心霊読本

第三篇 心霊現象の体験事実

三、宮澤理学士の大発動

 大正五年の春、私が横須賀で海軍の将校、教授、等を集めて、大本教の所謂鎮魂帰神法の実修を始めた頃には、前記のT夫人の霊視現象のほかにも、随分いろいろの神懸現象が続発しました。熱心でこそあれ、何にしろかかる問題に対してほとんど全く無知識、無経験の素人のる仕事であるから、ドーセ学術的に見て、さしたる価値のあるものははなはだ少なく、概して突飛で、乱雑で、うっかりすれば発狂者でも出し兼ねないような性質のものが多いのでした。私は当時を顧みる毎に、よくあんな真似をして、あれ位の損害で済んだものだと、自分ながら感心もし、又恐縮もして居ります。精神統一は、上手にやればんな結構なものは滅多にないが、下手に行ったらこんな剣呑なものもまた滅多にない。現に日本国中には、今以いまもってそれがめに、どんなにも多くの精神異常者が続出しつつあることでしょう! 勿論むろんこれに危険が伴えばとて、これを禁止してよいという道理はどこにもない。取扱い方を誤りながら、危険のともなわないものは世の中に只の一つもない。火、水、電気、劇薬……危険といえば皆危険であるが、しかし合理合法的にこれを取扱えば、こんな重宝なものもまためったにないのであります。精神統一もまた然りで、今日の発達した心霊上の理論と修法とを以てこれに対すれば、そこに何等の危険や弊害やは起らない。要するに罪は精神統一そのものにあるにあらずして、心霊知識の欠乏にあるのであります。

 イヤ又しても筆が理窟ッぽくなりました。私は急いで当時の記録の中から、宮澤理学士(虎雄氏)に起れる大々的霊言現象の一節を紹介することにしましょう。これはその内容価値が格別すぐれているめでも何でもない。ともすれはヘタな統一の初期に起り勝ちな神懸現象の一標本として、参考までに提供するまでのものであります。――

 出口(王仁)氏の説明につづいて起った議論質問はなかなかさかんで、夜を徹しても到底けりはつかぬと見て取ったので、私は人々をうながして、兎も角も鎮魂の実験を試みることにした。中には薄気味悪がって尻込みしたのも二三人はあったが、私等家族を併せて六七人は席に著いた。

 型の如く足を重ね手を組み、瞑目して坐ると、出口氏は一同の前面に席を占めた。それが所謂いわゆる審神者さにわという資格のもの、又被術者を神主かんぬしと呼ぶことはこの時初めて知った。

『さあどんな事になるのかしら……。下腹部から狐か狸の動物霊でも飛び出されるとキマリが悪い。』などと私も考えた。何にしろ頭脳の中には雑念だらけ、とても精神の統一どころの騒ぎではなかった……。

 すると、この時不意にピィーツと抑揚のある、冴えた、透った、しみわたるやな笛声が起った。いささか驚いたが、二三分それがつづくうちに、幾分かその麗わしい音色に誘われて善い気分になりかけた。

 鎮魂は五分、十分とつづいた。困ったことには時間が経つにつれ、足がしびれ出して来た。従って折角まとまりかけた精神が足の方に散ってしまい、早く止めてくれればよいが、などと考える始末、さっぱり私は駄目だった。のみならず、私の側の方で、誰やらのらい鼻息がいやに耳につく。鼻息はだんだんあらく、迅く、うつばりの塵をも吹きとばさんばかりの勢なので、それが又気にかかってならない。

 ようやく拍子が二つ聞えて『ハイ宜しい。』という掛声がかかったので、ヤレヤレと思って眼を開けて見ると、他の人々も私と同様、眼を開けて静座の姿勢を崩すところであった。

『大へん荒い息づかいが聞えたが、一体あれは誰だったかしら……。』

『僕だった』

 と答えたのは宮澤理学士であった。るほど顔の色が赤くのぼせている。

うしたのです? 躯の具合でも悪かったのですか?』

『イヤっとも……ただ妙に途中から、躯が突張って来て、気息いきがはずんで苦しかった……』

 出口氏は笑い出した。

『霊が発動したのです。もう一二遍やると言語くちが切れましょう。』

 宮澤君の外には所謂発動状態になったものは一人もなく、ただT夫人と他の一人とは、閉ぢたる眼瞼まぶたが妙にしぱしぱして、鮮かな赤だの紫だのが見えたというのであった。私をはじめ、何等の感応も無かった連中は、少々人後に落ちたような、残念らしい気分がした……。

 その翌晩も大概同一の顔触れ[#「顔触れ」は底本では「顔振れ」]が集合した。で、私は他の人々と同様に鎮魂の姿勢に就こうとすると、出口氏からさし止められた。

『あなたは審神者さにわにおなりやす。あなたは審神者さにわをやる役目の人どす……。』

審神者さにわ?』と私はびっくりして『どうするか私には判りませんが……。』

『おやりになれば自然に判ります。大事ござへん、まァってお覧やす……。』

 生れて初めて鎮魂というものを試みて、お未だ要領を得るに及ばず、戸惑いし切ってゐる最中の私が、審神者さにわとして指導者の地位に立つ! 無理も大無理、滑稽も大滑稽とは思ったが、最後にままよと決心して到頭とうとうって見ることにした。

 審神者さにわとしての驚くべき体験の序幕はここに切って落された。

 私は型の如く手を組み一生懸命、真紅まっかになって気合をかけた。

『うまくこれでくかしら……。』

 心の中には多大の不安があったが、五分とたたぬうちく、かぬどころの話でなくなって来た。

 見よ、宮澤氏の状態が何時の間にやら、ひどい変り方を始めたではないか! 総身棒を呑んだ如く硬直したのはまだよろしい。鼻息がふいごの如く烈しい丈ならまだ驚かない。ところが、宮澤氏の今の今まで固く結ばれていた唇が、前後、左右、上下、縦横に猛烈な運動を開始したではないか! それと同時に下腹部からは、円い球でもあるかと疑わるるものが、ゴロゴロと濁音を発しながら胸の方へとこみあげて行く。

『こりャ大変なことになったものだ。これで生命に別条がないかしら……。若しやこののまま窒息してしまったら……。』

 新参の審神者さにわは大にあわてて助け船を出口氏に求めた。が、そこは先生練れたもので、泰然自若として巻莨たばこをくゆらしながら、

『もうじき口語くちが切れます。憑依した霊の名前をおきやす。』

 小声で与えられた出口氏の注意に少しは安心したものの、さて何とうてくべきか、勝手が判らないのにはちょっとまごついたが、この場合乗りかけた船で、何とか行って見るより外に致方いたしかたがない。

『御名前は何と仰っしゃる? お名告なのりを願います。』

 そう言って、兎も角も満身に力をめて、無茶苦茶に気合をかけて見た。

 宮澤氏の躯がこの時ぐっと一段反身そりみになって、平生の赭顔あからがお一段の紅を潮したと見ゆる程こそあれ、火薬の爆発かと怪まるる音声が、その腹の底から突発して来た。

『カァ……カァ カァ カァ カァ!』

 驚いたのは私をはじめ、一座の人々だった。いずれも精神統一どころの話でなく、期せずして眼をけてしまって、ただただ呆気あっけにとられた。

 大音声はお続いてこみあげて来る。

『ラァ ラァ ラァ ラァ!』

 仕方がないから私はますます気合をかける。宮澤氏の腹から湧き出る音声はますます高まる。とても普通の肉声では真似のできないほどの大音声となって来た。後できけば近隣きんじよの人々も喫驚びっくりして戸外に飛び出し、私の住宅の門前は数十人の人だかりだったということであった。

『おあとをつづいて願います。』

 出口氏が見兼ねて口を添える。宮澤氏の発声は幾分づつからくに、上手じょうずになる。

『カラ カラ カラ クル クル クル ! ロク ロク ロク ロク ロク!』

 自分には何のことやら更に見当けんとうがとれない。宮澤氏は宮澤氏で、熱汗を瀧のように流しつつ呶鳴どなり続ける。

『何やらよくききとれません。落附いて、もう一度まとめて言って戴きます。』

 そう言うと宮澤氏はいささか落ついて、

 『カラカラ クルクル ロクロク ジャ! カラカラ クルクル ロクロク ジャ!』と同一文句を数回繰返して呶鳴どなった。

 自分には依然として文句の意味が不明であったが、宮澤氏の肉体が疲労しきっているらしく見えるので、兎も角も型の如くポンポンと二回拍手して、

『終りッ!』

って見た。

 すると不思議なことに、今まで夢中になって、さながら狂人の如く怒号して居た宮澤氏は、あたかも忘れたように、けろりと平生の状態に復した。

 質問の矢は一座の人達から宮澤君に蝟集いしゅうした。

君一体何うしたのです? カラカラ クルクル とは、ありャ何の意味です?』

『そりャ僕にも何の事かさっぱり判りはしない。はらの底から勝手に呶嗚どなるんだから……。』

しきりに汗を拭きつつ割合に平気である。

『しかし君、自分でも呶鳴どなった文句を聴いて居たでしょう。』

『そりャ聴いては居ます。しかし僕はただ口を使われた丈だから、文句の意味なんかすこしも判らん……。』

『苦しかったですか?』

『苦しいことは苦しいですナ。最初唇が動いて何か言い出しそうになったから、歯を喰いしばって必死に抵抗して見たのですが、無理に歯をこじあけられてしまった。あの時が一番苦しかった。何にしろ自由に呼吸ができんものですからナ……。』

 以上のような現象は統一実修じっしゅうの初期においてしばしば発生する、極めて月並至極なものでありますが、それ丈却って初学者にとりて参考になりはせぬかと考えられます。その内容価値は別として、兎に角人間の肉体が使い方一つで、随分奇妙な作用を起すものであることを悟らせる、一資料であることは確かです。当時の私はしきりに考えました。『物理専攻の理学士が原子説でも述べたのなら、これを当人の潜在観念に帰することもできるが、あの カラカラ クルクル ではうにもしょうがない。あの言葉は宮澤君の人格の一部分から出発したものでなく、矢張り神霊論者の主張する通り、本人とは全然別個の人格を有するものの意志の発表ではあるまいか。それにしてもあの カラカラ クルクル ロクロク ジャ、は一体全体何を意味するか? これはひょっとすると、何かの暗示又は予言と称すべき性質のものかも知れない。あんなに熱心に怒号したところを見ると、まるきりの出鱈目ではないかも知れぬ。いずれにしてもこりャ大いに研究を要する問題だ……。』

 兎も角も私の心霊問題に対する興味は、こんな実地の体験から層一層拍車をかけられたのでした。


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