奥の方には、何やら秘密にしまってあるところの、ある物がある。――たしかにある。親しき君臣の間に、遠慮や、秘密はらぬことじゃ。道彦、今日は一つ打割って、汝の考をきかせてくれい。』

 老武者の道彦は、再び恭しく首をさげました。しかし前とはちがって、雪白の睫毛まつげの下に光る、彼の老眼には、沈んだ、しかも一種の、ある色が浮んで居ました。彼はポッリポッリと言葉くちを切りました。

『道彦ごときおいぼれに、向わせられて、難有ありがたき再度の御下問、冥加みょうが至極しごくにござりまする。先刻武彦が申上げましたところの、あの言葉に、一点の相違がありとは覚えませぬ。この大森林を出はずれた、あちらの山々、谷々にすまいする数多き部落の中には、まだまだ皇化にうるおわぬものが、決してすくなくはござりませぬ。神さまから、特別の御加護のある、陛下の御稜威ごみいつおさえられて、めったに反抗はむかいもいたしませぬが、しかし決してはらの底から、帰順しているわけではござりませぬ。少しでも御油断があらば、何時、かれ等がむほんを起さぬとも限りませぬ……。』

『まったくそれに相違あるまい。』と、みこと独語ひとりごとのように仰せられました。『どうも彼等の中には、性質がかたくなで、ききわけのないのが多くて困るのじゃ。さしくいたせばつけあがる。征伐すれば山奥に逃げる。いずれにしても、手がつけられぬ。こんなことをして、これから幾年同じことを繰りかえして見たところで、逐に何のるところがあるであろう。わしはそれを考えると、皇祖の神々、又先考せんこう御霊みたまに対して、合わせる顔がなくて困る。先考せんこうにおかせられては、お若いうちから、早くも幽明の境を越えて、海神の領土にまでくぐり入り、皇基を盤石ばんじゃくの上に据えるべき、神謀遠慮をめぐらされた。しかるに、かくいうわしは、今に何のしでかしたこともなく、いたずらに掌大の宮居みやいを守りて、あたら年又年を送って居る……。道彦、汝の白髪頭しらがあたまから、何とかよい分別をしぼり出してくれまいか……。』

『御覧のとおりの、この古ぼけた白髪頭しらがあたま、智慧や計略のはいっている、気づかいはござりませぬ。先帝さまの時から、うして、ただ馬に乗って、随行おともをするだけがわたくしの役目、頭の中は、胡桃くるみのように、ただコツコツに硬くなってまいるばかりでござりまする。……もっとも、わたくしがく愚を守っているお蔭で、立身出世につきものの、ひとの怨みを買うような心配もなく、又野心や大望に離れることのできぬ、骨身を削る気苦労も知らず、可愛い孫児達まごたちに取り囲まれて、今以いまもって安穏に、御奉公をつづけさせていただいて居りまする。若しも、うっかり、わたくしに、人並ひとなみの智慧才覚でもござりましたら、とてもう平穏無事にはまいりそうもござりません……。』

『道彦、そちの話は噛みしめて見ると、するめのように、なかなか良い味がする。普通ただの智慧ではないか知らぬが、やはり、一つの智慧のひらめきらしいものが、汝の言葉の底に光って居る。――シテこの森林突きぬけの道路の件じゃが、そちは全体それをるがいというのか、悪いというのか?。』

『それは陛下、思い切って、おりなされまするがよろしいかと存じます。』と、老武者はキッパリと答えました。『しかも道路は成るべく広く、成るべく真直まっすぐに、一万人や二万人の大部隊が、宮城の正門まで、楽々と乗り込めるようにお造りなされませ。わたくしなどは、余生いくばくもない老の身で、とてもその工事の落成を見せていただく訳にはまいりませぬが、陛下は、まだ春秋に富んで居らせられる御身でござりまする。大道路が開通のあかつきには、んなに遠近の部落が、恩沢おんたくこうむることでござりましょう!』

恩沢おんたくこうむるのはよいが、それ等の部落が、互に気脈を通じ合い、雲霞うんかごとき大軍を駆り催して、宮城目がけて、右の大道路を進撃して来ることになりはせぬじゃろうかナ? しも、そのような事変出来せば、そちはいかが致せと申すのじゃナ?』

『左様の事は、陛下、断じて起る気づかいはござりませぬ。彼等が叛旗をひるがえして、宮城めがけて攻め寄せるなどとは、めっそうもない夢物語でござりまする。』

 何やら心の中に、確信があるらしく、老武者は、日頃になき力強い言葉で、そう言い切って、龍顔を仰ぎ見るのでした。

 みことは、この老武者の性格は、かたく信じて居られたが、しかし、彼の今の言葉を、そっくりそのまま受け容るることは、いささか無謀、すくなくとも、早まりすぎると考えて居られるのでした。

そちの申す通りになってくれれば、はなはだ結構じゃが、うして、そう事がうまく運ぶのじゃ? わしが日頃胸を痛めているのも、その点につきての疑惑が、まだすっかり解けないからじゃ。――第一、わしの重臣達が、容易に道路開通のくわだてに賛同はせぬであろう。日頃蛮族の侵入を、何より怖れているからナ……。』

『イヤ当方こちらで道路を築くのではござりませぬ。道普請みちふしんは、全部右の蛮族どもに任せることに致しますので……。』

『ナニ蛮族どもに道普請みちふしんを任せる……。こりァ面白い……。』

と、みことは覚えず、右手で馬の鞍を軽打されました。

『左様でござりまする。陛下の御名をもって、道普請は、この大森林の外側から着手するよう、御布令を発して戴くのでござりまする。同時にこれに従事する人夫の賃銀は、るべく高価に、又人夫の生命財産は、しッかりと、陛下のお名で保証していただきますので……。』

 皆まできかず、命はハタと横手をお打ち遊ばした。――

『もう判った判った! わしは即刻道路開通の布令を発することに致す……。』

 

 鵜葺草うがや葺不合ふきあえずのみことさまが、勅令をもって、右の計画を発布された時に、重臣達の中には、随分それにつきて、眉をひそめるものもありました。蛮族どもの部落から、宮城の正門まで、一直線に道路を開通するなどとはけしからぬ話、危険の有無は兎も角も、第一それでは皇室の威厳をきずつけるおそれがある……。そうした議論が、大分あちこちに起りました。

 が、みこと断乎だんことして一切の群議をしりぞけて、初一念を遂行されました。老武者の魂が、みことの魂と、しっかり搦みついたとでも申しましょうか、みことの物の観方が、重臣達の物の観方と、際立きわだちてちがって来たのでした。

 重臣達の尻込みに引きかえて、蛮族の酋長達は、この勅令に接すると同時に、いよいよこれで、一挙に宮城劫掠こうりゃくの目的が達成せらるると歓び勇んで、われ勝ちに、道路開通工事の催促に応じました。が、其所そこに意外の誤算がひそんで居ました。彼等の最初の予期とは違って、鬱葱うっそうと生え茂れる樹木は、いやが上に数多く、また密林の区域は、思いの外に広かったので、工事は遅々として容易に進みませんでした。一年又一年、いつしか多くの歳月が、荏苒じんぜんとして過ぎて行きました。

 その間、蛮族どもに取りて無上のたのしみは、工事にいそしむ報酬として、き立ての貨幣をたまわることでした。みことのお姿のついた、青銅の貨幣は、いかに彼等の日常の生計に利便を与え、又いかに彼等と、皇室との間を結びつける、不思議の魅力をって居たでしょう。貨幣を受取る回数の重なるにつれて、これに刻まれている、みことの御姿は、彼等にとりて、ますます懐かしみの多いものになって行くのでした。

 みこと御自身も、またちょいちょい宮城からお出ましになり、親しく工事の現場にのぞみて、彼等蛮族どもの労苦をねぎらわれました。りんとして、何所どこやら犯し難いところのある、しかしあくまで鷹揚おうやうで、何のこだわりのない、神々しいみことのものごしは、真先まっさきに蛮族の妻子眷族けんぞくを、衷心ちゅうしんから帰服さしてしまいました。みことから直接じかに一と言でもたまわりでもすれば、彼等は天に舞い、地に伏して、その光栄を仲間の者に誇るのでした。

 かくて三十幾つかの春秋をけみして、密林開通の大工事が、いよいよ完成した頃までには、遠近の部落は、ことごとく皇化にうるおいつくして、美しい、温かい、春の光のような温情が、すべての人達の胸に宿ってしまいました。最早以前のように城下だの、部落だのという区別は、存在しなくなりました。上下共同の一つの仕事、しかもそれが、たまたま、道路開通の工事でありましたので、有形にも無形にも、共にその効果が著しくあらわれたのでありました。

 最後に工事完成の大祝典が、盛大に高千穂宮で挙行されました。前年命が密林中で、老武者におおせられたとおり、雲霞うんかの如き大部隊が、宮城目がけて押し寄せてまいったことは事実でありましたが、しかし、それは宮城劫掠こうりゃくめでの部隊ではなく、手に手に日の丸の国旗をふりかざし、婦女おんなも、子供もごちゃごちゃになって、心から歓喜の声をぐる、祝賀のめの大行列なのでした。宮城の正門は、八文字に押し開かれ、警護の門衛などは、ただの一人も置かれてありませんでした。

 口碑の伝うるところによれば、その日群衆が、宮城内になだれ入った時に、死んでからすでに幾年かになる筈の、かの白髪白髯の老武者が、元の姿で彼等の頭上に現われ、玉階ぎょくかいの上にたたずたまえる陛下の御前に、群衆を導いて行ったということであります。お目撃者はつけ加えます。――件の老武者は、階段の真下にひざまずいて、例の謹厳そのもののような態度で、うやうやしく陛下に敬礼するところまでは、たしかに認められたが、それっきり全く姿を消してしまった……。


龍宮行き(7)

目  次

張良


心霊図書館: 連絡先