心霊図書館」 》「 心霊小品集」 》「創作編

心霊小品集

龍宮行き

 それから引きつづいて、右の塩椎しおづちおきなというものが言ったこと、行ったところは、奇妙とも、奇天烈きてれつとも、何ともいいようのないものであった。

 ず失った鉤を取り戻すには、是非とも龍宮に行くより外に方法がないという。

 もとより、こんなお伽噺じみたことを鵜呑みにされる火遠理命ではないのであるが、それにつづいて、考人が発揮した飛び離れてあざやかな芸当には、全く眼をまわさぬ訳には行かなかった。

 老人はず首に掛けた嚢から、一ッの玄櫛くろぐしを取り出して、ぱッと地に投げたのである。するとたちまちそこに五百本ばかりの竹林たけむらが、ニョキニョキ化成したではないか!

 老人は右の竹林を、片端かたはしから伐り倒して、細かく裂いて、器用な手つきで、何やら籠らしいものを編み始めたが、イヤその指先きの迅さと言ったら、何物も比ぶべくもなかった。指と竹林と絡み合って、つつーッと、縦に横に、さながらぬのを拡げるように、ものの半刻はんときたぬ間に、笊ともつかず、船ともつかぬ、長さ六尺あまりの、細長いものが出来上ってしまった。

『これは牙間勝間まなしかつまふねと申してナ、龍宮海に降るには、これでないと駄目でござりまする。さァ皇子さま、一つ、ためしに乗って御覧ごらうじませ。さして乗心地の悪いものではござりませぬ。』

 そう言って、老人は早速火遠理命ほおりのみことを請ずるのであった。

 みことは半ば、好奇心も手伝って、ひょいとこの竹船に乗ったと思う瞬間に、老人が手で押したのか、それとも船を据えた場所が、細かい砂の傾斜面であったがめでもあるか、件の船は、するするすると海中に滑り込んでしまった。

『オヤッ!』

と命が叫ばれた途端に、もう船はぶくぶくと、深い海の底へ底へとくぐり込んだのである。

 竹で編んだ船が、海底にくぐり込むことは、当然過ぎるほど当然の話であるが、ただ世にも不思議なのは、船の周囲ぐるりの海水がおのずと退いて、海底に一条のだらだら降りの通路を作ったことであった。

 船は独り手に、右の通路を先きへ先きへと疾風のごとく走る。

『こりァ妙じゃ! まるで水晶宮の内部なかを走るようじゃ。』

 さすがのみことも、呆気あっけに取られてしまった。

 前後左右はまんまんたる水の壁、その壁を通じて無数の魚族うおぞくの泳き戯るる有様が、手に取るように見える。

『や、あそこに章魚たこ入道が泳ぎよる! やッ大きな鯨が走りよる!』

 日頃苦労の種であった釣鉤つりばりの一件などは、しばしその頭脳あたまの中から消え去って、みことは小児のように手を打って歓ぶのであった。


龍宮行き(2)

目  次

龍宮行き(4)


心霊図書館: 連絡先