心霊読本

第三篇 心霊現象の体験事実

十四、小林女史と和彦霊

 小林壽子女史の霊媒能力は、その司配霊しはいれい和彦少年の能力の及ぶところ、診断でも、霊的方面の調査でも自由自在といっても過言ではないようです。同女史は容易に無意識状態になり、隨時に亡児和彦少年の完全なる司配しはいを受けることにおいて、容易に得難い素質をって居ます。すなわの少年霊は母である壽子女史の口を通じて語る霊言現象をもっぱらとし、ほか招霊にも優れた能力を発揮しつつあります。

 和彦少年はわずか十歳にして病歿びょうぼつしたのですが、その霊魂は葬儀の最中、棺を前にせる母親の壽子夫人に突如として憑り来り、所謂いわゆる神憑り状態となったのであります。そしてそこに居る僧侶をはじめ、会葬者一同を呆然たらしめたのでした。かかったのは死んだばかりの和彦少年の霊魂ですが、老僧を向うにわし、自分の死につきて、種々語るところがあったと言われます。勿論むろん同夫人は従来こうした事は只の一度もなく、この時が始まりで、それから霊媒素質を発揮するようになったのであります。

 の現象は即ち霊言現象なのですが、普通統一修業により徐々に練習を積んで行くのとは事変り、小林夫人の場合は全く偶発的で、先天的約束とでもいおうか、最初から極めて自然に、スラスラ霊話を進めて行くことが出来たようです。

 同少年霊の告白によると、母体をりて霊に関することを取扱う目的は、世の思想を善導するに在るということです。だから機会さえあれば因果応報を説き、勧善懲悪の合理的なることを悟らしめんと努めつつあります。壽子夫人は極めて淑やかで、口数も少ない方ですが、和彦少年の霊が司配しはいするに至ると、人格は俄然一変して快活となり、弁舌亦爽やかとなり、所謂談論風発といった有様となります。

 災禍や疾病やの蔭には、悪霊のからまわっている場合が多いことは、心霊を研究する程の人士ならば、何人でも認めるところであります。で、和彦霊は思想善導の一手段として、この悪霊除去にも力を尽して居るのですが、の看破力は容易ならぬものがあります。又母の口をなかだちして、幽明の交通を遂げしむる等、その能力はなり多方面にわたりますが、れ等に関する実例を一々ここに挙ぐることは不可能に属しますから、一切を略することと致します。実地に体験した上でないと、単に紙の上丈では腑に落ちぬことばかりだろうと考えられるからであります。

 最後に唯一ただひとつ和彦霊の霊言に関する見本を附録として左に掲ぐることと致します。それは故浅野和三郎氏葬儀の際、同少年が述べた所感で、れは入神講演トランス、スピーチの部に属するものです。

『和彦です、今淺野の小父おぢさんの告別式に臨みまして、多慶子小母さん初め遺族の方々に対して、謹しんでお悔みを申上げます。又心霊協会々員並に淺野の小父さんを慕い、志を同じうして共に斯道しどうの研究をして居られる方々に対しても、謹んで弔意を表します。僕は霊界の一員として小父さんが帰幽せられた響きと、僕の所感の一端を述べたいと思います。

 小父さんの帰幽せられた反響は、現界に於けるよりも霊界ではたいしたもので、これは他日小父さんや新樹さんの通信でおわかりのことでしょう。ただ遺憾いかんに思うことは、淺野の小父さんの多年の苦心努力が、人間界ではあまりに報いられなかったことです。物質科学の泰斗たいととしての野口英世氏の名声は、人類愛の恩人として世界各国の賞讃と感謝の的となって居ります。小父さんの研究もこの方と少しの変りもなく、又戦場に立つ軍人と少しも変らず、時には妻子を忘れ寝食を忘れて全く身命をおしまず、この研究に没頭せられた我国の心霊科学界の恩人であり最初の犠牲者でありますのに、現界に於ける反響は、皆様の御存じの通りであります。我国では物質科学に比して心霊科学のあまりにも幼稚なことは、この一事でよくわかるのであります。こういう現代でありますから、小父さんの死をいたずらに嘆き悲しんでいられる時ではありません。故人の努力を考え、なお一層此このの研究に邁進まいしんして、これまで種々の困難に打勝って心霊の苗木を植えて行かれた小父さんの志を継いで、それを育て上げて、立派な小父さんの花を咲かせ、やがてみごとなる実を結ばせることは、皆さんの双肩にかかって居ることと痛切に感じます。

 人間としては惜しいことですが、こうして帰幽せられた事は、本当に皆さんに努力奮励を与える動機と思い、今迄小父さんばかりをたよって、小父さんにばかり任せてったことは、これから皆が一致協力して進んで戴きたいと思います。それが故人に対する義務で、又故人が一番歓ばれることであり、又心霊学徒として意義のあることです。

 これから肉体を捨てた小父さんは本当の自由な魂となりて、現界の皆さんに不断の指導と通信を怠らないでしょう。こうして我国の心霊科学界は、小父さんの死によりて大きな進歩をすることと信じます。

 まだまだ報告することがありますが、今日は時間がありませんから、日をかえてまた御聞き下さるよう願います。終りにのぞみ繰り返えして皆さんの努力奮闘を御願いして、今日の御挨拶といたします。

 なお運命的(霊界の大きい所)から見れば、浅野の小父さんの死は、二年程のびたことになって居ります。僕も小父さんが五十八歳位の時から身体の持続改良のめに、いろいろの注意をしてきましたが、普通の人でしたら六十一二でなくなられたのですが、尊い御用をして居られたのでこれまで延びたのでありました。』


第三篇(十三)

目  次

第四篇(一)


心霊図書館: 連絡先