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心霊小品集

 三分間の後には、小松はモウ下の六畳に降りて行きました。

 其所そこは田舎家の土間を改造して、畳を敷いた丈の、何の風情もない室で、縁から昇るようにしてある階段が、半分ばかり室の内部にハミ出して居るところなどは殺風景をきわめている。それでも中央には紫檀の机が一脚置いてあって、その側に有田焼の、すこぶる大型の火鉢がデンと据えてあります。

 セビロ姿のKさんは、右の火鉢のところに固くなって坐っていました。年齢は四十前後、立派な口髭のある、優形の好男子でした。

『あなたがKさんですか?』と、小松は例の通り、無頓着な頭のさげ振りをして『私が小松です。』

 Kさんはワザワザ座蒲団から降りて、丁寧に挨拶をしました。

『私が先日手紙で申上げたKでございます。今回はぶしつけに、恐縮千万な事柄を申上げて、何とも申訳がございません。さぞ御迷惑なことでございましょう。……』

『イヤ迷惑どころか、私は近頃にない感興を以て拝見しましたよ、あなたの手紙を。……ちょっと小説の材料にでもなりそうな艶物ですナ。』

『恐れ入ります。……』

 Kさんは処女のように顔をあかくして、

『全然女子教育にたずさわる身にあるまじき以ての外の行為で、人様に申上げられた義理ではございません。ただ先生の御人格に甘えて、思い切って事情を打ちあけて、御相談を致しましたような次第で……。』

『イヤよく御相談くださいました。人間は霊の善良なる半面を有すると同時に、肉の醜悪なる半面を有して居るので、うっかりすると、御同様、飛んでもないマズい事をやらかしますよ。私などもう見えで、なかなか情実にはもろい方で弱っています。痩せ我慢で、行為の上には成るべく殊勝しゅしょうらしくしていますが、心の中では罪悪のやりつづけです。あなたたいに、自分の教え児と恋に落ちて、私生児を生ませたというと、人間界では大層に見えますが、神の眼から見たら、心で奸淫しているのと五十歩、百歩の差に過ぎないのかも知れません。――兎に角犯した罪は、今更それを取り消すことはきませんから、これでは不可いけぬと自覚したら、直ちにその罪ほろぼしをするより外に方法がありますまい。Kさん、あなたは、これからドウなさらうという御決心ですか? あなたの救われるのも、救われないのも、それ一つで決定するものと思います。』

不取敢とりあえず先生にお願いして、延代の行方を捜し、その上で最善の方法を講じたいと存じます。』

 小松は黙って、凝乎じつとKさんの顔を見つめていましたが、やがて例のぶつきら棒な調子で言いました。

『Kさん、それでは少し順序が違ってはいませんか? すくなくも、私があなたの境遇にあったとすれば、ソウはしません。』

『そうでございますか? それなら私はドウ致せば宜しいのでございましょうか?』

ず自分を処決することでしょうナ。私はあなたが、決して取り返しのつかぬ罪悪を犯したとは考えない。そんな罪悪は、恐らくただの一つもありますまい。が、あなたの犯した罪は、すくなくとも女子教育者たるべき資格を、あなたから永久に奪ったものと存じます。あなたは何よりもきに、現在の職務を放擲する決心をするのが肝要でしょう。それがおできになったら、ぎの御相談にあずかることに致しましょうか。』

 K氏は感激の色を浮べて、声をふるはして言いました。――

『イヤよく判りました。全く御説のとおりでございます。私は今日を限りに、教育界から身を退きます。』

『ああそうですか。』と、小松の顔には、いささかくつろぎが見えました。『あなたとしては、是非そうなければならんところだと存じます。過失は致方いたしかたがないとしても、その過失の責をわぬのは、天地神明の前に申訳がありません。ゴマカシがきくのは人間界だけです。霊界では何事も明けッ放しで、秘密というものが絶対にありません。あなたは妻子のある身で、自分が託せられた女生徒を孕ませたのです。人間が気がつかんからいいわで、いつまでも済まし込んで、女学校の校長さまは、ちと虫が善過ぎる。……』

『全くでございました。……』

 Kさんは両手で前額部を抑えて、いかにも恐縮した様にさし俯伏うつむいてしまいました。


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