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心霊小品集

 が、わが子の道楽を、極度に大目に見のがしていた、子煩悩な父親も、せがれが隣村のある良家の処女を、おもちゃにしたという風評うわさを耳にした時には、真剣に怒り出しました。彼は早速せがれを呼びつけ、力のこもった、しかし落付いた声で、う言い渡しました。――

『喜太郎、わしがお前をしんから可愛がっていることは、言わずと判っとるじゃろうがナ。お前がりたがる事は、何なりとらせ、お前が欲しいという金子かねは、んぼなりと宛てごうた。むろん俺が死んだ後では、この財産全部を、皆お前の所有ものに譲る覚悟で居た。――ところが俺は、今日お前のした事をきいて、がッかりしてしもた。若い者が、少々の道楽をる位の事は仕方もないが、他人の立派な娘はんにきずをつけて、一生廃物すたりものにしてしまうようなことをては、第一御先祖さまに申訳がない。俺はつくづくお前に愛想がつきた。お前がその娘はんを、正式に自分のお嫁に貰う決心をしたなら許してやるが、若しそれが不承知じゃというなら、さっそくお前見たいなものには、廃嫡の手続をして、分家の二男坊に、この家をがせてやらんならん。義理と不義理の判別みさかいなしに、矢鱈に他家よその娘はん達をひッかけるような不心得者には、この家はがせることはきない。お前がおとなしくその娘を嫁にもろて、この家の後継者あとつぎになるか、それともその娘を嫁に貰わずに、一文無しの乞食になるか、二つのうちの一つ、明日の朝までに判然はっきりした返答へんじをせい!』

 道理をつくした父親の言葉に対して、急に返すべき言葉もでず、首を垂れて、口をモグモグさせている間に、父親は早くも何処どこかへんでしまいました。

『こいつァけない。』と喜太郎は考えました。『自家うちの親爺はめったに言葉くちをきかないが、一旦何とか言い出したが最後、モウてこでも動きはしない。困ったもンや……。』

 喜太郎はドウしてよいのか、自分でも、はっきり判りませんでした。彼が今度関係して、浮名をうたわれた女というのは、相当な家柄の農家の娘で、近在でも評判の縹緻きりょうよし、自分のよめに貰って、決して恥かしいような少女ではありませんでした。が、彼はまだ道楽が為足したりない。このまま一二年は、独身のままで、きすッぽうを働いて見たくてしようがないのでした。お負けに、気に喰わないのが親爺の態度で、呼びつけておいて、威嚇いかく的に結婚を迫られたのが、たまらなく彼の反抗的気分をそそりました。

莫迦気ばかげ親爺おやじもあればあったもンや。』と、彼は独語ひとりごちました。『優しく言ってくれりャ、菊枝をよめに貰わんというのやないが、あんなことをぬかし居ったから、意地づくでも、このままモちっッたらかして置いてやれ……。』

 彼はクサクサした気分になって、そのまま家をとび出しましたが、時刻はモウ初更過ぎ、片われ月が、東の山の端の上に、皎々こうこうと涼しい光を放っていました。彼は月に向って、何所どこ目標あてともなしに、スタスタるきましたが、たかぶった神経は、そのうち次第に鎮まって来て、何ともいえぬいい気分になってまいりました。平常ふだんは酒、女、花牌、踊……。そんなことしか考えていない男が、今宵はドウいうものか、脳中にほとんど何物もなく、さながらさえわたった月光の中に溶け込むような、うっとりした状態で、隣村に通う爪先あがりの峠道を、前へ前へとるいて行ったのでした。

 が、ものの二里ばかりも来たと思う頃に、彼は不図ふと気がついてあゆみとどめました。

『うっかりして、こりャ飛んでもない所まで来てしもた。モウ大分夜もけた。そろそろ帰ろ。』

 そう言ったか言わぬうちに、自分の前路に当って、がやがやする多人数の話し声、そしてドシドシと地ひびきする、強い跫音あしおとがするのです。

『モウ余ッぽど夜もけたのに、一体何者なにが通るのかナ、このさびしい山道を……。』

 彼は凝乎じっと不審の耳をそばだてましたが、右の人声はただ騒々しい丈で、何事を語り合っているのやら、一つもききとれません。『ドウも奇怪けったいなことがあればあるもんやなァ。よもやこの辺に、西洋人が入り込んで来とる筈もなかろうに、あいつ達の言うことは、まるで囈語ねごとや。ちょっとも判りァへん。』そう言って、彼は二三間前進して向うをすかして見ると、冴えわたる月光の下に、はッきり現われたのは、人並外れてッぽけな姿のものが二十人ばかり、何やら重そうな、大きなものを担いながら、此方こなたを指して大急ぎでやって来るのでした。

『こいつァ人殺しかも知れんナ! 兎に角あいつらは、碌な人間ではないにきまっとる!』

 そう思うと同時に、全身の毛という毛がことごと竦立よだち、骨という骨が皆がたがた揺ぎ出しました。

 が、こわいものは却って見度みたいのが人情で、喜太郎は眼を定めて、モウ一ペんよく見直しますと、いずれも多少人間離れのした、醜怪な相貌の所有者もちぬしばかり、身材せいは三尺か、せいぜい四尺位。その癖、中には白髪の老人さえまじっていました。しかし彼等の運んで居る重い荷物が、何であるかは、月の光では、ドウしても見きわめがつきませんでした。


重荷(1)

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重荷(3)


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