心霊図書館」 ≫ 「 心霊小品集」 ≫ 「小説編

心霊小品集

 喜太郎はだまされたと思って、扉の上をあちこち捜して見ますと、はたしてその隅のところに、一個の鍵が置いてありました。恐ろしいので、彼はこの上死人と会話はなしをする勇気はありません。言われたとおり、兎も角もくだんの鍵で扉を開いて、内部なかはいりますと、折から月は雲間に隠れて、寺内の様子は、何が何やらさッぱり見当けんとうが取れません。喜太郎は闇の中で、只ワナワナふるえるばかりでした。

『灯籠に火をともしな。』

 間もなく屍体から、再びこんな注意が出ました。

 屍体にしがみつかれているので、余んまり自由はききませんが、やッとの思いで、たもとの中を探って見ると、使いうるしのマッチが一個はいっていました。で、マッチをって四辺あたりを見ると、なるほどすぐ自分の前面に、一基の石灯籠があって、中に油皿が置いてあります。彼は早速それに火をともしました。

 これでいくらか、周囲の状況が判って来ましたが、そこへらには、ただ御影石を敷きつめた歩道が、ズーッと延びている丈で、少しも屍骸を埋めてよかりそうな個所ところは見当りません。途方に暮れて居りますと、又もや例の脊中せなかの屍体からのお指図です。――

『右の端から三枚目のところに、大きな敷石がある。それを起して俺を埋めてくれ。すぐそこにくわもあるよ……』

 なる程、すぐ側の松の根元に、一挺のくわが置いてありました。

『フムこれやナ。やってやれ!』

 喜太郎は、脊中せなかの重い重い厄介者を片附けられるうれしさに、長途の疲労も、気味のるさも、ほとんど打ち忘れ、くわを執るなり、グサと敷石の下に突き込んで、満身の重みをくわの柄に加えました。

 首尾克しゅびよく敷石がはね除けられますと、今度は更に勢込いきおいこんで、穴掘りを始めましたが、案外泥が柔かいので、振りあげたくわは、グスリグスリと、小気味よく土中深く喰い入るのです。

 が、ものの二尺許りも掘り起したと思った時に、突然くわ尖端さきが、何やらグニャリとした、軟かいものに当りました。急いで、その周囲の土を二三回掘り返して見ると、それは埋めてからのない、生々なまなましい一つの屍体でした。

『なんて今夜は死人ばかりう多いのやろ。』

と、喜太郎は呆れました。『しかし偕老同穴かいろうどうけつということもあるから、脊中せなかの死人はんに、同じ穴の中で辛抱して貰おうか。新規な穴を掘るのは大変やさかいに……。』

 彼はモすこし穴を拡げるべく、更にくわを土の中に突き込みました。が、その際あやまって、埋めてやる死人の手か足かをきずつけたものか、突然その死人が、穴の中に棒立ちになって、くぼんだ眼をむいて、はッたとこちらをめつけました。そして『ヤイ! ヤイ!! ヤイ!!! うるさいやい、コラッ!!! あっちへ行かんと取り殺すぞ!!!』

と、調子のくるった蓄音器のようなキイキイ声で、わめき出した時の物すごさと云ったらありません。

『ウァーッ! 人殺し……。』

 喜太郎は覚えずそう叫んで、両手で頭をかかえたまま、その場に立ちすくんでしまいましたが、後で自白する所によりますと、その晩中でこの時が一ばんこわかったそうで、冷たい汗は瀧のように総身を洗い、頭髪は掛値なしに、すッくと針線見たいに突き立ったといいます。

 が、死人は案外おとなしく、枯木の倒るる如く、再び穴の中に倒れたまま、別に音も立てませんので、喜太郎は幾分勇気を取り直し、元の通りに泥をかけたり、敷石を据えたりした上で、又も三間ばかりきの敷石を取り除けにかかりました。彼の頭はモウこわいよりも、脊中せなかの死人を早くここで処分したいかんがえで一ぱいなのでした。

 ところがドウいう訳か、其所そこにも一個の屍体、しかも妙齢の婦人の素裸体すっぱだかの屍体が埋めてありました。こんどのは莫迦ばかに元気のよい屍体で、かぶせてある泥が半分ばかり除かれた時に、むくむくと起き上って、しなを作って、立膝をして坐りながら、若々しい艶のある声で、

『ちょいと、お前さん、どなた? ずいぶんものずきね、人のことをり起したりんかして……。』

と言ったのでした。

 いかに妙齢の美人でも、死人では致方いたしかたがありません。さすがの喜太郎もびッくりして、黙って眼をキョロキョロさせて居るのみです。すると死人の方では、返事のないのにがッかりしたものか、そのままスーッと、土の床に身を横たえて、再び永遠の眠に就きました。喜太郎は急いで土をかけて、敷石を元の通りに敷き直すより外に、致し方がありませんでした。

 彼は懲りずに更にモ一度、其所そこから遠くない一枚の敷石をはね起して見たのですが、やはりその下からも、生々しい人間の手首が現われましたので、がッかりして仕事を中止してしまいました。

『こりャドウしても駄目や。』と、彼は考えました。『んなところで、敷石を何枚はがしたところで、とても脊中せなかの死人を葬れる見込はない。ほんまに困ったもんやなァ……。』


重荷(4)

目  次

重荷(6)


心霊図書館: 連絡先