心霊図書館」 ≫ 「 心霊小品集」 ≫ 「小説編

心霊小品集

 小松は奥田の住居に着いて見ると、夫婦は茶の間で、しおれ切った態で、ボソボソ小声で話して居た。母親の眼には、涙が一ぱいたまっているのが見えた。

 小松は兎も角も其所そこへ坐った。

『御病人の容態ようたいに、何か変ったことでも出来たのですか? この三日ばかりは気にかかりながら、役所の仕事のめに手が離せませんので、ツイ……。』

『実は只今ただいま田村博士がお帰りになったところで』と、父親は沈んだ声で、『博士の診断では、この二三日があぶないところだというのでございます。』

『ふむ』と、小松も顔をくもらせながら、『二三日とはんまり急激ですナ。そんなに衰弱しなさったのですか?』

 母親の君江が引取ってこれに答えた。

『ええ随分弱って居るようでございます。三日ほど前から、さッぱり落着いて眠りません。そしていろいろ私達に無理ばかり申してあばれますので……。』

『ナニあばれる……。敬三さんは、大へんおとなしいお児さんだったじゃありませんか?』

と、小松はおどろいて訊ねた。

『それが三日前から、生れかわったようになりましたので。』と、君江は言葉をつづけた。『あんなおとなしい児が、病気の為とはいいながら、うしてうも変るものかと、私達も不審で不審でならないのでございます。寒いから行爐あんかを入れろと申しますから行爐あんかを入れてやると、んな熱いものは邪魔になると言って、矢庭やにわとばします。熱いから頭を水でひやせといいますから早速そうしてやりますと、莫迦ばかつめたいと言って金盥かなだらいを引ッくりかえします。ヤレくくり枕が堅い、ヤレ蒲団が重い、ヤレすぐに八丈に帰りたい、ヤレつめたいコーヒーを持って来い……。朝から晩まで無理難題の言いつづけ、うすれば私達をいじめられるかと、そればかり考えているのではないかしらと、邪推したくなる位でございます。元は決してあんな児ではなかったのですのに、一たいうしたことなのでございましょう? 何か私達に怨みのある憑物つきものでもあるのではないかしらと、只今ただいま良人たくと話し合っていたところでございます……。』

『小松さん、あなたの御研究で何ぞ、そっちの方の手がかりがございませんか。』と、父親の正治も乗り出して、『敬三の生命いのちはないものとあきらめるにしても、病気の源因げんいんが判りませんと、後の予防のしようがありません。私どもにも、長男の外に、まだ七ッになるのが一人ございますが、う引きつづいて、真中の二人まで、名称不明の病気でられることになりますと、つくづく心細くなってまいります。只今ただいま家内も申しますとおり、矢張り世の中には、お医者さんには到底判らない、何かのたたりと言ったようなものが、実際あるのではございますまいか?』

『そりャ有ります。すくなくとも私は有ると信じます。』と、小松は自信のありそうな、力強い声で答えた。『現在のところで、心霊研究はまだ深いところまで進んだと言われませんが、しかし死後の生命の存続という事実は、幾多の実例、並に実験によりて、ほぼ正確に証明せられて居ります。すでに死後の生命が存続するとなりますと、いわゆる憑依現象が起るべきは、ほとんど当然の結果と見做みなしても宜しい位で、現代の学者の多数が唱えるように、決してこれを荒唐無稽の迷信だと片づけてしまうわけにはまいりません。』

『生命の存続と仰ッしゃいますが。』と、正治が熱心に質問した。『一体どんな塩梅に存続するのでございます?』

『さァ簡単に説明するのは、なかなか困難ですが。』と、小松は教場で生徒に講義でもする句調で、『大体生きている人間は肉体、幽体、霊魂の三つから成って居ると信じられます。そのうち一番肝腎なのは霊魂で、それが自我の本体であります。不滅なのはこの霊魂だけで、それ丈が永久に個性をって天地間に存続します。人間の所謂いわゆる死と申しますのは、心霊学の上から観れば、単に肉体が幽体並に霊魂と分離する作用に過ぎないので、肉体がくなってもその人の個性――人格は依然として持続します。ただその居住する境遇がちがい、物質的にはつかまえにくくなるから、現実味のまさった俗人から、その存在を疑われちになるのです。しかし適当な方法を講ずれば、決して掴まれないものではないので……。』

『そんなものでございますかね。』と、正治はほど小松の話につりこまれて、『しかしその方法と申すのは、一たいんなことをなさるのです?』

『それはいろいろあります、修行によって、こちらの心身を改造するのも一法です。こちらが極度に物質と絶縁した状態……所謂いわゆる統一状態にはいりますと、普通の五感などにはとても映らない幽界の状況が、ある程度まで判ってまいります。まり顕微鏡をかけて細菌をしらべるのと、理窟りくつは同一でしょうナ。』

『そう致しますと、あなた様には、死んだ人の姿などがよくお見えになるので?』と、奥田は小松の顔をのぞき込むようにして訊いた。

 小松はいささか苦笑を浮べた。

『イヤうしてうして、私にそんな優れた霊覚などはありャしません。私などはホンの一二度、っと霊界の入口をのぞいた位の経験しかありません。とてもまだ駄目です。現在私が御子息に対して試みている実験は、まるきり別のやり方で、まり敬三さんのからだを憑依霊に使わせて、事実を吐かせようという魂胆なのです。少々手間が取れますが、念入りに気をつけてりますと、これでも結構正確な事実が挙ってまいります。――先刻さっきからの御話を承りますと、ドウやらその時期が近づいたようで、今日はあるいはこの不思議な病気の源因げんいんが判るかも知れません。実は私にほかにも少々心当りがございますので……。』

『心当りがお在りになる?』

……んなことでございます?』

と、夫婦は畳みかけるように急き込んでいた。

 小松はしばしの間躊躇ちゅうちょして居たが、やがて仕方がないとあきらめたふうで、声を沈めて言った。

『実は私はこれで二度ほど、御子息の肩の辺に、三十四五の細面ほそおもての凄い男の顔をチラと見たのです。事によると、それが一の幻覚でないとも言われませんから、断言はしかねますが、多分それはあなた方に、何か怨みのある霊魂であって、今度の不思議な病気も、つまりその怨霊の仕業ではあるまいかと考えられるのです。私は御子息の体を、疲労させてはならないとの懸念けねんから、今日まで思い切ったことをせずに控えて居ましたが、お医者さんがいよいよ不治の宣告を下した以上、一つ思い切って、その怨霊をつかまえて一切の事情を白状させ、せめて後日の災厄を除いてあげたいと思います。――いかがなものでございましょう?』

 全く血の気の失せるほど蒼白まっさおになった夫婦は、不安らしい面持ちで、肩をすぼめて、眼と眼を見合わせて居たが、とうとう主人がそれに答えた。

『何分あなたさまの宜しいようにお願い致します。私どもには別に、ドウしようという、何の心当りもございませんので……。』


怨霊(1)

目  次

怨霊(3)


心霊図書館: 連絡先