心霊読本

第三篇 心霊現象の体験事実

八 レナルド夫人訪問

 欧米漫遊中の私が親しく実験せる霊言現象の霊媒中では、何と言っても矢張り、英国の名霊媒レナルド夫人が断然光って居ります。夫人の能力は先年牛津オックスホード大学で、厳密なる連続実験の結果、いよいよ確かなものとの折紙づきで、ロッジ、ドイル等、皆同夫人の霊言によりて、彼等の亡児達から面白い通信を受取って居ります。で、私は渡欧前から、この名霊媒に着眼していたのですが、昭和三年七月ロンドンへ着いて事情を探って見ると、ハタと当惑してしまいました。同霊媒はその能力の濫用を極度に慎み、一日の招霊件数を二件丈に限定して居ります。従って向う一ヶ年以上にわたり、毎日予約済となって居り、ただの一日も空いた日がないのでした。

 私は同夫人の周到なる用意に敬服すると同時に、自分の目的が達せられそうもないのを非常に遺憾に思い、何とか便法はないかと、ロンドンの心霊家達に相談して見ると、斯界しかいにその人ありと知られたるドレートン&トマス氏が名案を提出してくれました。『私は今年の十月二十六日、金曜日の午後、レナルド夫人との予約ができて居ります。若しあなたが拙宅へお出でくだされば御同行致しても宜しいが……。』私は勿論むろん二つ返事でこの親切な誘引に応じました。

 トマス氏は、ロンドンの郊外と言ってもやや遠い、ケント州のブロムリイに居住して居ります。私は蘇国スコットランドの心霊行脚を終ってから、雨を冒して約束の十月二十六日に、ブロムリイのトマス氏を訪れました。御承知の通り氏は亡父の跡をつぎて、元来牧師だったのですが、前年レナルド夫人を通じて亡父、亡妹等を招霊して確証を握った結果、熱心な神霊論者スピリチュアリストとなり、潔く牧師の職を放擲して、筆に、口に、斯道のめに大奮闘をつづけている人であります。

 さて先方へついて見ると、多くの心霊家達とは異なり、その邸宅はまことに堂々たるもので、二三千坪の敷地には樹木欝蒼、内庭は広い芝生になって、バラその他の植込が気持よく手入れがしてありました。『英国の田園生活もちょっと悪くないナ。』私はこんなことを考えました。

 昼餐を共にした後で、私達はトマス氏の白家用自動車で、雨を衝いて更に南に向いました。牧場、村落、起伏する丘陵、空を摩する檞樹かしわの大木……そうした景色の中を貫く道路は、どこへ行ってもすっかり鋪装してあるので、車の滑りはまことに良好、私はますます英国の田園贔屓になりかけました。ものの二十マイルも走ったと思う頃、私達はようやくく目的のレナルド夫人の閑居に着きました。小さな丘陵を北にした二階家で、すべてががっしりとした檞材かしわざいづくめの古風な建築、応接間の炉の幅は一間にも及び、天然木がメラメラ赤い焔を吐いていました……。

 私はレナルド夫人並にその夫君のフレデリック・レナルド氏に紹介されました。夫人は四十位でもあろうか、痩躯やせぎすのおとなしい婦人でした。しばらく閑談の後、夫人はいよいよ統一の準備にかかりました。すべての窓を厚地の帳で塞ぎて室内を薄暗くし、ゆったりした気分で肱附椅子に腰かけ、少時黙祷するだけのことです。ものの五分も経ったかと思われる頃、早くも書物でお馴染の守護霊フイダがかかって来て、少女臭を帯びた、無邪気な甘い声で、ずトマス氏に挨拶し、又私に対しても挨拶しました。『遠い遠い御国からよく御出でくださいました。今日はトマス氏の亡父フアザァが通信する約束になって居りますから、あなたはうぞ側でおきき下さいませ……。あなたの背後の司配霊しはいれいさん達もここへお見えになって居られます……。』

 間もなくトマス氏の亡父が現れて、時余にわたりてトマス氏と一問一答をつづけましたが、十年近くもレナルド夫人を専用の通信機関として居るだけあって、音調といい、態度といい、髣髴ほうふつとして、そこに一個の老牧師を現出せしめた感がありました。『私の亡父というのは、まるであんな男でしたよ……。』トマス氏は私を顧みて微笑みながらそう囁きましたが、私も首肯せざるを得ませんでした……。

 標本としてトマス氏と亡父との問答の一節を紹介することにしましょう。――

問『フイダが取次ぐ時、あなたは実際にフイダの前に来て居ますか、それとも単に思念の放送をなさるのですか?』

答『それはどちらの場合もある。フイダの眼に私の姿が見える場合もあれば、又フイダが単にこちらの思想のみをつかむ場合もある。いつも姿を視たり、声を聴いたりするとは限らない。概してフイダとわれわれとの連絡は確実であるが、ただ人間界との連絡はそれほどうまく行かない……。』

間『あなたがフイダに話しかける時、彼女の受取るものは何ですか?』

答『それは私の言葉……イヤむしろ私の言葉の含んでいる思想の波を捕えるのじゃ。地上の人と人との間にありても思想伝達は可能である。われわれ霊界居住者にありては思想伝達が生命である。それは言葉以上に正確である。われわれは言葉そのものを送れないではないが、しかし思想を送るよりも遙かに困難じゃ……。』

問『霊界通信によりて個性の全部が現れますか?』

答『それはとてもできない。われわれは自分の思想、自分の能力のる一部分のみを霊媒の心に印象するのである。すべていかなる人でも、決して同時同刻に、自己の全精神を自分の頭脳に注入するものではない。順繰りに考の一部分づつ一断片づつ、を切売式に送り込む仕掛にして居る。従って人間には顕在意識と潜在意識との両面が、自然に備わっている理窟である。私達が霊界通信を送る時にもそれと同様である。自分は霊媒の心に、自分の心の一小断片、言わば分霊を注入する丈で、他は潜在意識として霊媒の心の外に残してある。交霊中かく内と外とに分れている二つの意識は、言わば別個の存在で、両者の連絡はほとんど不可能に近い。その結果時として自分の姓名すら名告なのれぬというようなことも起る……。』(以下略)


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