心霊読本

第三篇 心霊現象の体験事実

九、直接談話現象の実験

 直接談話現象とは御承知の通り、死者が生前そっくりの音声で、空間から言葉を発する現象で欧米心霊家の手に成れる、右に関する数々の記録は、かねて私も熟読して居りましたが、遺憾ながら、そうした現象の作製に堪える適当な霊媒が、日本には一人も居なかったので、永い永い期間にわたり、私は空しく胸中の不満を抑えて居なければならなかった。『んなことでは、大きな顔をして心霊家とは名告なのれない。早く何とかせんければダメだ……。』

 そのうちかう大業たいぎょうその他二三の朝鮮の巫女みこが東京に来て、空中から笛の音のようなピーピー声を出すというので、私も親しく実験して見ましたが、どうもしっくり意に充たない。あの現象を捕えて単に詐術トリックだとか、腹話術だとか言ってしまうは勿論むろん斉東野人の語で、取るに足りませんが、ただその内容も、形式も、あまりに貧弱低級で、到底学術的研究の対象とするに足りないと思われるのでした。

 んな次第で直接談話に対する私の渇望は、容易に充たされず、荏苒じんぜんとして幾年月を重ねましたが、昭和三年欧米の心霊行脚を試むるに及びて、今度はいささか直接談話に食傷する程度まで実験を重ねました。特に北米合衆国は、この現象の本場と称せらるる丈ありて、ほとんいずれの都市へ行っても、これに堪能する霊媒が居り、霊界通信といえば、それは大抵直接談話の形式で来るものと相場がまっている位なのでした。

 ここで忌憚きたんなく私の所信を発表しますと、数ある心霊現象の中で、最も効果的つ最も実用的であるのは、どうもこの直接談話現象に止めを刺すように思考されるのであります。死者の姿こそ見えないが、本人の生前そっくりの音声をきくということは、至って感銘の深いものです。しかもその音声の所有者もちぬしが、こちらの問に対して自由自在に応答うけこたえをするのですから、それは丁度電話にて死者と対話するようなもので、幽明交通の方法として、どこにも申分がないのであります。これで文句を言ったら、恐らく罰が当りそうです。

 私が生れて初めて直接談話現象の実際に接したのは、グラスゴー市の『神霊教会』に於ける実験でしたから、紀念きねんとして当時の手記から、その一部を抄出することにします。――

 私がグラスゴー神霊協会理事長マッキンドウ氏に強要せられて、ロンドンを後に蘇国スコットランドの旅に出掛けたのは、実に一九二八年九月十五日のことでした。同行者は北米の神霊家カドワレエダア老夫人、並にウッドウァース夫人の両人でした。前者は七十余歳の老躯を提げて、『プログレッシーヴ・セインカア』誌の主筆をつとめ、新旧の両世界を股にかけて濶歩しつつある斯界しかいの女丈夫、又後者はその良人と共に、シカゴに『心霊科学教会サイキック、サイエンス、チャーチ』を創立して、斯道のめに奮闘しつつある名霊媒、いずれも気軽なヤンキー気質の所有者もちぬしなので、心霊行脚の道連れには、まことに誂い向きの人達でしたが、ただ一つ困ったことには、御両人ともヤンキー婦人としてもすこぶる大柄の部に属し、殊にウッドウァース夫人の腰部の発達具合ときては、正に当年の常陸山、梅ヶ谷を瞠若どうじゃくたらしむるものがあり、五尺二寸五分の短躯をチョコナンとこの両人の間に挾まれた私としては、自分ながらなさけなく感じられました。『今日はアサノさんと御一緒で大へん楽です。三人分の座席を二人半で占領するのですから……。』口の悪いカドワレエダア夫人がそんなことを言って私をからかいます。私も癪にさはったので、『イヤ私こそ大助かりです。あなた方にはさまれて居れば、蘇国スコットランドへ行っても風邪かぜを引く心配はありません……。』――そう言ってわざからだを縮めてやりました。

 グラスゴーに着いてから十日に余る蘇国スコットランドの滞在中には、しばしばヘタな講演をらされたりロッホ・ロモンド湖畔にドライヴしたり、詩人バァーンズの旧蹟を訪ねたり、エディンバラの古蹟を探ったり、ツー・ウァルヅ誌の主筆オーテン君と心霊談にふけったり、その頃はまだほとんど無名のフインドレー君と会見したり、愉快なる思い出の種子たねはいろいろありますが、しかしそれ等のすべてよりも、当時の私にとりて恐らく印象の深かったのは、実にグラスコー神霊協会に於ける直接談話の実験でした。何となれば、それは私にとりて生れて初めての新経験なのですから……。

 十五日の午後八時、協会の実験室に集まったのは、私達一行三人の外に、会長のアンダースン氏、副会長のダーレー氏、理事長のマッキンド氏、その他十余人、霊媒は同協会専属のマリ・コーラム夫人でした。同夫人は年齢四十歳位、慈母の死が動機となりて、数年前からこの能力を発揮することになったとの事でした。

 一同型の如く霊媒の左右に円形を造りて坐り、中央に喇叭ラッパを置きました。司会者にはマッキンドー氏が当り、劈頭へきとう各自が手を繋ぐべきこと、両脚をしっかりと床に附け、決して交叉してはならぬこと等、必要なる注意を言葉短かに与えて灯火を消しました。一同声を揃えて一つの讃美歌を斉唱後、しばらく暗裡に待っていると、やがて霊媒の頭上約五尺と思わるる、天井近き空間に、突如としてはっきりした婦人の声が聞えました。

『皆さま今晩は……。マリ私の声がお判りかい……。』

『まァお母さま、よく判りますよ。』と答えたのは霊媒自身なのでした。彼女は現象が起りつつある間も、依然通常意識を失わないのです。『今夕は日本の方だの、北米合衆国の方だのも、ここにお見えになって居られますから、皆様の御満足の行くように、成るべく誰か最も適当な霊……この仲間の誰かがよく知っている方を呼んでくださいませ……。』

『できる丈そうしますよ……。』

 幽明所を異にせる母と娘は、あたかも電話口で対話でもするように、極めて自然的に右のようなことを語り合うのでした。『成るほどこいつァ素的すてきだ。一部の心霊家は、幽明交通には直接談話に限るようなことを言っているが、あるいはそうかも知れない……。』私は暗闇の中でひそかにそんなことを考えながら、細大漏らさずききとろうと耳をすませました。

 母子の間には、家事上の些事さいじに就きての問答が二三交換されたのみで、格別これはという事もなく終りを告げました。すると今まで床上に立ててあったアルミの喇叭ラッパが、あたかも誰かが縄を附けて引張りでもするように、フワフワと空中に舞い上りました。喇叭ラッパの両端に光帯が附けられているので、その運動が暗中にありても明瞭に判るのです。

『面白いナ……何所どこへ行くかしら……。』

 多大の興味をもって注視していると、やがて喇叭ラッパは私のすぐ隣りに坐っていた、ウッドウァース夫人の身辺に近づきました。

『ママ! わたし、リリイなのよ。よく判って?』

 七八歳位と思わるる可愛らしい少女の声が喇叭ラッパの中から洩れました。後で判ったが、このリリイは同夫人の一粒種の愛娘で、数年前シカゴの自宅で肺炎のめにたおれたものなのでした。

 ウッドウァース夫人の巨躯が、ビクビクと激しい感情のめに戦慄わななくのが、私にもよく感じられました。

『まァお前はリリイ! よく出現てくれたわネ……。ここはお前のお祖父ぢいさんのお国、スコットランドのグラスゴーという土地ところですよ……。』

『そんなことわたしよく知っていてよ。私いつもママのからだに附いて、どこへでも行っているのですもの……。』

『ホンにそうだったわネ。――リリイ、ママのお隣りのかたは日本のアサノさんと仰っしゃる方です。御挨拶をなさい。』

『ミスター・アサノ。』といかにも可愛らしい声が、私の耳に向けられた喇叭ラッパの中から聞えました。『私、おじさんが大好だいすき! おじさんは御国へ帰る時にアメリカを通りますね。私ちゃんとそれを知っています。その時は私のうちへお寄りなさい。パパもきっとおじさんが好きです……。』

『リリイさん、難有ありがとう……。』といささかどぎまぎしながら私は答えました。『帰りにはきっとあなたのとこへ寄ります。その時又喇叭ラッパでお話ししましょうね……。』

自宅うちでは喇叭ラッパなしで談話はなしができるの……。私のママは直接談話の良い霊媒ですもの……。』

『そんなことをこのここでいうものではありません。』とウッドウァース夫人はあわててリリイを制しました。『もうあなたはそれで良いでしょう。ほか出現たいかたが沢山あるから、あなたはこれでお引込みなさい……。』

『皆さん左様なら……ミスタア・アサノ、左様なら……。』

 リリイが退くと同時に、喇叭ラッパはガチャンと大きな音を立てて一たん床に落ちました……。

 今度は舞台が海を越えて、北米合衆国に移ります。ボストンと紐育ニューヨークとでった実験中にも、勿論むろん直接談話現象は間断なく起りましたが、それは主として他の現象の附録として起り、それ自身の実験と言わんよりも、むしろ実用向きの観がありましたから、しばらくそれは省いて、デトロイト及びシカゴの二市に於ける実験記録の一部を抄出することにします。――

 私がナイヤガラ瀑布の見物を犠牲にまでして、十一月二十四日の午後デトロイト市へ下車したのは、かねてロンドンのド・クレスピニイ夫人から紹介されて居る、直接談話の名霊媒リイト夫人に面会するのが大眼目でしたが、いざ長距離電話で交渉して見ると、病気のめ実験はお断りというのでおおいに失望しました。が、幸い同市にはスチュアート夫人という良い霊媒が居たので、結局無駄足を踏んだ訳でもないのでした。

 スチュアート夫人は予備海軍士官の夫人で、大へん上品な、無邪気な女性でした。年齢は四十前後でもありましょうか。かねてキアノン夫人からの紹介があったので、夫婦揃って私を歓迎してくれ、お私のお相手として、すぐ隣家のクラアク氏夫妻を呼んでくれたりしました。クラアク氏夫妻は格別心霊問題に理解のある人達ではないが、前年一度日本に来遊したことがあるというので、はしなくその選に当ったのでした。

 一同晩餐を共にした後で、いよいよ実験ということになり、クラアク夫妻もこれに立会うことになりました。

『ツイお隣りに住んで居りながら、私はまだ一度もスチュアート夫人の直接談話を拝見したことがないのです。アサノさんのお蔭でとんだ良いお相伴しょうばんができます……』ふとッちょのクラアク夫人はそんなお世辞を言って居ました。

 実験と言っても、スチュアート夫人の実験は至極簡単平易なもので、室を暗くして、平生の通りょもやまの談話をつづけて居ればそれでよいのです。彼女は他の多くの直接談話霊媒と同じく、少しも通常意識を失わない人なのです。夫人はこんなことを言いました。――

『私は霊媒でありながら、まだ一度も入神したことがございません。この能力は自然に私に具わって居たらしく、小供こどもの時から私はよくヴォイスをききました。自家うちの女中などは、私と一緒に居りますと、突然空中から話しかけられるので、時々びっくりします……。』

 室を暗くしてから、ものの五分も過ぎたかと思われる時でした、突然スチュアート夫人がクラアク夫人に向って訊ねました。『あなたはベッティ・ラッセルというお名前の方を御存じですか?』『存じて居りますとも』とクラアク夫人の即答『それは私のお祖母ばあさんでございます。――でもあなたうしてそれを御存じで……。』『ちょっとお待ちください。じきにお判りになります。私には声が起る前ず波動が感じて来るのでございます……。』

 待つ間程なく、丁度クラアク夫人の前面の空間から、老いたる婦人の音声がはっきり聞えました。『わたしはベッティ・ラッセル……エムマ、お前はわたしの声が聞えますかい……。こちらの世界へ越ししてから、わたしは今日初めて現世の人に話しかけて見るのです……。』『あれッ! お祖母ばあさん! 生きている時分のお祖母さんそっくりのお声!』とクラアク夫人は一と方ならずびっくりして、覚えず椅子から立ち上りました。『お祖母さんは矢張りそちらの世界に生きていらっしゃる?』『生きて居ますとも……。わたしは蔭ながらお前のことを護って上げていますよ……。イヤわたしばかりか、お前のお父さんも、それからお前のお母さんも、皆ここに来て居りますよ……エムマ、これからはスチュアート夫人にお頼みして、ときどきわたし達を呼んでおくれ。わたし達はこれまでどんなにも、その機会の早く来るのを待っていたことでしょう。それにお前達はツイ隣家となりに住んで居りながら、なかなかそこへ気がつかない……。今日図らずうした機会を掴むことができたのは、皆日本の心霊研究家のアサノさんのお蔭ですよ。アサノさんまことに難有ありがとございました……。私達は心からあなたの前途、あなたの神聖なお仕事の前途を祝福いたします……。』

 これをきっかけに、室内にはまことに不思議な、そしてまことになごやかな場面が展開しました。前記のお祖母さんのほかにもクラアク夫妻の両親だの、兄弟きょうだいだの、友人だのと名告なのる人達の霊がぎからぎへと出現して、あたかも現世の人間のように、自由自在に雑談にふけるところは、さすがに本場の北米だけの事があると感じられました……。


 私がシカゴヘ下車したのは十一月二十六日の午後でした。鞄を手にしてブラリと改札口を出ると、そこに出迎えていてくれたのは、蘇国スコットランドの旅でかねてお馴染の、カドワレエダア夫人とウッドウァース夫人との外に、後者の良人ウッドワァース氏でした。氏は早速自家用の車に一同をのせて郊外近き、その住居へと急ぐのでした。

 シカゴに於ける三日間の滞在期間は永いとは言われませんが、その間に私が遭遇した事柄はなかなかに多い。曰く心霊家の歴訪、曰く霊媒の実験、曰く『サイキック・サイエンス・チャーチ』に於ける大講演会、曰く附近の探勝……一々記したら相当多くの紙面を要します。何にしろウッドウァース家を根拠地として活動的なヤンキー相手の仕事なのですから、朝の七八時から、夜の十二時一時迄、息をもつかずに転手古舞てんてこまいをつづけるところは、かの悠々迫らざる英国の生活とは正に天地の相違で、お蔭で私はヘトヘトに疲れ切りました。『将来恐るべき相手あいては矢張り北米だ……。』私は内心そう感ぜざるを得ませんでした。

 ウッドウァース夫人が直接談話の能力者であることは、かねて霊児リリイの言葉でよく承知して居ましたが、さていよいよこれを実験するに及びて、夫人が予想以上のすぐれた霊媒であることが判ってびっくりしました。思えば夫人があれほどの能力を有ちながら、蘇国スコットランド滞在中、少しもこれを色に示さず、心から感心したような顔をして、他の霊媒の実験に臨んでいたのは、まことに殊勝な態度というべきでした。私は考えた。『これでこそ本当の霊媒だ。いかに能力があっても、その能力を鼻にかけ、活仏いきぼとけ気取り、活神いきがみ気取りでいられた日には鼻持ちがならない。こりァ日本の霊媒達も、ちと考えてもらわなければならぬ……。』

 お私がここで感服したのは、その実験室の照明設備でした。相当広い地下室をこれに当てそうして室隅に七色の電灯を備えつけ、スウィッチで任意の光線にかえ得るようにしてありました。これはまことに心霊研究上大切な設備で、直接談話その他の物理的現象と、光線との関係をあきらかにするには、非常にこれが便利であります。私の実験によれば、暗中で非常に高く聴ゆる直接談話の音声が、赤灯に変ると、その瞬間に三分の一位の高さに減ります。更に黄とか緑とか他の色に変えて見ると、波長順に次第次第に低声となり、紫ではもうほとんど何も聴えません。更に白色にすれば全然聴えない。――が、それは決して音声が消えためではないらしく室を暗くした瞬間に、音声は俄然として元の通り高く聴えます。要するにすべては波長の関係らしいのです。設備としてまことに簡単を極めますが、しかしこれがめに、どんなにも心霊現象の内面機構があきらかにされるか知れないようです。『暗い所で起る心霊現象は眉唾物だ……』――そう言ったような、幼稚きわまる疑惑などは、この設備一つで烟散霧消してしまいます……。

 私はこの実験室で何度も何度も直接談話の実験をりましたが、蘇国スコットランドのグラスゴーで予告された通り、霊児リリイははたして喇叭ラッパぬきで間断なく出現し、私を捕えてさかんに話しかけました。話題は蘇国スコットランドの旅の楽しかったこと、一度は是非日本へ行って実験をりたいこと等々、いずれも子供らしい、無邪気なものでした。『おじさんの御国では、大へん神様を尊敬するそうですね。私、日本が大好き! おじさん、きっとママを日本へんでくれますね。約束しましょう……。』そんなことをいうリリイのあどけない音声は、恐らく永久に私の耳底から離れないでしょう……。


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