心霊読本

第一篇 心霊研究とは何ぞや

一、その起源

『心霊研究とは何ぞや?』

 これは誰しも最初におこる疑問に相違なかろうと思いますので、その細説に入るに先立ち、取り敢えず、ここで近代心霊研究の起源、発達、事業、性質等に就きて、ごく一般的の概説、言わばその鳥瞰図と言ったようなものを作製し、成るべく歪まずに、心霊研究の全貌が読者の眼にうつるようにしてあげたいと考えます。

 ず近代心霊研究の起源から申上げることに致します。すべて事のおこるは偶然でなく、必ずよって来る所があるのであります。一言にしてこれを尽せば、近代心霊研究は、既成の宗教哲学等がすっかり伝統の殼の内に化石してしまって、新時代の人士の切実なる精神的欲求を充分満足せしむるに足りない所から、止むに止まれず、自然に勃興するに至ったもので、要するに時代の産物の一つに外ならないのであります。従ってその起源は、科学的研究熱がようやく欧米人士の頭脳に浸潤しんじゅんした十九世紀の中葉、もっと詳しくいうと一八四八年三月、北米ニューヨーク州ハイズビルという一寒村に起ったフォックス家の幽霊事件がその目標となっているのであります。事件そのものは、さして大したものではなく、これに類した心霊事実は昔から今に至るまで、随所に発生して居りますが、ただこの種の事実に対する人間の態度が、このフォックス事件を境界としてすっかり一変するに至ったのであります。

 私は今ここで長く筆をとどめてフォックス家の事件の顛末を物語って居るいとまがなく、又その必要もないので、つとめて略筆を使ってホンの輪廓丈を伝えることにします。右のハイズビルという所は、今日ではすっかり都会化してしまい、ほとんど当年の面影をとどめませんが、その頃はロチェスタア市から約二十マイルの地点にある一寒村で、粗末な木造家屋があちこちに散在して居るに過ぎなかったといいます。ジョン・フォックスという人物がこの村に引越したのは一八四七年の暮のことで、家族は主人主婦の外に、二人の娘が居りました。姉はマアガレットでその時十二歳、妹がケートでその時九歳。――ところが彼等がこの家屋に引越してから間もなく、出所不明の敲音ラップしきりに聞ゆるのでした。今も昔もんな現象は少しも珍しくも何ともなく、古寺などでは随時起おこる現象であり、又われわれが物理的の心霊実験でもる時には、よく附随的におこる現象で、その心霊的機構も今ではすっかり判明して居るのですが、今から七八十年の昔において、北米の無智な農民達がこれに対していかに驚異の眼を見張ったかは想像に難くないのであります。

 さてフォックスの家の敲音は、一八四八年(嘉永元年)の三月中旬に至りて一層猛烈となり、トントン扉を叩くような真似まねをしたり、ガリガリ什器類を引き摺るような風になったり、最も激しい時には寝室のベッドまでもビリビリ震撼しんかんし、めに家人はろくろく安眠ができなかったといいます。

 若しもこのめに、フォックス家の人達が蒼白あおくなって逃げ出してしまったとしたら、問題はただそれきりの話で、不思議が永久に不思議のままで葬られてしまうのですが、彼等は逃げ出す代りに不図ふと思いついて、右の敲音を符牒に使って、敲音の製造元と思わるる幽霊に向って談判を開始し、首尾よく人生千古の大きな謎を解くべき端緒を掴んだのであります。紙鳶たこを揚げて空中電気を捕えたフランクリン、林檎の落ちるのを見て引力の存在に着眼したニュートン、鉄瓶の湯気から思いついて蒸汽力の応用に想い到ったワット、それぞれ方面はちがいますが、それ等がいずれもる一つの現象を手懸りとして大自然の隠微を探ろうとする、近代式の科学的精神の発露であることは同一であります。ここにフォックス家の幽霊事件の真意義、真価値が存在します。当時作成されたフォックス夫人の覚書の一節――

『……今度は私がためして見ることになり、幽霊さん、私の子供達の年齢としを当てて御覧と註文すると、敲音は順次に子供達の齢を数えてただの一つも間違っていませんでした。つづいて私は幽霊の身上を訊ねました。あなたは幽霊ですか、若しそうなら二つ音を立てて下さいと言うと、即座に二回ほど敲音が起りました。次にあなたは人に殺されたか、若しもそうなら二つ願いますと註文すると、今度は特別に烈しい敲音が二つ起り、家屋全体がビリビリ振動しました。あなたはこの家で殺されたかと訊くと、これも前同様の返答……。』

 兎も角も敲音を合図として質問を重ねることによって、右の幽霊の正体がつきとめられました。要領をかいつまむと、彼は一人の行商人で、五年前三十一歳の時にこの家で殺害されたこと、当時彼の家族は一人の妻と五人の子供から成立していたこと、殺害の兇器は肉切庖丁であったこと、られた金額は五百ドルであったこと、屍骸はこの家の地下室の土中十フィートの所に埋められて居ること、其他そのほかでありました。乃て念のめに前後数回にわたりて地下室を発掘して見ると、はたして人骨その他の証拠物件が現われ、又村人達の口供こうきょうに徴して見ても、数年前右の家屋に居住していた某という人物が、一人の行商人を殺害した形跡があるのでした。

 前にも申す通り、われわれにとりて、この殺人事件そのものは何等重大問題ではなく、又右の敲音現象とても極めて月並極まるものなのであります。ただわれわれに取りて非常に意義深長な点は、当年の北米人士がこの不思議現象を手懸りとして、死後個性の存続如何を、徹底的に解決するに至ったことで、さすがに新世界の開拓に当れる、北米人士の溌溂はつらつたる元気と、明朗な無頓着性とが充分にうかがわれます。旧世界の人間は、ややもすれば伝統的又は宗教的の先入的観念の捕虜となり、いたずらに勿体ないとか、気味悪いとか、神罰が恐ろしいとか言って、敢然として新規な事物に喰ってかかる勇気に欠けて居ります。北米人士が全世界に先立ちて、兎も角も幽明交通の草分けをしたということは、どこまでも大に推奨せねばならぬ事柄なのであります。

 因みにフォックス家の二少女マアガレット並にケートは、後年霊媒として相当優秀な能力を発揮しました。つまりこの二人が霊媒的素質の所有者であっために、死者の霊魂が彼等の体躯を利用して、敲音発生現象を作製することができた訳でありましょう。すべての心霊現象には必ず適当な霊媒が伴います。詳細の理論はきへ行ってから別に説明しますが、念のめにここで一言附記して置く次第であります。


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