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心霊小品集

 小松はK氏があまりにしおれてしまったので、気の毒になって来ました。

『それはそうとKさん!』と、彼は口から巻莨まきたばこを離して、成るべく気軽に、『神懸りというものは実に妙なもので、百里千里を隔てた人とでも、百年前千年前に死んだ人とでも、立派に談話ができるのです。しかしそれは勿論むろん余程調子が良い場合にかぎります。』

『そうでございますかね。しかし実地を見せて戴かないことには、私などにはなかなか信じ兼ねます。』

んなことは実験に限りますよ。例えばあなたなら、六年前に分れたきりの延代さんと、直接会話をして見ることですね。きっと一度で疑わないようになります。』

『そんなことがきるものでしょうか?』と、K氏もだんだん釣り込まれて、『それがきれば、私は一度で霊魂論者になります。』

きますとも!』と、小松の鼻息はなかなか荒い。『それがきないようなら、私はとうに心霊研究を中止して、綾部などはさっさと引きあげます。』

『そうでございますか。しかし随分不思議ですね、うしてそんな事がきるのです? 何か呪文でも唱えたり、九字でも切ったりなさるのですか?』

『冗談っしゃい!』と小松は苦笑して、『そんな真似をするのは、往古の売僧まいす輩が勿体をつけるめのカラクリです。心霊研究には、カラクリは一切ヌキで、すべて科学的に、着々と実験を進めます。実験を行うに当って、是非とも必要なのは、審査人と霊媒との二人です。日本の神道家は、それを審神者さにわ神主かんぬしと呼びますが、要するに心霊事象の真偽善悪を審査判断する理性常識の人と、その人から使われて無念無想の境涯に入り、他の霊魂にその肉体を貸し与えて、機械の代用をなす役目の人とであります。しっかりした、立派な成績を挙げようと思えば、是非ともこの二種類の人物が揃うことが望ましい。一人で双方を兼ねようとすると、飛んだ失敗を招くおそれがあります。頭脳を使う人と、使わぬ人とは、その性質が根本的にちがいます。東洋でも、西洋でも、その点に何の相違がありません。ところが昔から坊主とか、行者とかの中には狡い奴がいて、唯我独尊の霊覚者を気取り、自分の受けた霊示霊告を、さも立派なものででもあるように、自分で折紙をつけて、善良な、しかし無智な信者の籠絡を講じます。他を捜すまでもなく、現にこの大本教の出口王仁氏なども、そのお手盛りをやりたがって実は困るのです。一方で俺は立派な審神者だと意張いばると同時に、他方において俺は立派な霊覚者である。神の生宮であると法螺ほらを吹きます。これは丁度自分が男であると同時に女であり、白であると同時に又黒であると言うが如きもので、滑稽な囈語に過ぎないのですが、成る程ソウかしらなどと考える頭脳のるい連中が、多いので困ってしまいます。この悪傾向がうまく阻止されればよし、さもないと、大本教も遠からずして、滅亡の淵に向って急転直下するでしょう。』

 小松が沸騰点に近い熱度で、さかんに喋り出したので、Kさんはよくは判らぬながら、『成程なるほど……』だの、『御尤ごもっともで……』だのと、簡単な応答をするより外に仕方がなかった。小松は委細いさいかまわず言葉をつづけました。――

其行そこへ行くと、日本の古神道などは実に正しいものですね。例えば神功皇后の三韓征伐の場合だってドウです。恐れ多くも神功皇后様は、霊媒的天分の豊富なお方であったと見えまして、神主の役に当られると、あの理性的な武内老人が審神者の役を引受ける。やがて神功皇后様が恍惚状態に入って、その肉体に憑依した神さまが、三韓つべしとの神勅を下される。仲哀天皇をはじめ、他にもそれを疑うものがあったらしかったが、武内があくまで冷静にかまえて、それを正しき神のお言葉と認めて、断乎として万里の征途に上る。――実に見事なものではありませんか。すべてがあのやり方です。二十世紀の今日、われわれが心霊研究をやるにも、あの筆法で行かんければ嘘です。王仁さんなどは、自分一人で勝手な神勅を振りまわしたがって実に困る。……』

 小松は、余程王仁さんの態度に不満でたまらぬらしく、何も知らない新来のKさんをつかまえて、プンプン当り散らすのでした。

『それはそうと先生。』と、K氏はやっと相手の話のきれ目を見つけて言葉を挿みました。『只今先生のお手元には、適当な霊媒……いわゆるソノ神主がお在りですか?』

『神主ですか。無い訳でもありません。むろんそれは皆養成中のものばかりで、所謂いわゆる職業霊媒ではありませんが……。』

『いかがなものでございましょう。その中の一番すぐれた方にたのんで、実験をやって戴く訳にはまいりますまいか?』

『さァうまいものがあればいいが……』と、小松はしばし小首を傾けていましたが、『イヤありますます。――この間から修行に来ている二十歳ばかりの女で、なかなかよく霊がかかるのが居ります。ちょいちょい司配霊しはいれいの狐がとび出して来て、邪魔をして困るが、あれなら結構、延代さんの生霊位は呼べるでしょう。幸いその女は、今日私の所へ訪ねて来る約束になっています。一つみっちり私からたのんで見ましょう……。』

 小松がそう言っている最中に、入口の所で案内を求むる、若い女の声がしました。小松はそれをききつけると同時に、Kさんに向って小声でささやきました。――

『噂をすれば影とやら、いいあんばいに今言った女が訪ねて来ましたよ。ドウも面白いことになりそうですね。』

 そう言って置いて小松は今度は大きな声で、

『吉田さんですか。どうか構わずお入りください!』


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