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〔二〕 心の岩戸開き

(十五)

 そのばん引続ひきつづいて奇蹟きせきおこった。走水はしりみずから自分じぶんたちもどったのは、薄暮はくぼころであったが、今晩こんばん鎮魂ちんこん希望者きばうしゃめかけて約束やくそくなので、大急おおいそぎで晩餐ばんさんませてはなれの書斎しょさいあつまった。

 八ごろにはすで鎮魂ちんこんはじめられてた。自分じぶん矢張やは審神者さにわで、村野むらの補助役ほじょやく神主かんぬしは四五にんもあったろう。宮澤みやざわあま騒々そうぞうしいというので、人々ひとびとから忌避きひされて、後廻あとまわしにされた。審神者さにわさん、今晩こんばん神授しんじゅ石笛いしぶえ御持参ごじさんであったが、かたらぬので矢張やは村野むらのさんにかわって、いてもらったのは是非ぜひもなき次第しだいであった。

 すわった神主かんぬしなかで、もなくその状態じょうたいいちじるしく目立めだってかわってたのはつまであった。宮澤みやざわのように猛烈もうれつではないが、しかし何処どこともなく霊化れいかしてて、ことによるとこのほうが、あるい真実ほんと鎮魂ちんこん状態じょうたいというものではないかともおもわれた。十分間ぷんかんばかぎたときには、全身ぜんしんはフワフワとさながらくもうえうかべるよう、羽化うか登仙とせんといったおもむきがあらわれた。そして間断かんだんなくこみあげるつば様子ようすは、宮澤みやざわ言葉くちしたとき髣髴ほうふつとしてた。

『こりゃ矢張やはりしゃべるのだナ』

不熟練ふじゅくれんながら自分じぶんにも大概たいがい見当けんとうがつく。炯眼けいがん村野むらのがそのままにしてはずはない。ただちつままえひざすすめて、

『どうぞ神様かみさま御名おんなうかがいとうございます。どなたさまですか。さァどうぞおはやくおはやく』

『…………』

『さァどうぞおはやねがいます。因縁いんねんありて今回こんかいは、不束ふつつか自分じぶん審神者さにわせきすわらしていただきましたような仕合しあわせ、何卒なにとぞ神様かみさまにも御腹蔵ごふくぞうなく御名乗おなのりくださいますよう。さァどうぞおはやく……』

 のっぴきならぬとった調子ちょうしに、村野むらのれいさわやかな、やさしい美音びおんでしきりにうながす。とうとうつまくちびるはかすかにうごはじめた。

…………』

と、これは宮澤みやざわ大音声だいおんせいとは正反対せいはんたいに、やっとれるか、れないかの微音びおんである。

おっしゃるのはわかりましたがそのおぎは?』

……ざ……く……ら……ひ……め……』

とやっとのこと文句もんくつながる。

小櫻姫こざくらひめおっしゃるか、よくわかりました。有難ありがとぞんじます。あの今日きょう石笛いしぶえをおさずけなさいましたおかたさまで……』

 小櫻姫こざくらひめの一に、村野むらのをはじめ出口でぐち先生せんせいも、自分じぶんも、一人々ひとびとも、おぼえず見張みはったのであった。なん因縁いんねんで、今日きょう小櫻姫こざくらひめ霊魂みたま石笛いしふえ自分じぶんさずけたのかは、がた疑問ぎもんであったが、さては小櫻姫こざくらひめとはつま守護神しゅごじんであったのか。

 今日きょう自分じぶんたちれぐれに走水はしりみずからかえり、それから大急おおいそぎではいったり、めしべたり、まだつまみみには石笛いしぶえはなしれてなかったのである。それが突然とつぜん鎮魂ちんこんちゅう小櫻こざくら名乗なのしたのであるから、何等なんら暗示あんじ痕跡こんせきもありようはない。このきた事実じじつ眼前がんぜんせつけられては、自分じぶんをはじめ一人々ひとびといずれもみな真面目まじめかんがまざるをなかった。

 鎮魂ちんこんおわってから、つま言葉くちったとき気分きぶんたずねると、小櫻姫こざくらひめという文句もんく音声おんせいしてくちるまでには、腹部おなかなかで、何回なんかいも『小櫻こざくら小櫻こざくら』とひくかえされるのがきこえたということであった。

人間にんげん身体からだかみ容器いれものであって、そしてかみ臍下せいか丹田たんでん宿やどるという大本おおもとせつ矢張やはただしいようだ』と自分じぶん今更いまさらながら痛切つうせつかんぜぬわけにはかなくなった。

おくさん、あなたは小櫻姫こざくらひめというのは什麼どんな御方おかた御存ごぞんじですか』と村野むらのがきく。

『いいえわたくしすこしもぞんじません。そんな名前なまえひとがあるのでしょうか。なにかよい加減かげん名前なまえではないでしょうか』と今日きょうひるはなしらぬつまきわめて呑気のんきなことをいう。

 一はしばらく走水はしりみず神社じんじゃはなし小櫻姫こざくらひめとでにぎわった。しかし自分じぶんひとりつくづく因縁いんねんくしびなるをかんがえて、ふかおもいにしずんだ。自分じぶん最初さいしょきわめて無雑作むぞうさかんがえでこの横須賀よこすかた。それがとうとう十ゆうねん歳月としつきここおくり、三うら半島はんとう自分じぶんとは、ってもれぬふか関係かんけいしょうじてしまった。また海軍かいぐん士官しかんちちとせるつまは、この横須賀よこすかうまれ、その少女しょうじょ時代じだい幾年いくねんかを横須賀よこすかおくり、そして自分じぶんしてさらに十七ねん歳月としつきおくった。自分じぶんにもしてこれは三うら半島はんとうとの因縁いんねんふかい。この肉体にくたい小櫻姫こざくらひめ霊魂れいこん守護しゅごしてるというのは、前世ぜんせいいかなる宿縁しゅくえんがあるのであろう。小櫻姫こざくらひめ物語ものがたりなか伝奇的でんきてき色彩しきさいび、くわしいことわからぬが、うまれは武州ぶしゅう金沢かなざわ、それがえんありて三うら小網代こあじろ城主じょうしゅ荒次郎あらじろう義意よしいし、そして良夫おっと戦死後せんしご二十幾歳いくさいのまだうらわかもっぼっしたらしい。いまでも三うらさき在所ざいしょには小櫻こざくら神社じんじゃというのがあって、里人さとびと参拝さんぱいえぬようだ。幽界ゆうかい秘事ひじ容易よういさぐがたいには相違そういないが、何時いつかはその因縁いんねん関係かんけいわかときるであろう。自分じぶんと三うら半島はんとう、どうも尋常事ただごとではなさそうだ。

 過去かこ現在げんざい事実じじつ空想くうそうとがとりとめもなく自分じぶんむねなかからった。


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