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心霊小品集

 負けん気の喜太郎は、ムックリび起きると同時に、気持のるい脊中せなかの重荷を、一気に振り飛ばそうと、力一ぱいに気張って、からだゆすぶりました。が、驚いたことには、死人の両腕は、シッカリ彼の首玉にしがみつき、その両脚までが、釘抜見たいに、ぎューッと、彼の臀部でんぶを緊めつけるのです!

『くそッ! 阿呆あほれッ!』

 口から泡沫あぶくを吐いてののしりながら、更に一層猛烈にあばれて見ましたが、いかに馬があばれても、脊中せなかの鞍が落ちないような塩梅に、右の屍骸はがッしりと脊中せなかにくッついたきりですから、さすがの喜太郎もを折りかけました。

『こりャとてもかん!』と、彼は心の中で、『俺が平生極道ごくどうばッかり働いて居るので、すっかり神仏から見離されてしもた。――南無八幡大菩薩様、愛宕権現様、清水きよみずの観音様、伊勢大神宮様、周山の鎮守様、以後はたましいを入れ替えて、親爺の云うとおり、おとなしく菊枝を嫁に貰い、わるい事はいたしませんよって、何卒なにとぞ何卒なにとぞこの場の厄難からのがれさせ給え!』

 そう祈願を籠めている時に、先刻の老人が、再び彼の前にやって来て、く申しました。――

『コレ喜太郎、お前はその屍体をかつげと申し渡されたときに、おとなしくかつごうとせなんじゃったが、今度わしが、その屍体を地の中に埋めいと申し渡しても、矢張り穏しく埋めようとはせんのじゃろうナ?』

『イヤ申し渡されたことは、モウ何なりと致します。』

と、彼は即座に答えました。『若しもそれがわたしの力にできますことなら……。』

 さすがの強情男も、脊中せなかの死人には、よほど往生したものと見えます。

 老人は例の皮肉な笑い方をしました。

『それでは喜太郎、わしは今お前に申しつけるが。』と、老人はつめたい眼光めつきで喜太郎を見ながら言いました。『お前は脊中せなかの屍体を、京都の智恩院の境内まで運び、ある地点ところに在る、ある一枚の敷石をめくり上げて、その下にくだんの屍体を埋めてくれ。むろんめくり上げた敷石は、すッかり元の通りに敷き直して、誰が見ても、其所そこに屍体が埋もれているとは気がつかんように、きれいに始末するのじゃ。ひょっとすると、それが智恩院ではうまく行かんかも知れぬ。その時は建仁寺に運んで行き、その墓地のある個所ところに埋めるのじゃ。建仁寺でうまく行かん時には、東本願寺へかついで行く。東本願寺でもうまく行かぬ時には、致方いたしかたがない、鳥部山の墓地までかついで行くのじゃ。四つの墓場の中の、どの墓地に首尾よく埋め得るかは、前以まえもって教えられぬが、しかしそれ等の中のれかに納まること丈は確かじゃ。お前が立派にこの仕事を完了しおほせれば、俺も助かるが、お前の方ではお助かる。しかし若しもお前が愚図ぐず愚図ぐずしていて、遅れでもしようものなら、それこそ大へんだぞ!』

 老人がく宣告し終ると、他の連中が手をたたいて、声をそろえてはやしました。――

『ウァーッ! れ! これから夜明よあけまで八時間の仕事だ! 日出ひのでまえに埋めてしまわんと、生命がないぞ!』

 そして背後から拳固で打ったり、足で蹴たぐったり、めちゃくちゃにき立てますので、喜太郎はただ無我夢中に、重い屍体をかついで、ひた走りに走り出しました。

 イヤその晩の強行軍の猛烈さと云ったら、全くお話しになりません。泥濘ぬかるみという泥濘ぬかるみ竹籔たけやぶという竹籔たけやぶ、山坂という山坂、いやしくも山城と丹波との境界さかいにありそうなところで、その晩喜太郎が歩かぬところとては、ただの一個所もあるまいかと思われたのでした。もちろん月はありますが、時々雲がかかりますので、そんなときには足元は随分暗く、何遍なんべん足を踏みすべらせて、地面に転がったか知れません。膝頭や向う脛には、なりの怪我をしました。しかし怪我をしようがしまいが、そんなことは委細構わず、一瞬の小憩なしに、前へ前へと逐ひ立てられたのでした。

 何時間かかって、の道を何里歩いたのか知れませんが、やがて彼等の一人が背後うしろから『止れッ!』という号令をかけましたので、喜太郎は器械的に足をとどめますと、早くも一同はぐるりと喜太郎をとりまきました。

『コラ喜太郎、向うに見える山門、あれが智恩院じゃ。』と、例の老人が言いました。『屍体を埋める所は、あの境内けいだいにある。俺達はここで待って居るから、お前一人で内部なかはいって始末をつけて来い!』

 そう言われて向うを見ると、成る程傾ける月の光に、大きな山門が白く照らされ、奥の方には、コンモリ茂った立木の中に、本堂や庫裏くりの屋根らしいものが隠見します。仕方がないので、喜太郎は山門に達する鋪道を進み、やがて其所そこの立派な石階せっかいを登りつめると、門扉は固くとざされてって、それからきへは一歩も進めそうにもないことに気がつきました。

『こりャどもならん。』と、彼は独語ひとりごちました。『門のがしめてあるのにはいられァせん……。』

 そう言ったか言わない中に、自分のすぐ耳元で、きき慣れないしわがれ声で、

『扉の上に鍵があるよ……。』

と、ささやくものがあるのです。

 喜太郎はびッくりして、

『ハテな誰やろう、あんなことぬかすのは……。』

 キョロキョロ四辺あたりを見まわしましたが、誰も居ません。すると又もや耳元で、

『扉の上に鍵があるよ。』

と言うのです。

奇怪けったいやな。』と、喜太郎は言いましたが、前額からつめたい汗が、ポタポタしたたりました。『全体あれは何人だれが言っとるのやろう?』

『俺じゃよ。――お前の脊中せなかの死人じゃよ。――判ったかい?』

『ナニ死人! 死人に言葉くちがきけるかいな?』

『ときどきはきけるよ……。』

と、死人の方では落付払おちつきはらって答えました。


重荷(3)

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