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心霊小品集

『御免くださいませ。……』

 格別遠慮する様子もなく、玄関の障子を開けて入って来たのは、よく肥った、丸顔の、ちょっとふめる縹緻きりょうの、二十歳前後の娘さんでした。多くの綾部の修行者のように、思い切って野暮くさい、横縞のゴツゴツした、木綿づくめの服装をしていましたが、それにも係らず、どこやらに都会の女学生らしい様子が現われていました。

 小松は娘がやっと席に就くかつかぬのに、無造作にKに向って言いました。――

『Kさん、この方です、神懸りのなかなかうまいのは……名前は吉田政尾さんと云って、お茶の水の出身です。』

 娘が室に入った瞬間から、はッしていたK氏は、吉田政尾の名をきくと同時に、あだかも電気にでも打たれたように、さっと顔の色をかえて、半ば腰を浮かしました。

 が、そんなことには少しも気がつかないと見えて、小松は平気で、今度はK氏を娘に紹介しました。――

『政尾さん、この方はS高等女学校の校長さんで、Kさんとおっしゃるのです。久しく行方不明になっている、一人の女の捜索をしたいのだそうですが、就いては、是非あなたにひとっその霊媒を勤めてもらいたいのです。イヤだなんて気侭きままなことは言いつこなしですよ……。』

 ここまで喋った時に、さすが無神経で、つ近視眼の小松も、女の態度の尋常でないことに初めて気がつきました。女はK氏の名前をきくなり、顔を火のように真紅にして、かすかに『あれッ……。』と叫んだからであります。

 小松は二人の当惑した様子を等分に見くらべながら、

『こいつァ少しドウも変梃だ……。』

 と心の中に考えました。

 一座はしばし白け切って、はなはだテレ臭い場面を造りましたが、それでも娘の方からようやく首をさげて、K氏に挨拶しました。――

『先生ドウもおひさしゅうございました。大へん御無沙汰を致しまして、何とも申訳がございません。……』

『イヤ私こそ……。』と、K氏はドギマギしながら、『しかしドウも実に意外なところで逢ったものですね。――叔父さんも叔母さんもお変りはないですか?』

難有ありがとございます。皆無事で……。叔母は私と一緒に、こちらへ参って居ります。』

『エッ叔母さんもこちらへ……。』と、Kさんは二度びっくりした模様で、『その後大変ドウも御無沙汰をして、何とも申訳がありません。』

『ドウ致しまして……。姉があんなことになったものですから、先生に合わせる顔がないと、叔母も初中そればかり申して居ります。』

『イヤ飛んでもない……。』

 K氏は穴があったら、早速そこへ入りたそうな慚愧の色を浮べて、横目でチラと小松の顔をのぞきました。

 対話の模様で、二人の事情は大抵小松の頭脳にも映じました。

『フムこいつァ妙だ! この政尾は、たしかにKさんが六年前に関係した延代という女の妹に相違ない。政尾の方では、姉が女学校の筆生と駈落かけおちしたものと思って、Kさんの前で恐縮し、又Kさんの方では、自分がその駈落かけおちの張本人だと自覚しているので、妹の前で恐縮している。トンチンカンな恐縮と、恐縮との鉢合わせは、少々喜劇じみているが、しかしこのまま放って置く訳にも行くまい。Kさんも、そろそろ今が、永い間かぶっていた仮面の脱ぎ時だろう。白状するのは、一時はつらいかも知れないが、後でドンなに重荷が降りたように感ずるか知れない。たとえKさんの方で、秘密の蓋を開けまいとしたところで、一方はこれでも立派な神懸りだ。その秘密は早晩霊界から漏れて来る。今日の二人の会合なども、人間界から見れば、ただ一場の偶発事件としか見えぬでもないが、霊界のものに言わせると、天下に偶発ということは無いというから、いわゆるこれが神の引き合わせというものかも知れない。――よしよし一つ何とかしてやろう。……』

 小松は心の中で自問自答して、きっと小膝をK氏の方に向けました。

『Kさん、この方があの延代さんの妹さんなのでしょう。早く何も彼も、一と思いにブチまけてしまったらいかがです?』

 K氏の面上には、何とも名状のできぬ苦痛の表情が浮んで、眉と眉とは釘抜きで締めつけたように、左右からギュツと引寄せられ、一文字に結ばれた唇は、なかなかてこでも動かぬべく見えました。

 政尾は又政尾で、何のめにK氏がこんなに煩悶しているのか、又ドウして小松が姉の名などを知っているのか、何が何やらさっぱり判らず、不安らしい眼光めつきをしてこれも口をつぐみました。

 それから沈黙が約五分間つづきました。

 と、K氏はにわかに垂れた顔をあげて、小松を見あげました。――

『先生よく判りました。私は一切を自白します。』――そう言って、今度は政尾の方に洋服の膝を向けて、両手をついて言いました。

『政尾さん勘忍してください。六年前にあなたのお姉さまを堕落させた張本人は、かくいう私でございます。……』

 言葉と共に、熱涙がポロポロと、その蒼ざめた両頬を伝はって落ちました。


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