――空中演奏現象の封切り――
浅野 和三郎
軽井沢の沓掛に別荘を
二三回手紙の往復を重ねて居る
右のビラに書いてあるところには何等の誇張も虚偽もないと思われますが
それでも粕川さんの方は、幾分気が楽です。自分自身としても半信半疑で、自分のやるのは入神講演のホンの標本に過ぎない、何所までが憑霊現象で、何所までが潜在意識の発動か、その辺はさッぱり見当がつきません、と前置きして着手する仕事ですから、当人の責任はよほど軽い訳です。又入神講演というものの本来の性質から言っても真面目なる心霊実験の一項目たるには余りに散漫な嫌があり、欧米諸国でもこれは主として軽い意味に使われて居るようであります。
そこへ行くと龜井三郎氏の物理的心霊実験はまことに真剣そのもの、緊張そのものであります。正確か、不正確か、成功か、失敗か、一か、ばちか、
八月十八日の午後には私達はすでに沓掛の停車場に着いていました。秋草の咲き乱るる広々とした野原、
いささか意外であったのはグリーン・ホテルが停車場から頗る遠いことで、それは千ヶ瀧に近い、南面せる大丘陵の半腹に建てられて居ました。従ってホテルのヴェランダからの眺望はまことに素晴らしいものであったが、只講演の会場として人を集めるには少々超越気味が勝ちすぎはせぬかと感ぜられる位でした。
『一里もある山坂を登ってまで心霊問題につき当って見ようという意気込の方が多い日本国なら頼もしいが……。事によると、今度の催しは人員の上では失敗かも知れませんね。』『その代り、きッと粒選りの方ばかりが集りますよ。現時の日本国としては
『そんなことは一切成り行きに任せるとして、兎に角
兎に角私達は
会場は三階の食堂を臨時に形づけてそれに当てられました。開会は午後の二時半。
聴衆は予想の通り頗る少数でしたが、しかし非常に真面目な方々ばかりの集りであったことは近来にない愉快なことでした。一々その姓名をききもしませんでしたが、私の旧同窓であった菊地法学士(駒次)徳富蘆花未亡人愛子氏、箱根土地の専務堤氏夫妻、名古屋の永田仙三郎氏等々の方々が目につきました。
主催者黒川氏の挨拶につづいて、私が起って約一時間半ばかり日本国の精神的難局打開につきて一場の講話を試みました。つづいて例の粕川さんの
霊術家というと例の薬九層倍式の自家宣伝を行るものとほぼ相場がきまっている現在の日本に
実験は午後八時からというので私達は昼の
その夜の実験の立会人は左記の人達でした。
荒川郁藏氏、堤夫人、徳富愛子氏、黒川耕作氏、同夫人、永田仙三郎氏、汲田平太郎氏
これに私達を加えて合計十人、真面目な心霊実験にはまことに理想どおりの人員でした。
私達は
(一)実験の題目は『空中演奏』とあるが、それはつまり数種の楽器が人力以外の作用で空中に舞い上り、それぞれ声音を発する現象であること。
(二)楽器の或物には夜光性の塗料を施してあるからその所在が闇の中でもよく判ること。
(三)龜井氏の手足、及び胴体は立会人の手で充分遺憾なきように椅子に緊縛し、封印を施すべきこと。
(四)実験開始後は室の出入を厳禁すること。
(五)現象の発生を促進すべく蓄音器をかけること。
(六)実験中拍手、談話、唱歌、喝采等は
等、等でした。貴賓室で待合せ中、今晩の景品として私は龜井さんに二回ほど透視の実験を求めましたが、むろんそれは見事に的中しました。かくて私達がぞろぞろ二階の実験室に繰り込んだのは正に午後九時でした。
龜井氏の縛り方には黒川氏、永田氏等が主として
龜井氏の前方約二尺の卓上にはいろいろの楽器類(自動車用の
これは守護霊に
一切の準備を終えて消灯したのは九時二十三分。
蓄音器係の粕川さんが一つの音譜をかけると
これにつづいて自動車用の
「イヤー素的だ! 素的だ!」
「見事見事!」
「パチパチパチパチ!」
私達一同の喝采やら拍手やらも
が、そうした声音の外にもわれわれは一つのいささか無気味な物音……丁度人間の足音らしいものの混っているのを感知せずには居られませんでした。
燐光をたよりに闇の中をすかして見ると何やら三つ四つ、黒い人影らしい存在物が躍り狂っているらしいのです。が、それは有りと見れば有るが如く、無いと見れば無きが如く、足音らしい音響が
龜井さんの身辺からは軽い
「アラッ! 私の膝に一本の草花が落ちました!――守護霊さん、どうも
「私の膝にも今何かが触ったようです。――
闇の中で一としきり
そうする
と、一切の声音が一時にバッタリ止んでしまい、針の落つる音でもききとれる位の静けさに返りました。「これで実験は終ったものと認めます」と私は闇の中に向って叫びました。「若しもそうであるなら合図として三遍敲音を立ててください。」
「パタ! パタ! パタ!」
と実験終了の合図が闇中から起りました。
直ちに灯火を点けて見ると、卓上に置いてあった諸種の楽器、草花、松ぼっくり、懐中電灯等が床の上のあちこちに撒き散らされ、卓子そのものさえひッくりかえされて居りました。
又龜井霊媒はと見ると、全身を括った細引縄、その首をしめた鉄鎖等から美事に
つまりその晩の実験は空中演奏という予定であったが、景物として縄抜けの現象まで実行されてしまったのでした。
縄の結目につけた封印、鉄鎖にかけた錠前等が依然として原状を保持して居たことはいつもの通りで、今更ことわる必要もない位です。
損害は
沓掛滞在中突発的の神懸現象やら、又ゆくゆく大成すべき霊媒現象の萌芽やらが少しばかりありましたが、都合でその発表は後まわしにいたします。 (四、八、二六)
底本: 雑誌 「心霊と人生」 第6巻10号
発行日; 1929(昭和4)年10月1日
発行所: 心霊科学研究会
※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。
※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を太字表記にそれぞれ置き換えました。
入力: いさお