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第十講 自動書記現象の検討

 七 其他そのほかの自動書記霊媒

オウエン・ウィングフィールド、ワアド等いずれも斯界しかいの名流。――ワアド学士の霊能の由来を物語る老心霊研究者の有益な文字。

 自動書記の産物はいやが上にも多く、以上の紹介は真に九牛の一毛である。が、講座としては自動書記のみを偏重する訳には行きませんので、あとは極力省筆を用いて結末を急ぎましょう。

 ヴェール・オウエン Rcv. G. Vale Owen. ――この人は現代の理智的な牧師中で珍らしく自動書記能力を発揮した人で、『彼岸の生活』 The Life beyond the Veil と題せる四冊つづきの外に『天国の小供こども等』『天国の外域』と題せるつづき物を出し、一種独特の原野を開拓してります。通信者は一群の霊魂達で、それがアーネルと称する霊魂によりて統率されてります。霊界通信によればアーネルは元英国人であったが、宗教裁判をのがれてフロレンスに赴き、文芸復興時代の初期に活動したものだということで、兎に角非常に純潔な性格の所有者であることが筆端に現われてります。通信は霊界の組織、霊界の規則等に関するものが多く、所々に挿入されてある寓話の中には真率愛すべきものがすくなくありません。左に自動書記に関するオウエン師の苦心譚を紹介します――。

(オウエン師の苦心談)――世間では僧侶というものがはなはだ騙され易い人間のように噂して居ますが、かならずしもそうではありません。平生批判能力を使い慣れてるので、新らしい問題が起った時には容易にそれを承認しないのが僧侶です。私としては霊界通信が事実であることを認めるのに十ヶ年、それが正しい結構なものであることを認めるのに十五ヶ年、都合二十五ヶ年をついやしました。

 いよいよこの決断がついた瞬間から通信が始まりました。最初は愚妻が自動書記能力を発揮し、彼女を通じて、私自身鉛筆を手にして静座し、受身的に外来の刺戟に応ずるようにせよとの命令に接しました。久しい間私は気が進まなかったが、最後に非常に熱心に私と交通すべく努力する所の親しき霊友の存在に気づきました。彼等はごうも高圧的に私にゆるような点はなかったが、しかし彼等の希望は日一日と私の胸に滲みるようになりました。

 いよいよ相手の性質が善良であると知った時に、私は幾分躊躇ちゅうちょしながらも、オックスフォード寺院の礼拝堂に入って静かに座を占めました。最初の四つか五つの通信は目標もなく一の問題から他の問題にさまよいましたが、次第に辻褄の合った文章を綴るようになり、爾来じらい実修につれて長足の発達を遂げました。続きものが全部完結した時に勘定して見ると一分間に平均二十四字の割合で書いて居ました。内容はいつも私自身が予期してるものとは全然異なっているを常としました。云々

 ウィングフィールド Miss K. Wingfield. ――この人は生前極めてつつましやかな純潔な生活を送った人で、早く自動書記能力を発揮し、余ほど大部の作物を残したようです。その一部が『他界からの指導ガイダンス・フロム・ビヨンド』と題して出版されて居ますが、生死其他そのほか人生の諸問題に関する真面目な教訓が多くを占め、所々にすぐれた寓話が見出されます。たしかに有数の自動書記霊媒たるを失いません。彼女の霊界通信がいかに正確味をってたかは、生前彼女を知れるマアシャル・ホール氏の記事によりてあきらかであります。左にその要点を採録します。

(兄の死の確報)――私が今から三十年前ハムプトンに於ける姉の家に寄寓してた時に、たまたまウィングフィールド嬢が其所そこに滞在して自動書記を行いつつあった。姉は私に向い、何か一つ実験材料を提出せよとすすめるので、当時の私はそんな事が大嫌いであったが、姉に対する義理から、咄嗟に思いついて、前日兄から来た書信を新らしい封筒に入れ、封印を施した上で、ウィングフィールド嬢に手渡し、この手紙を書いた本人は現在何処どこるか? と口頭で訊いた。無論封筒の上には何も書いてなく、発信人の男性女性も先方に知らせてなかった。

 しばらく経ってから自動書記がく現われた。――

『その手紙の筆者は死んでる』

 それが私の手に渡された時に私は多少びっくりしたが、万事を確定するめ、私は更に質問を発した。――

『何時何所で右の筆者は死んだか?』

 すると再び答が現われた。――

『彼は昨日南アフリカで死んだ』

 これを見た時に私は一層びっくりした。私の兄は実際南アフリカにり、右の手紙も其所そこから届いたものであった。が、私はお半信半疑であった。私は何事も語らずその晩ロンドンへ帰った。

 月曜日に私は自分の秘書に筆を執らせて兄に宛てたる一通の手紙を書いたがしかしそれは発送せずに置いた。すると、それから三つ目の土曜日に南阿滞在のゴール監督からの書信に接した。師は私の友人で兄とも親交ある人であるが、その書信の中に『御令兄は意外にも今朝床の内で死んでられ、実に愕き入りました云々』と書いてあった。日附を見るとそれは私がハムプトンで質問を発した前日であった。

 この一事は心霊現象に対する私の態度を一変せしむる最大の動機となった。私はあの通信が現世以外のる力がウィングフィールド嬢を通じて働いた結果に相違ないという結論に達し、今日でもそれを信じてる。あの場合精神伝達、透覚等の要素はことごとく除かれてる。当時の私は手紙の筆者が、南阿の空で死んで居ようとは夢にも知らなかった……。(『他界からの指導』より)

 ジエ・エス・エム・ワアド J. S. M. Ward. ――この人の自動書記産物は『死後の世界』及び『幽界行脚』の二巻に結晶してり、そして前者は私がすでにその全部を翻訳紹介してあり、後者は一部丈紹介してありますからここに贅言を避けます。ただここに英国の心霊研究者アップルヤード氏の筆に成れるワアド氏の霊能につきての側面観と言ったような面白い記事がありますから、それを紹介することにしましょう。――

(死後の世界の著者)―― 一九一四年二月のある晩、私の所へ突然電話が掛って来て、私の兄弟で東洋で死んだものがあるかとの質問であった。電話の声はう述べるのでした。『あなたは私の事を御存じないでしょうが、私の名はワアドと言ってる大学の講師であります。私は先夜妙な経験をしました。私は躯からけ出して霊界に入り、其所そこで私の養父の霊と逢いました。すると養父の話に、霊界にはあなたと同姓の方がられ、東洋の何所かで歿なくなったというのです。』そこで私はありのままに自分の弟が日本で死んだ旨を答えて置きました。この一事は非常に私の興味をそそりましたので、私はワアド氏の来訪を求めました。すると氏は二三日後に訪ねて来ましたが、一見して氏が霊能者であることが判りました。

 氏は私の宅へ来てから間もなく突然入神状態に入り、一人の霊魂がかかって来てう述べました。『私は八十歳の老人です。私の名はトマス・ウィリイと申しまして、ロンドン市旧ボンド街ヒルトン兄弟会社の社員でした。私は本年一月九日にクレデイトンのモス・サイドで死にました。私は別に用事はありません。ただ私が他界に生存してることを言いさえすればよいのです……。』

 後できくとワアド氏はそんな人を少しも知らず、又私とても同様、まるで赤の他人でした。兎に角一応調査して見る事になり、翌朝図書館に行ってロンドン案内をのぞいて見ると成るほど前記の会社がある。そこで私は早速手紙を書いてウィリイという社員が同社に関係してたか、又彼がクレデイトンで死んだかを尋ねました。会社からはすぐ返事が来てそれに相違なき事が判明し、つタイムス紙の死亡報告欄にその人の記事が出てることを教えてくれました。後日私は同会社を訪ねて理事の一人に面会し、詳細を物語りました。ウィリイという人物は余ほどのしっかり者で、前夜の事はいかにもウィリイがりそうな話だということでした。

 他にもワアド氏にかかって来た霊魂がありましたが、後に至りて皆それが正確である事の証拠が挙げられました。これをきっかけにワアド氏が霊媒的能力の所有者であることが初めて確かめられ、爾来じらい陸続他界との交通が始まりました。その結果があの有名な『死後の世界ゴーン・ウェスト』であります。同書の大部分は皆私の監視してる所で入神状態のワアド氏が筆を執ったものです。

 ワアド氏の実験はいずれも皆すぐれてりますか、就中なかんずくその年の四月に行われた交霊会は真に破天荒のものでした。ここに当時の手記がありますからその一部を御紹介致しましょう。――

『この実験においてはワアド氏のほかにも一人有力な某婦人霊媒が同席しました。二人は未知の間柄でしたが、双方の守護霊達がしっくり調子を合わして、協同的に仕事に従事してくれたので、特に好成績を挙げました。実験は午後の七時に始まったが、同席者は二人の霊媒を合せて総計七人でした。他界の人達は待って居ましたと言わんばかりに早速出現しました。真先まっさきに現われたのが私の甥で、私の事を叔父さんと、例の元気な声で呼びかけ、しばらく会話の後床上に置いてあったハーモニカを取りあげ、生きてるもののするように元気よく吹き鳴らしました。同時に私の亡児が出現し、長い喇叭ラッパを取りあげて鳴らしかけたが、その方は力が不充分で微かな声しか出ませんでした。続いて私の母だの、数人の友人だのがぞろぞろ現われ、いずれも特徴のある音声ではっきりと話しかけ、内容が又確かなもので、誰が誰であることはすぐ認められました……。此等これらは皆婦人の霊媒から発生した現象らしく見えましたが、ワアド氏の方もさかんに好意の競争を試みてくれました。ワアド氏自身の咽喉はすっかり塞がれてるのですが、それでも種々の音声が同氏の頭上又は身辺に起るのです。一つの音声は約四百年前にロッシ寺院に住んでたというモンクの声で、ラテン語でわれわれに挨拶しました。彼は霊界の上層に居住する優秀な霊らしく、他の霊魂達から非常に敬重されてるのでした。そのぎに現われたのが死後の世界で皆さまお馴染の叔父さんで、長いこと会話を交えた後で、今晩はお慰みにすみれの花を出すから顔に当ってもびっくりしてくれるなと前置きして、さかんにそれを投げてくれました。すみれの花の雨が何所からともなく降るは降るは! 一つは私の妻の首に当り、一つは他の一婦人の膝に落ち、同時に約一ダースばかりの花が床の此所ここ彼所かしこに散乱しました。すみれの芳香は室内に充ち、以後二日間許それがカーテンに滲み込んでれませんでした。叔父さんにつづいては例のお馴染の陸軍士官が現われ、あの気味のるい下界の記事を書かせてくれた事につきて特に私に謝辞を述べました……。最後にわれわれが讃美歌を歌い出すと、先刻の僧が再び現われ、われわれに対して祝福の詞をのべてくれました。それはんな文句でした。――高きに在む上帝に光栄あれ……。上帝はすべてこれ愛の権化、父がその子を愛する如く、子がその母を愛する如く、母がその子を愛する如く、乙女がその愛人を愛する如く、良人がその妻を愛する如く、兄がその妹を愛する如く、友がその友を愛する如く、上帝はその造り玉えるすべてのものを愛し給う。この愛の上帝にわれ等は今われ等の感謝、われ等の崇敬、われ等の讃美を捧げまつる。ベネディック。――兎に角その晩の二時間にわたれる交霊会の光景は到底私の拙き筆をもって伝えることはできません。その変化といい、その直接に人の肺腑にしみる強き力といい、私の長い経験中にもめったに匹儔ひっちゅうがないものでした。しその実境に臨みさえせば、どんな僻見へきけん者でも、どんな懐疑家でも、きっと深い印象を受けずにはかなかったに相違ない……。』(アップルヤード氏の『オウールヴォアール』より)


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