心霊読本

第二篇 心霊現象と霊媒

三、心霊現象の基本的原則

 そろそろ道具建が出来ましたので、この辺で一つ、心霊現象の基本的原則、換言すれば心霊現象と霊媒との間に存在する、内面的機構につきて一言を費して置きたいと考えます。無論ここで説くのはホンの荒筋丈で、詳しい理論は改めてきで説明することに致しましょう。

 言うまでもなく、近代心霊科学の成就せる、最も顕著なる功績の一つは、心霊現象と霊媒との間の不離の関係を、学問的に突きとめた点にあります。心霊科学以前の人類はここに気づかず、異常現象が起れば、直ちにこれを神力とか仏力とかに帰してしまい、その結果幾多の幼稚なる迷信思想に捕えられ、まるで見当外れの崇拝やら、恐怖やらに、あたら人生を暗くしてしまいました。無智ほど人間に災するものはありません。その点において近代心霊科学は、他のいかなる学問に比しても遜色のない、意義ある貢献をして居ります。

 心霊現象と霊媒との不離の関係につきて真先まっさきに着眼し、そしてこれに学術的解決を与えんとしたものの一人は、実にかのウイリヤム・クルックス卿でありました。クルックス卿がブリティッシ・アソシェーションの会長に就任したのは一八九八年(明治三十一年)のことでありますが、その就任講演の中で卿は心霊現象に就きてかく道破して居ります。――

『余の思考するところによれば、光の原理の中に思想伝達現象の秘密が存在し、更にこれを推しすすめることによりて、従来不可解なりし心霊現象の秘密の多くを解くべき、有力なる鍵が見出さるると思う。非常に高き振動律を有するものと推定せらるるる思念の波が、恐らく霊媒の頭脳に進入し、その神経中枢に働きかけるのであろう。神経中枢が此等これらの光波を使用するのは、恐らく声帯がもろもろの音波を使用するのと同一に相違ない……。霊媒というのは、要するに異常に発達した、発信用受信用の神経中枢機能の所有者で、これは天分もあろうが、同時に不断の練習の結果、高律の振動に感応し易くなったものであろうと思う。兎も角も、この仮説をもってすれば、心霊現象なるものは物理学の法則とごうも抵触するところがなく、何等超自然的不可思議的要素を傭い来りて、心霊現象を説明すべき必要が根絶する……。』

 この説明はまだいささか抽象的、概念的の域を脱したとはわれませんが、しかし十九世紀の末期において、ここまでスパリと心霊現象の内面的機構に向って探窮たんきゅうのメスを突きすすめたことは、正に敬服に値します。要するにエーテル波動の原理をもって、一切の心霊現象に合理的説明を試みたところに、クルックス卿の偉さがあるのであります。爾来じらいここに数十年、実験に実験を重ね、推理に推理を積むに従って、この根本原則は一層動かすことのできないものとなってしまいました。

 勿論むろんクルックス卿の説明にはお補充すべき点が多々あります。曰く人の構成要素、曰く超現象界の居住者、曰く守護霊、司配しはい霊の存在――これ等のこまかい点はその中にすこしも説かれて居りません。が、それはそれとして置いて、すべてがエーテル波動の活用の結果である事は、全くクルックス卿の述べた通りであり、そのお蔭で世の中がどんなにも合理化し、どんなにも明朗化

したか知れません。この原理が判ったばかりに、現代の心霊学徒は何を見ても又聴いても、一切の恐怖観念、又一切の難有ありがた信心等からきれいに超脱してしまいました。例えば従来人間界の迷の種子であった幽霊の出現――あんなものは今日の心霊学徒の眼から見れば、街頭に起る日常の些事さじと格段の相違もないのであります。死者が生前そのままの姿を現すのは、畢竟ひっきょう死者自身に姿を現わすべき意思があり、そして姿を現すべき何等かの合法的手続を踏んでいるまでの事であるから、われわれはこれに対して、別にびっくりするにも、不思議がるにも、又難有ありがたがるにも及ばない。極めて事務的に幽霊から委細の用件を訊いた上で、適当の処置を講ずればそれでよいのであります。怨めしいばかりが決して幽霊出現の理由ではない。怨めしい幽霊はむしろ少数で、よくしらべて見ると、供養をたのみたいとか、又いしいとか、人情味たっぷりな幽霊がむしろ多数を占めるのであります。『姿を見せると、皆怖がって逃げてしまうので実に困りました……。』こんな愚痴を言う幽霊も決してくないのであります。

 幽霊を見て恐がると反対に、これを極度に崇厳化し、神聖化したのがキリスト教その他であります。かのイエスの復活昇天説がそれであります。心霊眼をもっこれを観れば、たまたま徒弟その他の人々の中に、物質化霊媒が居たというのが正しい解釈でありましょう。つまりイエスが偉いから、神から特別待遇を受けた訳でも何でもなく、徒弟の中の誰かが物質化に必要なるエクトプラズムを供給してくれたので、イエスは死の直後に自分の姿を現したまでであります。あんな事柄が布教宣伝の資料にされては、イエスはさぞあちらの世界で苦笑を禁じ得なかったかと想像されます。

 これは幽霊現象につきて一言したまででありますが、その他の現象だって皆同様で、心霊科学眼からすれば、そこに格別の不思議はなく、そしてそうした場合に最も肝腎な役割を受持つものは、常に霊媒なのであります。

 イヤ説明が少々早目に理窟ッぽくなりかけました。理論は成るべく後廻あとまわしとし、これから代表的の心霊事実の紹介に移りましょう。


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