心霊読本

第一篇 心霊研究とは何ぞや

三、英国に於ける堅実なる発達

 前述の通り、近代心霊研究の発生地は北米合衆国なのであるが、しかし充分の理解同情をもってよくこれを整理し、又培養して、いつしか心霊研究をして一つの新興科学として押しも押されもせぬ立派な貫禄を具備せしめ、又これにもとづきて思想信仰上の指導原理を築き上ぐるところまで、グングン持って行ったのは実に英国民のお手柄でした。つまり北米で咲いた心霊の花が、英国で実を結んだ訳で、ここらが国民性の相違を物語る、はなはだ興味ある点かと考えられます。それにしても英米両国民が斯く心霊問題につきて先陣を争っている間に、われわれ日本国民が一意西洋の物質文明の輸入に忙殺され、心霊上の問題につきて全然没交渉であったのはいささか残念に思われますが、しかしこれは国状の相違がしからしむるところで、この一事をもって直ちに日本国民を心霊方面の無資格者と見倣みなすことは勿論むろん大早計であります。われわれは心霊問題に関しても、いつもの流儀で英米諸国が築き上げたところを、そっくりそのまま咀嚼そしゃく吸収し、そしてその上で日本独特の新工夫新解釈を加え、心霊科学の実地運用にかけては日本が世界第一、というところまで漕ぎつければそれでよいのであります。心霊科学の何物たるかも知らないで、勝手な熱を吐くのは勿論むろん沙汰の限りでありますが、しかし欧米の心霊研究をもってすべてと考え、ただその前に叩頭するばかりでは、これ又お話にならないのであります。よく這間の消息に通じて適切なる指導方針をてないと、必然的に大損害を招くことになりましょう。これにつきてはきへ行ってから、更に徹底的に卑見を申し上げることにし、これから簡単に英国に於ける近代心霊研究の発達状態を物語ることにしましょう。

 ず第一に挙げねばならぬことは、英国から人格力量共に世界で第一流と折紙附きの心霊研究家が輩出したことであります。何にしろ前代未知の新原野を開拓する大仕事であるから、一般世間の僻見へきけんと、反対とを押し切る丈でも決して容易な業ではない。いわんやその取扱う所の資料が隠微を極め、複雑を極めて居るので、とても並大抵の人間の手には負えないのであります。かの北米のエドモンズ判事の如きは、誠に見上げた人物に相違ないと思いますが、しかも近代心霊研究をして、世界の学界に磐石不動の確乎たる地歩を築かしむるのには、その力量がまだいささか不足の感あるを免れなかった。この点において英国の学界は、実に理想的の大人物をこの研究に供給しました。曰くサー・ウイリアム・クルックス、曰くアルフレッド・ラッセル・ウァレエス――世界中の何所どこう捜しまわったとてはたして、これ以上の適任者が見出されるでありましょうか? 心霊事実に対するその綿密精緻なる研究、霊媒に対するその甚深の理解と同情、雲霞の如き反対者に対するその毅然たる勇気、真理の指示にあくまで忠実なるその純真なる学者的良心――われわれは今日当年の記録を繙いて覚えず涙がこぼれます。クルックス卿の貴重なる研究の結果は「心霊現象の検討レサーチス、イン、ゼ、フェノーメナ、オブ、スピリチュアリズム」一巻に結晶して居りますが、その刊行は実に今をへだたること六十余年の一八七四年(明治七年)であります。彼がいかに斯界しかいの大先輩であったかは想像に難くないでしょう。

 が、英国はこの二人の外に、心霊問題の検討にかけて実に沢山の立派な学者を提供しました。曰くサー・アーチボールド・ゲーキイ、曰くサー・ジイ・ジイ・トムソン、曰くギルバアト・マレー教授、曰くローレー卿、曰くサー・ウイリアム・バアレット、曰くサー・オリバー・ロッジ……学者としていずれもそれぞれの方面の第一人者ばかりであります。此等これらの人達はすでに相踵あいついて故人となり、ただ一人サー・オリバー・ロッジのみが八十余歳の老体を提げて、今お斯学の研鑽と普及とのめに粉骨砕身しつつあることは、世界の学界の斉しく驚歎する所であります。英国以外からも、無論立派な心霊学者は現れました。就中米のウイリヤム・ジェームス教授ヒスロップ博士、伊のロムブローゾ博士、仏のリシエ教授フラマリオンジェレー博士、独のシュレンク・ノッヂング博士等は、それぞれの方面において皆多大の貢献を為しましたが、何と言っても済々多士の点において英国には劣ります。英国があんな老大国でありながら、どこやらねばり強いところがあり、形而上的にも又形而下的にも、容易にその地歩を失墜するに至らない所以だと思われます。

 お英国民はこの重大問題をば、単に科学者の手に一任して顧みないというのではないのでした。例えばかの英国政界の大明星たるグラドストーンは、英国心霊協会の創立に際して熱心なる援助を与え、晩年は実に同協会の名誉会員でありました。例えば又かの外交界の大立者バルフォーア伯は、一八九三年をもって同協会の会長に就任しました。その外大僧正のボイド・カアペンタア、副僧正のコリイ、桂冠詩人のテニスン、画家のワット並にレートン、文豪のラスキンスティブスンアンドリュー・ラングサッカリイデイッケンスコナン・ドイル………英国の心霊党は、ほとんど際限もない位沢山であります。更に非凡の学識と才幹とを傾けて斯学の開拓に当り、英国の知識階級に心霊上の理解を高めしむることに異常の功績を遺した人々は、曰くシジウィック博士、曰くマイヤース、曰くガアネー、曰くステッド、曰くステーントン・モーゼス、曰くクローフォード博士、曰くウスボルン・ムーア海軍中将………到底枚挙にいとまなき有様であります。他の国々にもういった功労者はありますが、粒揃の点において矢張り英国には及びません。

 んな次第であるから、近代心霊研究の基礎工事据付の名誉は、とうとう英国にさらわれました。学会として真先まっさきに心霊実験の衝に当ったのは『ロンドンの方言協会ダィアレクティカルソサィティ』で、それは一八六九年(明治二年)のことでした。それぞれの委員が任命せられ、極めて学究的の態度で実験を行い、心霊現象が決して詐術の産物でないことを突きとむるに成功しました。今日われわれが当時の報告を読んで見ても、なかなか良いところを掴んで居ることを発見します。が、心霊研究がいよいよの重要なる学問として、不動の地歩を学界に占むることになったのは一八八二年(明治十五年)をもって『英国心霊協会ソサィティ、フォア、サイキック、リサーチ』(略称 S.P.R.)が創立された時で、これが実に近代心霊研究史上の一大標柱となって居ります。最初の会長はシジウィック教授で、爾来じらい一年交代で会長を選びそれ等の中には独り英国のみならず、世界各国の学者もまじって居ります。要するに心霊問題はフォックス事件が起ってから三十余年で、ようやく明るみに出た訳で、問題の性質から考えると、割合に迅く物になったと言ってしかるべきでありましょう。同協会は今お儼として存在し、連年『報告プロッシーディングス』を発表して居ります。同報告中に取扱ってある事項は、思想傅達、催眠術、幻錯覚、ヒステリア、幽霊並に幽霊屋敷、杖卜法、多数人格、霊言、自動書記、十字通信等と言ったもので、物理的心霊現象にはほとんど手を染めて居りません。同協会の態度があまりにも堅苦しく、つ融通性に欠け、今日ではいささか老駑ろうどの観がないでもないが、しかし黎明期に於ける同協会の功績は永久に没すべからざるものがあります。一般世間の人達はこの協会の存在に力づけられ、ようやく安心して超現象世界との交渉を開始するようになり、そして同一目的の研究機関が、漸次北米その他の諸文明国に設置さるる段取りになりました。人類の文化的見地から観れば、この仕事は恐らく他のいかなる仕事よりも意義が重大かも知れません。

 すでにかく心霊事実が科学的に証拠立てられ、そしてそれが人間生活と密接不離の関係を有っている事が、次第に判明しかけた時に『思索する動物』である人間が、何でいつまで指をくわえてドグマだらけの神学や、暗中摸索式の観念論などに満足して居られる筈がありましょう。『在来の哲学も怪しいが、既成の宗教もどうやら眉唾物らしい……。』――そう言った疑惑が期せずして心ある人士の胸臆に宿り始め、その結果とうとう物質科学並に心霊科学の基礎的資料の上に立脚せる『神霊主義スピリチュアリズム』が次第に定形を成して、心ある人士の心胸を力強く司配しはいすることになりました。この点においても矢張り英国は基礎工事据付の名誉を担って居ります。現在欧米人士の間に最も広く用いられて居る神霊主義の七綱領は、実に英国初期の名霊媒エムマ・ハアディング・プリテン夫人が、他界からの指示によりて執筆したものであります。即ち――

 (一)神は万有の祖である。

 (二)人類は皆同胞である。

 (三)人間の個性は死後に存続する。

 (四)幽明間に交通があり、人類は天使の司配しはいを受ける。

 (五)各人各個の責務がある。

 (六)生前死後を通じて因果応報がある。

 (七)人類は永遠に向上する。

 右は大体において神霊論者の指導精神を示したにとどまり、神霊主義の綱領として決して完璧とはわれませんが、しかしその表現がいかに端的であり、又その趣旨がいかに実行的であり、既成の宗教又は哲学等と全然選を異にしているかははなはだ明瞭でありましょう。兎も角も大体うした思想信念が次第次第に力強く欧米の識者の胸臆を司配しはいし、始末にいけないキリスト教神学のドグマからきれいに蝉脱することになったのは、まことに愉快な話で、これなら日本と欧米とは、うやら精神的の提携ができそうに思われるではありませんか。が、これは非常に重大な問題ですからきへ行って更に改めて充分の攻究を試みることとし、次にごく簡単に当時の英国が生める代表的霊媒につきて一瞥を加えることにしましょう。

 近代心霊学界が有する超弩級的大霊媒は、何と言ってもディ・ディ・ホームでありますが、彼は元蘇国の産で、少年時代に北米に移住し、そこで異常の霊媒能力を発揮したのであります。従ってホームは英国の独占する訳にも行きませんが、しかしホームを純学術的に取扱って大成の域に導いたものはクルックス卿をはじめ、その他の英国人士であります。ホームが英国に渡航したのは一八五五年(安政二年)のことで、それにつづく二十余年が彼の活躍期でありますが、今日信頼すべき記録を読んで見ると、誠に霊媒として稀有の天才であることがよく判ります、大体においてすべてが大仕掛の現象ばかりで、自分の肉体を空中遙かに浮揚せしめたり、炎々と燃え上るストーブの中に頭を突込んだり、実験室全体に大震動を起させたり、大型の卓子を浮揚せしめたり創業時代の立役者としては、正に誂向きに出来上って居りました。あんな強力な霊媒でもなかったら、容易に十九世紀の唯物迷信を打破することはできなかったでありましょう。

 が、今日になりて冷静に考えると、ホームよりはむしステーントン・モーゼスに起った現象が一層われわれの感興を引きます。彼は牛津オックスホード大学出身の秀才で、人物も学職も共に群を抜いて居りますが、この人が一八七三年(明治六年)頃から素晴らしい霊媒能力を発揮したのですから驚くのであります。彼を通じて起った物理的現象ばかりでも大へんですが、しかしモーゼスの名声をして不朽ならしむるものは、実にその優秀卓抜なる自動書記の産物『霊訓スピリット、テーチイングス』でありまして、これは今斯界しかいの重宝として光って居ります。

 際限がないから他は姓名丈紹介するにとどめます。ヨランダと称するアラビア少女の物質化霊媒として有名なデスペランス夫人、ケーティ・キングと称する幽霊美人の霊媒として破天荒の手腕を発揮せるフロレンス・クック嬢、同じく物質化のウイリアム・エグリントン、同じくジヨージ・スブリッグス……いずれも現代には見出し難きほど強力な霊媒達でありました。自動書記では例のステッド及びウイングフィールド嬢等が古い所であり、心霊写真ではディーン夫人並びにクルュー団ホープ等があり、その他各方面においてそれぞれ一方の雄たるべき能力者を出しました。これ等は皆本国産でありますが、英国は更に進んで他国の名霊媒を輸入し、これを自家の研究資料に供すること忘れませんでした。伊のユーサピア女史、米のパイパア夫人リイド夫人等はそのゆうなるもので、霊媒としての彼等の地歩は英国心霊家達の洗礼を受けて初めて確立したかの観があります。

 まだまだのべたい事柄は山ほどありますが、最後に心霊研究並に神霊主義スピリチュアリズムの機関雑誌につきて一言し、この概説をおえることに致します。今日お刊行をつづけて斯界しかいに重きを為すものは『ライト』並びに『ツー・ワールズ』の二誌でありますが、前者の創立は一八八一年(明治十四年)で、その最初の主筆は例のステーントン・モーゼスでした。後者の刊行は一八八七半(明治二十年)で、その創立者は例のブリテン夫人でした。他にも相当見るべき刊行物がないではないが、際限がないのでしばらくここには省くことにします。


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