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心霊小品集

 進みもならず、退きもならず、あだかも地面ぢべたに吸いつけられたように、すくんでいる喜太郎のツイ二三間のところまで、彼等は進み寄り、かついでいた重い荷物を、ドシンと地上に放り出しました。

 それが一個の死骸であることが、今度は一と目で喜太郎に判りました。

 喜太郎は氷をあびせられたように、総身の血汐が一時にとまってしまいました。すると彼等の中から小柄の、しかしその頭髪が真白になった一人の老人が進み出でて、さもなれなれしい句調で、

『喜太郎、お前は実にいいところへ来てくれたね。』

 というのです。喜太郎はそれに答えるどころの話でありません。石仏のようにかたくなって黙っていました。

『喜太郎。』と、老人は重ねて言いました。『お前とここで逢えたのは、たしかに神さまのお引合わせに相違ないよ。』

 喜太郎は依然として沈黙を守りました。

『喜太郎。』と、三たび老人が念を押しました。『実にうまい具合ぐあいに、お前とここで逢ったものだね。』

 喜太郎はそう言われれば言われるほど、ますます気味がるく、舌はその乾涸ひからびた上顎うわあごに、ピタリとへばりついたようになってしまいました。

 すると今度は、老人が自分の仲間の方を振り向いて、そのちいさな眼の中に、よろこびの光をたたえながら、う云いました。――

『俺が何度言うても、喜太郎は返事をせぬから、なにもこちらの勝手に処分して宜しい。――喜太郎! そのほうは随分身持が悪かったナ。以後は俺達の弟子にして使ってやる。愚図ぐず愚図ぐず言ってもつまらんから、神妙に御用を勤めい! さァこの屍体をかつげ!』

 喜太郎はこわいながらも、元来胴骨どうぼねのしっかりした、負けぎらいの若者ですから、

いやじゃい!』

と言い放ちました。

『ホホウ喜太郎は、屍体をかつぐのがいやじゃげナ、ヒヒヒヒヒ。』

と、相手の老人は、枯枝が折れる時のような、油気あぶらけけ切った、愛想のない声で皮肉に笑いながら、『いやならいやで構わん。こちらでかつがせてやるまでじゃ。』

 そう言いおわるかおわらぬ内に、二十人ばかりの同勢は、喜太郎の周囲をおッ取りまいて、いずれもニヤニヤ薄気味悪い笑いかたをして、喜太郎の顔を見つめたのです。

 うなっては、とてもやり切れません。喜太郎は一方の血路を開いて、一目散に逃げ出しにかかりましたが、五六間走ったかと思う時に、彼等の一人が飛ぶように追い付いて、ちょいと片足を彼の前に突き出しましたので、喜太郎はもろくも、もんどり打って、コロコロと地面ぢべたに転がりました。すると十人ばかりが、前後左右から折り重なって、ある者は手を捕え、ある者は足をおさえ、ある者は頭を押しつけ、貧乏ゆるぎもきないようにして置くと、他の数人が、例の屍体を引きひきずって来て、丁度ちょうど子守娘が赤ン坊をおんぶするように、丁寧ていねいに彼の脊中せなかにそれをかき載せ、おけに死人の両腕を、彼の首玉にからみつかせたのであります。

『それで結構、皆其所そこ退いた退いた!』

 そう老人が指図をしますと、一同喜太郎の身辺から少し離れ、例によってニヤニヤ笑いながら、彼のする様を見物しました。


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