心霊読本

第三篇 心霊現象の体験事実

十、ボストンに於ける豪華版的実験

 欧米の心霊行脚中に私が臨んだ心霊実験会は、相当の数に上りましたが、しかしすべての中での豪華版は、何と言ってもボストンのクランドン博士邸に於ける二日二晩にわたる大実験会でした。何にしろその準備が大へんです。私の渡米することは、ず心霊大学のマッケンジィ夫人から、紐育ニューヨークのキアノン判事夫妻に伝えられましたが、何にしろ資力も豊富、熱心さも並大ていでないヤンキイ気質の同夫妻のことですから、北米の腕を見せるのはこの時とばかり、直ちにげきをボストンのクランドン博士に飛ばし、おさおさ準備を整えて、私の来着を待っていたのでした。

 私が大西洋を横断して紐育ニューヨークの桟橋を踏んだのは十一月十七日の午前十時頃でしたが、驚いたことに、桟橋にはキアノン夫人からの使者と、クランドン博士からの電報とが、今や遅しと私の来るのを待っていました。それによると、実験はその日の午後八時からボストンのクランドン邸で開始されるから、是非午後一時の急行でボストンに向え、というのです。御承知の通り紐育ニューヨーク、ボストン間は約二百五十哩、のろのろした汽車なら正に一日の行程です。私もこれには少々呆れ気味であったが、兎も角も先方の好意に従うことに肚を決め、キアノン夫人には電話、又クランドン博士には電報で、委細承知の旨を答えました。それから大急ぎで手荷物をホテルに預け、たばこ一服吸う間もなくボストン行の急行に乗り込みました。

 ボストンに着いたのは午後六時過ぎ、街頭はもうすっかり夜の電灯で$いろどられていました。早速タクシイを呼んで、ボストンで一流のリック・ホテルに入り、早速電話で、只今到着の旨をクランドン博士に通じますと、博士自身電話口に出で、『あなたの宿所は拙宅で用言してあるから、ホテルを取消してすぐこちらへ来てくれ。』との厳談、少々厚かましくはないかと思ったが、世話になりついでに万事世話になることにして、又もタクシイでライム・ストリイト十番地のクランドン邸へと急ぎました。

 先方へ着いて見ると、全く以て十年の知己にでも会ったような心安さ、早速二階の一室をあてがわれ、はなはもって気楽な、しかしすこぶる多忙な三日間をここで送ることになりました。

『寝るとも起きるとも、すべてあなたの気侭きままにしてください。』と気さくで快活なる夫人は私を案内しながら、『風呂場と化粧室はここにあります。食堂はこちらです。台所キチンは地下室にあります。あなたのお気に召した食料品があったら、何なりと勝手に引き出してください。うちには御飯もあります。日本のお醤油もあります……。』

 すべてがんな調子でした。

 んな無駄話をしていたら際限がありません。私はこれから急いで本問題に移ることにします。因みに私がこの時立会った実験は、よほど手数のかかった、大がかりのもので、私の記事の英訳が発表されると『浅野氏の大々的実験』などと標題を附けて、諸方に喧伝されたような次第でした。私は成るべくその要点を左に抄録することにします。――

 実験の準備――私のめにクランドン博士並にキアノン夫人が今回準備して置いてくれた実験は、予想以上に大掛りのものでした。ず驚いたのは、アメリカが有する最も有力な霊媒を、三人までも招集して置いてくれたことでした。即ち主人役のマアジャリィ(クランドン夫人)を筆頭に、直接談話現象の霊媒として世界的名声を馳せつつあるデトロイト市のヴリアンタイン、――この人がわざわざボストンに呼び寄せられて居たのであります。これは私に取りて実に願うてもない次第で、この人一人を実験するめに、欧州からわざわざアメリカまで出掛ける熱心家さえすくなくないのです。おヴリアンタインの外に実験の番組に入れてあったのはリッツエルマン夫人と称する人で、これはハアバァートの剣橋ケンブリッジに住む比較的新進の霊媒ですがその能力はそろそろ具眼者間に認められ、前途すこぶる有望視されて居ります。

 く霊媒を三人までも寄せ集めたのは、私をして短時日の間に成るべく多大の収穫を挙げさせようという好意からでもありますが、その外に別に重大な理由が存するのであります。即ち三人がかりで一の大切な実験、所謂対照通信クロスレスポンデイングを行わせようとの計劃けいかくなのでした。その計劃けいかくがいかに好成績を挙げたかは後段に詳述します。

 霊媒がく豊富であった上に、有名な立会人を沢山召集して置いてくれたのは、重ねがさね私に取りて難有ありがたいことでした。心霊実験に対しては兎角まだ難癖を附けたがる人が多く、たッた一人や二人の立会ではなかなか信用を置いてくれません。『あいつまんまと一ぱいわされやがった……。』よくそうした蔭口を耳にします。私などもその点で従来れ丈にがい経験をめさせられたか知れません。クランドン博士はさすがにこの道の苦労人だけあって、深くこの点に注意を払い、第一にハアヴアドのスミス大学の心理学教授ロージャース博士、並に助教授二人に立会人たることを依嘱し、つ二三の実験材料をも提供させました。言うまでもなく同教授は近頃に及び心霊現象の研究に興味を有ち出したというまでで、従って極度に冷静公平な学者的態度を以て今回の実験に臨んだのでありますから、その批判は甚だ尊重に値いします。お同教授の外に立会人となってくれたのは、紐育ニューヨークの心霊家キアノン判事並に夫人、ボストン市のリチャードスン博士、ブラウン博士等約十名でした。

 以上説く所で十一月十七、十八日の両夜において施行された心霊実験に関する予備知識はほぼ充分かと考えますが、只念のめにマアジァリイの霊媒現象に就きて何等御存知の無い方々のめに、ここに簡単にその特長を申上げて置くことにしましょう。

 ずマアジァリイという霊媒の最も顕著なる特色は

 その現象の種類がいかにも豊富なこと。

であります。多くの霊媒は大てい一種類か、せいぜい二種類位の現象に限られて居るのですがマアジァリイの能力は実に多種多様で、卓子浮揚、自動書記、直接談話、半物質化、物品移動、衡器操縦、指紋作製、楽音発停、其他数種の現象が臨機応変的に発生するのであります。この調子で進んだら、今後おいかなる現象がおこるか測り知るべからずであります。それというのもつまり霊媒並にその擁護団がいかにも研究的、進歩的に出来上って居り、必要に応じていくらでも新現象の開拓に努力することで、しかもその一々の現象が決して粗製濫造的でなく、どの一つを拾い出しても優に第一流の部類に編入せしむるに足るのですから素晴らしいのです。この点マアジァリイが世界の心霊界に濶歩かっぽする所以です。

 マアジァリイの第二の特色は

 飽まで科学的実験を以て事実の確立に努力すること。

で、その智識慾、学問慾の旺盛なことは正に感歎に値いします。彼女は真理樹立のめにはいかなる拘束にも服し、又いかなる検査にも応じます。クランドン博士邸の第三階の実験室をのぞいて見ると、いろいろな詐術防止装置の多いのには何人も呆れる位です。ガラス製の霊媒檻禁箱、巧妙なる手枷てかせ足枷あしかせ首枷くびかせ口枷くちかせ、――そんなものは監獄にだってありません。これを要するに一切の詐術を防止するに必要なる装置は、手間と費用とを願みず、自から進んでこれを調製し、自から進んでこれを使用すると謂った形で、その態度のいかにも立派なこと、その心掛のいかにも殊勝なことは、一たび実況を観た人々のことごとく感歎する所であります。マアジァリイの霊媒現象に対して従来難癖をつけたのは奇術師のフーディニとか、ハアヴアドのマクドーガル教授とか、いずれも不純なる動機に左右された不幸なる人達で、今日ではそれ等の人達は、天下の識者からことごとく指弾されつつあります。霊媒に対する世間の詐術呼ばわりも随分久しいものですが、マアジァリイに対してはすくなくともそれは最早通用し兼ねるように見受けられます。

 最後にマアジァリイの背後に控えて居る守護霊コントロールに関して一言を費して置きいと存じます。いかなる霊媒にも必ず単数又は複数の守護霊と称するものが附いていますがマアジァリイには

 十七年前に汽車の転覆で横死を遂げた亡兄のウォルタアの霊魂

と称するものが附いて居り、お他にも二三の補助霊が附いて居ります。潜在意識説、二重人格説で一切の心霊現象を解釈せんとする学者達は、あくまで守護霊の存在を無視し、そんなものは霊媒自身の単なる潜在意識又はその人格の一分裂に過ぎないなどと主張しますが、ドウもウォルタアの場合にはそれでは到底説明し兼ねる幾多の事実が出現し、ウォルタアの肉体は亡びたが、その生前の意識(個性)は依然として今日も存在している、と断定せねばならぬようであります。死後個性の存続如何という問題は、実に人生至重至要の大問題で、従来心霊研究家の大部も全力をこれに傾注しましたが、この問題に対して動きのとれぬ最後の解決を与えたのは実にマアジァリイの霊媒現象であると思います。右に関する実験は後章に詳述しますが、読者の方で何卒彼女の背後にウォルタアと称する司配霊の存在を御記憶を願います。

 前置きはしばらくこの辺で打切りと致し、これから実験の記事に移りますが、二晩つづきの実験をダラダラ書いた日にはいかにも煩瑣はんさに過ぎ、つ重複の箇所を生じますので、ここでは順序を追わず、実験の性質によりて分類することに致します。種類から云うと、私の行った実験は大要これを左の六種に分けることができます。即ち(一)直接談話現象(二)衡器操縦現象(三)音楽発停現象(四)物品移動現象(五)指紋作製(六)対照通信であります。

 直接談話現象――直接談話現象というのは御承知の通り、霊媒の発声機関を使わず、直接空中から声音を発する現象であります。今回私が欧米各地で実地調査の結果は、予想以上にこの種の霊媒が多いことを発見しました。私が実験した丈でも優秀なのが六七人ありました。就中ボストンではマアジァリイとバリアンタインの二大霊媒が同席の上、双方協力でこの現象の作製に当ったのですから、その成績はすこぶる美事でした。私の手帳から要点を抜萃します。――

『十七日午後八時三十分一同実験室に入りて着席、マアジァリイは正面の小卓子を前にして坐り、その左側にバリアンタイン、それから淺野、ロージャース博士、キアノン判事、キアノン夫人、ジョンソン博士、クランドン博士等の順序で卓子を囲んで坐る。列外にも数人加わる。……赤灯に変るや否や司配霊のウォルタアの口笛先ず空中におこる。霊媒の口辺から約三フィート乃至四フィートの距離。つづいて「ハアロー!」とややさびのある元気の良い、青年らしい声で呼びかける。列席者の大部分は懇意な人間に対すると全然同一気分でウォルタアと挨拶を交換す。私は初対面なので多少丁寧に「ウォルタアさん、お目にかかるのは今晩初めてですが、雑誌や書物の上であなたの事はよく存じています。私のめに実験に応じてくだすッて誠に難有ありがとう……」「イヤよくお出掛けくださいました。今晩は日本人の霊魂も数人ここに来ることになっています……。」まるで生きたアメリカの青年と問答するのと少しも変らない。ウォルタアがく活動して居る間に、いつしかマアジァリイは深き入神状態に入り軽きいびきがきこえる。

 バリアンタインは平常の通り談笑自在……。

 その内バリアンタインの守護霊達も大きな声で空中から呶嗚どなり出す「日本人の霊魂スピリット達が近づきつつあります」などと言う。』

 これを要するに守護霊達は直接談話で自由に列席者と問答し、実験に関する必要な注意を与えたり、時には冗談なども言うのです。特にウォルタアの霊魂は機才縦横と言った形で、ちょいちょい警句を吐いてわれわれを笑わせるのでした。つまり直接談話現象は、むしろ実験室に於ける彼我の通信機関としてすっかり実用化して居るのであります。

 日本人の霊魂が喇叭ラッパを使って空中から日本語で話しかけたのは物品移動、十字通信等の実験が済んでからでした。卓子の傍に床上に置いてあったアルミの喇叭ラッパ(長さ二フィートインチ位)がいつしか独り手に空中に舞い上り、ず軽く私の肩に二三回触れました。これは私に対する挨拶のつもりなのです。私は早速日本語で「何誰どなたですか?」と質問すると、その返答はいかにも低声である上、喇叭ラッパを通して発声されるのですこぶる不明瞭を免れませんでしたが、数回問い返した結果「オサナミ」[オホサカ」「アリガトウ」「サヨナラ]の四語丈はッきりきき取ることができました。つまり大阪に在住された故長南雄吉氏の霊魂が、私に向って試みた霊界通信であると推定されるのですが、内容が不分明であったのは残念でした。直接談話現象はまだ慣れない霊魂に取りてなかなか困難な仕業らしく、通例数十回の練習を重ねた上でなければ、喇叭ラッパなしですらすら喋ることは不可能のようです。たッた一回の実験でとも角もこれ丈の日本語をきき取ることができたのは、ず上出来の部類に属しましょう。

 翌十八日の晩には私は更に直接談話現象その物に対する厳密な実験を行いました。即ち空中に聞ゆる声音が、全然霊媒の発声機関を使用せざる、独立的存在であることの試験であります。立会人は十七日の晩と同様であります。手帳から抜萃します。――

『……マアジァリイは赤灯の下で、例の声音防止の口枷くちかせを附ける。それはガラス製のものでゴム管で試験管に連絡し、少しでも発声すれば直ちに試験管に影響する巧妙な装置である。実験に先立ち余及びロージャース博士が再三右の口枷を試みたが、到底発声不可能であることを確めた。間もなくウォルタアの声が空中におこる。余が日本語で「一、二、三」と唱えるとウォルタアの声が「イチ、ニ、サン」と唱え、順次「四、五、六」「七、八、九」等を試みる。マアジァリイの口には依然として口枷が立派に附いているに係らず、ウォルタアの声は何の影響をも受けず平気で空中に聞える。その声音が独立的存在物であることがこれで徹底的に証明された訳である……。』

 衡器操縦現象――衡器操縦現象というのは心霊の力で衡器を自由に動かす現象で、無論その間霊媒の手足は立会人によりて厳重に拘束されて居るのであります。手帳から抜萃します――

『十八日午後九時十五分実験室において赤灯の下にて衡器の実験を行う。衡器は薬品などを量る普通のもので、試験の結果左右よく平均して居ることを確かめた。備付けのおもし四個の中から自分が三個を取りて右方の皿に載せた結果、もちろん右方の皿が下降して台に附着した。これは赤灯の下で行って居るので、その実況は立会人一同によりて明かに認められた。その間入神状態のマアジァリイは左手は浅野、右手はロージャース博士に握られて椅子にもたれて居り、衡器とは約三フィートの距離にあった。

 間もなく直接談話でウォルタアから右方の皿を上昇せしめるとの注意があった。一同注視して居るとはたしておもしを載せたままで右方の皿は上昇を始め、左右の皿が全く平均した。その状態に止まること約一分の後、今度は更に右方の皿が上昇をつづけ、左方の皿が三十度位の角度で下方に降った。肉眼では左方の皿に何物も認め得なかったが、後フラッシ、ライトで写真を撮ったのを見ると、左方の皿の上には白色の団子様のものが載せてあった。ウォルタアの説明によれば、うした心霊現象は不思議でも何でもなく、エクトプラズム製のおもしを載せて左方の皿を下降せしめたに過ぎないとの事であった……。』

 この実験は単にこれ丈のもので、霊媒並に立会人と全然分離せる独立的存在物が、いかなる方法でいかなる働きを発揮し得るかを純科学的に証明したに過ぎません。前申すとおり、これは極度に厳重な監督下に行われた実験ですから、今更詐術説の闖入ちんにゅうすべき余地のないことは申上ぐるまでもありません。

 楽器発停並に物品移動現象――ここに楽器発停現象というのは電気蓄音器が、何人の手に触れないのに、独り手にスウィッチが動いて嗚り出た現象で、これは最初から毫も実験の意味で装置した訳でなく、言わば司配霊が私の来着を歓迎するつもりで行って居るらしく見受けられました。私が十七日の午後六時過ぎ初めてクランドン家に着いて、二階へ昇りかけると、階段のすぐ側に置いてある蓄音器が、ある行進曲を奏し始めたのを手始めとして、その後私が其所を通過する度毎に、きまり切って嗚り出たのでした。従って十七日中に総計六度嗚りました。実験的の立場からはさして価値ある現象とは申し兼ねますが、余りに手際てぎわのよい仕事だッたのでここに附記して置く次第です。

 次に物品移動現象――これは十八日午後九時頃実験室にての実験です。実験物は燐光性の光帯を沢山附けてあるざる、造花の類で、それ等は予め卓子に備えつけてあります。勿論霊媒のマアジァリイは入神状態に入り、その手足等は私どもの手で厳重に拘束されて居ります。やがて赤灯を消しますと、司配霊のウォルタアが出現し、早速右の笊や造花を取り上げ、前後左右にグルグル振り舞わします。ドウ見てもウォルタアは自分の手首丈を物質化し、われわれ人間が手で物を握ると同様の手続を執りつつあるとしか考えられません。

『ウォルターさん、その造花を私の膝に投げてください。』

 私がそう注文すると、例の元気な声で

『オーライ』

と答えて、ポンと造花を膝の上に投げてくれました。

 そんな注文を発した者が私の外にも数人ありました。立会人一同キャッ! キャッ!と言って大騒ぎです。一座の光景は、鹿爪しかつめらしい心霊実験と言うよりか、むしろろ闇の裡で仕掛花火でも見物していると言った形でした。

 造花やざるが振りまわさるる距離は、霊媒の身辺から約五フィートまで位のように見受けられました。

 指紋作製現象――この現象はマアジァリイの霊媒現象中最も大切なものであるのみならず、世界の心霊実験中独一無二のもので、近代心霊史上に一新記録を作るのであります。

 ウォルタアの霊魂が歯科医の用ゆる蝋塊にその拇指の指紋を残す事を始めたのは一昨一九二六年の八月からで、現在に至るまでに約百五六十個を作製しました。夫れ等の指紋を専門家に検査せしめるとことごとく同一物であるが、只或指紋は陽画式であり、又ある指紋は陰画式であり、又或指紋は鏡像式(即ち逆式に出来ているが、一線一かくの末までピッタリと一致して居るもの)であり、つまり人間業では到底作製不可能なところがあるのであります。

 若しそれウォルタアの指紋と霊媒その他立会人の指紋とを比較して見ますと、ことごとく相違して居りますが、只血族的関係あるマアジァリイとは四割五分ほど類似し、又その母親とは七割ほど類似して居ることを発見します。これは指紋学上普通の事柄だと言います。

 ところで之等これらウォルタアの霊魂によって作製されつつある指紋は、ウォルタア生前の指紋と全然同一であるという破天荒の事実が、昨年に至りて立証されるに至ったのは実に痛快な話であります。今を距ること十七年前(即ち一九一二年)ウォルタアが最後の汽車旅行に出掛けるに当り、彼は自分の剃刀で髭を剃りました。その剃刀かみそりはそのままサックに収められ、爾来じらい何人の手にも触るることなしにトランクの内に格納されて居りましたが、昨一九二七年五月、ウォルタアの母親がそれを取り出し、専門家に依んで指紋をらせますと、其柄そのえにウォルタアの指紋が附いて居たのであります。生前ウォルタアが剃刀の柄に残した指紋と、現在ウォルタアの霊魂と名告る者が、ドシドシ蝋塊に印する指紋とがピタリと一致して居るのですから大変なのであります。この破天荒の活きた事実が何を物語るかは、篤学者の再思三考を要する点でなくて何でありましょう。

(註)ウォルタアの指紋の鑑定に当ったのはワシントン、ボストン、ベルリン、ミユーニッヒ、ヴィエナの諸警察、並にロンドンのスコット・ランドヤード等で、いずれも証明書が来て居ります。

 これから私の実験の概況を物語ります。それは十八日午後九時から始まりて約十五分間で終りました。私を助けて実験に立会ってくれたのはボストンのブラウン博士でした。私は三個の蝋塊に記号を附けてポケットに納め、実験室に入りました。卓上には蝋を軟げるめの熱湯並に後で蝋を固めるめの冷水を準備し、二個の丼を置きました。

 赤灯の下でマアジァリイが入神状態に入ると同時にウォルタアの声が空中に起り、実験に関する注意を与えました。私はその注意に従い、ポケットから蝋を出して熱湯を充せる丼の内にそれを入れました。一分間許で蝋が相当軟かになるのを見計らい、ウォルタア自からこれを湯の中から取り出し、卓子上で拇指の指紋を作った上で、今度はウォルタア自からこれを冷水に入れる。そうした作業の際に物質化せる彼の指端が赤灯の光で白く見えました。やがて「モウ大概固まったようだ」と言いながら、彼自から冷水の丼から蝋を取り出して私に渡してくれました。同一事を三回繰り返したのですが、最後の時には湯が少し冷め加減なので蝋が充分に熔けず、

「固いから二ッ押して置く」と言って、グイグイと二度ほど拇指を押しつけました。

 万事が極めて事務的で、死者の霊魂の作業というよりか、むしろ一人の気軽な青年が作業をしているような感じでした。この間私達が霊媒の左右の手を固く把握して居たことは申すまでもありません。

 実験後に右の指紋の検査をハアバード大学のロージャース博士に依んだところ、同教授は検鏡の結果全くウォルタア生前の指紋に相違なき旨を証言されました。因みに今の三個の蝋の指紋は私が携帯して帰朝しました。

 対照通信――指紋作製に劣らず今回の実験で異彩を放ったのは、三人の霊媒によりて協同的に執行された対照通信でした。参加した霊媒は前記の通りマアジァリイバリアンタイン及びリッツエルマン夫人の三人でした。実験は十七、十八日の両夜に跨り、又材料の提出者は私並にロージャース博士の両人でした。

 十七日の午後八時半、三人の霊媒が各々その位置に就く。三人の中でクランドン博士邸の実験室に坐ったのがマアジァリイ並にバリアンタインの両人、又十五哩を隔てたるケンブリッヂの自邸に陣取ったのがリッツエルマン夫人、相互間の連絡は電話で行い、これにはロージャース博士が当りました。

 私の作製した実験材料は十四枚の厚紙に各々一から十四までの数字を日本字で書き、それをゴチャゴチャに掻きまぜて自分のポケットに入れて置きました。ロージャース博士のは未見の雑誌、並に百枚の日めくりで、いずれも助手をして封筒に入れさせたのを携帯しました。

 やがて一同実験室に着席、霊媒達の手足を拘束した上で灯火を消しました。間もなくウォルタアの声が暗中から呼びかけました。「アサノさん、あなたのポケットの厚紙を一枚づつ出してください。」そこで私は手当り次第にず厚紙の一枚をポケットから引き出してウォルタアに渡す。ウォルタアは暗中でこれを受取り、約十秒の後、判ったと言って私に戻す。かくすること四回つまり私は合計四枚の厚紙をウォルタアに渡した訳であります。

 ウォルタアは何等かの方法でこれを三人の霊媒に伝達(又は印象)したのですが、十五マイルの彼方に控えたリッツエルマン夫人に伝達する時には、約一二分間実験室から消え去った様子でした。

 私の数字伝達が済んでから、今度はロージャース博士が携帯の封筒を開き、暗中で手当り次第に雑誌の表紙、広告等を四枚ほど引き破り、又日めくりを手当り次第に三枚ほど引き抜きてウォルタアに渡し、ウォルタアが一々之これを受取りて三人の霊媒に何等かの方法で伝達したのは私の場合と同一でした。

 ウォルタアから通信終了の報を得てから、われわれは一旦座を閉じ、ゾロゾロ階下の書斎に集合しました。そしてマアジァリイとバリアンタインとが別々の卓子に依りてウォルタアからの通信を自動的に書きました。

マアジャリィの答)

 淺野氏の数字は 4, 10, 13, 3 (アラビア数字で書く)

 日めくりの数字は 16, 4, 5

 雑誌の表紙並に広告の文字は

Outdoor Life.

Detective.

Learn Electricity

Earn……Pay.

25 years……

バリアンタインの答)

 浅野氏の数字は四、十、十三、三(日本字で書く)

 雑誌の文字は

Lern Electricity

Earn your Pay.

Twenty five years.

 日めくりの数字は 16,4, 5,

 次にリッツエルマン夫人には早速ロージャース博士が電話をかけて答を求めると、彼女の眼に印象された文字は、意味は不明だが、四、十、十三、三であると説明し、お後から手紙で右の文字を書いて報告して来ました。

 以上三人の答の中で一番詳しいのはマアジァリイので、全部的中、但し雑誌の文字は単に大字のみ判り、細字は判りませんでした。バリアンタインこれにつぎ、リッツエルマ夫人は単に私の提出した四、十、十三、三の数字を答え得たに過ぎませんでした。

 この驚くべき実験がいかなる意味をつかは細説の必要はないでしょう。

(一)提出者自身が少しも知らない数字及び文字の伝達であるから、これを読心術で説明することができるであろうか?

(二)提出者も霊媒も共に知らない数字並に文字の伝達を行ったのは何者か?

(三)私の提出した日本数字を受取った方法が霊媒によりて同一でない。即ちマアジァリイはこれを翻訳してアラビア数字で答え、他の二霊媒は意味は判らず、絵画的にこれを描写した。そんな働きは何者の意思から出たか?

 んなことを考える時に、うしても或る個性を有する霊魂の存在(例えばウォルタア)を認めることが合理的のようであります。

 翌十八日の晩にはリッツエルマン夫人をクランドン邸に招きて、三人同室でほぼ同様の実験を行いましたが、その結果もほぼ同様でありますからはんいといてここには省略します。

 以上私のボストンに於ける実験は、決してマアジァリイにおこるところのあらゆる心霊現象を尽して居りませんが、しかしこれを見ても、アメリカが有するこの優れた霊媒の実力の一端をうかがうには足りましょう。日本国が物質的方面にのみ血眼になって騒いで居る中に、んな現象がドシドシ彼地に起りつつあることは実に驚くべきであります。八十年前にわが国民は浦賀に入ったアメリカ船に長夜の夢を破られましたが、今度も亦その轍を踏まなければ結構であります。早く皆様に報告すべく、私は大急ぎで筆を執りましたが、船が揺れるので思ったことの十分の一をも尽せません。不備の点は不日ふじつまた筆を改めて補うことに致します。(昭和三年十二月十九日天洋丸にて)


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