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第十講 自動書記現象の検討

 四 トラバース・スミス夫人

オスカア・ワイルドの霊魂の神がかりで大評判の霊媒。――文体も筆蹟も気分も生前のワイルドそっくりで、断じて霊媒の人格の一断片でない。

 ステイントン・モーゼス・モーゼスに続いて代表的の自動書記霊媒を求めると、私は不取敢とりあえずトラバース・スミス夫人 Mrs. Travers Smith. を挙げたいと考えます。夫人はかの有名な英文学者、故エドワアド・ダウデン教授の愛娘で、職業的霊媒でも何でもありませんが、主としてウィジャ盤を用いて非凡の自動書記能力を発揮し、一九二三年には文豪オスカア・ワイルド Oscar Wild. の霊魂と名告なのるものがかかって来て、生前のワイルドそっくりの名文を草し、一躍して心霊界の視聴を惹くことになりました。夫人の自動書記において特に驚嘆すべきはその速力の極度に迅速なことで、ある守護霊が憑ると見ると、いかなる質問に対しても応答流るるが如く、半時間に約二千字の名論文を書きのめして平気なのであります。学士会員のウイリアム・エフ・パアレット博士は夫人にきて厳密な実験を遂げましたが、最後に、『彼女の手を借りて現わるるそれぞれの霊魂は皆顕著なる個性の所有者で、絶対に夫人自身の人格の断片でない』との断定を下しました。夫人を通じて通信を送ったものの多くは、その生時において何等夫人と面識さえもなく、従って漫然としてこれを潜在観念の発動などに帰することは到底不合理なのであります。

 ある時牧師のヒックス師と劇作家のレノックス・ロビンソン氏とで、夫人の実験に着手してた時に、突然夫人の手が動いて、

『自分は溺死したサア・ヒュー・レェーンである。ルシタニア号に乗込んでたのである……』

と書きました。三人ともびっくりしてる折から、街頭には夕刊売りの声が喧しく聞えました。で、ロビンソン氏が駆け出して行って一枚の夕刊を買って見ると、沈没せるルシタニア号の乗客名簿にはサア・ヒュー・レェーンの名が麗々と記されて居ました。ヒュー・レェーンの霊魂は引きつづいて遭難当時の現況を物語りました。――

『大恐慌! ボートが降される。真先まっさきに婦女子が乗り移る。乗員過剰の結果ボート顛覆。その後の記憶は一切不明。最後にこの席に一点の光明がさしたのをたよりに近づいたのである』

 其後そのごも幾回かにわたりてヒュー・レェーンは自動書記通信を送り、自分の一身上の問題だの、自作の絵画のことだの、遺言状の追加だのと、いろいろ必要なる注意を与えました。ここはなはだ面白いのは、彼の霊魂が一点の光明をたよりに出頭したという告白で、これは独りこの霊魂のみの自白でなく、他の多くの霊魂達もひとしく自白する所であります。もちろんその光明は場合によりてさまざまで、強弱大小必ずしも一定しないようですが、ドウも何等かの光明によりて霊魂達が交霊会の席へ引寄せられることは疑うべき余地がなかりそうです

 さてかのオスカア・ワイルドの自動書記通信ですが、その筆蹟は徹頭徹尾ワイルド生前のそれに寸毫すんごうの相違なく、同時にその文体が例の警句沢山の名文句に富んでります。原文のままでないとその妙味の大部分が判りませんが、強いて左にその一部を翻訳してお目にかけます。題目は死後の生活に就いての感想であります。――

(死後の感想)――イヤ死後の生活ですか……こいつぁ私がこれまで行った中で恐らく一番退屈なシロモノです。もっとも結婚生活と、学校教師との会食だけは別物だが……。一体あなた方は私がはたして真正の霊魂であるかうかを疑ってられますね。イヤ無理もないです。私自身ですらときどき自分自身が真物かうかを疑いたくなる位ですから……。よろしい、あなた方が私を疑うなら、その仇打ちに私の方でもあなた方の存在を疑ってやります。一体あの心霊研究協会というものには私いつも感心させられてしまいます。世界中でんなうたぐり深い連中が何所にりましょう? せっかく幽霊が現われても、何とか難癖をつけてそれを揉み消さないと承知しない。しもいよいよ真正の幽霊が出現したとなると、彼等はどんなにツマらながることでしょう。で、私の方でも一つ霊界のうたぐり深い連中を糾合して一の学会……丁度地上の心霊研究協会見たいなものを創立して見ようかと考えてるのです。名称は人間研究協会とでもつけますかな。問題は生きてる人間、例えばこの席に坐ってられるディングウォール君の存否如何を研究するのです。即ちディングウォールという人間は単なる架空の人物か、それとも実在の人物か? 事実か、はた小説か? そう言った事を七六ヶしちむずかしくしらべるのです。よし審査の結果彼がいよいよ生きてる人間だと判っても、われわれは無論極力これに反対します。疑って疑って疑いぬいてやります……。(一九二三年六月十八日。立会人は心霊研究協会の審査部長ディングウォール氏並にカムミングス嬢)

 ワイルドの霊魂が結婚生活や学校教師を世の中で一番退屈なシロモノ中に数え立て皮肉ってる所は、う見ても十九世紀末の面影をとどめてります。近頃の結婚生活にはなかなかそんなお手柔かなものでないのが多く、又近頃の学校教師中には往々素直でないアバレ者がります。お気の毒ながらワイルドほどの才物でも、その単調な幽界生活中に、いつしか日進月歩の世の中から置いてけぼりを喰った形であります。

 おワイルドの霊魂は英国の諸文豪やら文芸問題やらにつきて、片っ端から彼一流の皮肉な評論を試み、おぼえず読者をして破顔せしむるものがあります。一々それを紹介する訳にもまいりませんが、たった一つ標本としてショーに対する評論でも訳出して見ましょう。――

(ショーの評論)――私はショーに対して好意をっています。あの男が一生懸命独創的でありたがっているところを見ると私はおぼえず涙がこぼれます。あの男には美の観念がトンと欠けてります。又人生の劇的方面に対する観念がさっぱり無いです。あの男の長所はあくまでも押しがつよく、どこまでも自分を世間へ売りつけねば承知しない、向息むこういきの強いことであります。私は大にあの男の作品を尊重します。要するに私の同国人たる厚誼がありますからね。イヤ私とあの男とはその点で同病相憐あいあわれんでよい訳です。私の意見ではショーは立派な平民党だと思います。あの男は自分の正直で不躾なことを証明すべく、肚裏はらで考えている以上にヅケヅケものを言います。又あの男は自分の作品が世間からヤンヤと喝采されることをこの上なく渇望してります。世間もそれを知ってツイ気の毒になって喝采してやります……。

 んな文句が何所から出発するにしても、それがトラバース・スミス夫人の精神の産物でない丈はたしかなようです。文体も、筆蹟も、気分も、ほとんど何も彼もちがってるのです。お同夫人にはワイルドの外に、グラストンベリイ寺院に関係ある中世時代の僧侶連だの、アーサー王の円卓連だの、聖フィリップだのというものが数々かかって来て自動書記通信を送りましたが、しかし一九二三年の秋に、文士のブラッドレー氏が立会人となりて出現したヨハネスと称する彼女の守護霊の通信は、質問者が質問者である丈、余ほど興味が多いように見受けられます。ブラッドレー氏は右の実験に関してく述べてります。

 私が実験した際には、スミス夫人は最初その手を私の手にかけて置きます。やがて私が夫人の守護霊に向って質問を発すると、彼女の手は即座に私の手から離れてウィジャ盤に赴き、右の質問に対する答を書く。私の方では大急ぎでこれを速記する。私の速記は随分迅いので自慢なのにも係らず、最初はほとんど間に合わぬ位であった。あまり長文の通信に接した時には、二人とも疲れ切って暫時中止せねばならぬ位でした。しかし後にはだんだん呼吸をのみ込み、自分の手を柔軟にして書き放題に書かせると非常に速力も加わり、同時に疲労も減じました。兎に角人間業では、いかなる才人でも、この種の試験には堪え得なかったに相違ない。私の発する面倒な質問に対して何の苦もなく、深遠複雑な答がすらすらと流れ出るのですから……。この程の現象を説明すべく、フランスのリシエ教授は例のクリプテステシア(潜在敏感)説を提示するが、それが容易に容認し難きことは、交霊説が一部の人士に容認し難いのに決して劣らないと信じます……。

 しかし単なる外面的説明丈では到底その真相を髣髴ほうふつせしむることは不可能と信じますので、これからヨハネスの通信の一部を翻訳してお目にかけることに致しましょう。ブラッドレー氏の受けた通信は細字で六十頁に達し、各種の問題に触れて居ますが、私はその中から成るべく心霊研究者に取りて興味の深いような個所を抜萃ばっすいするとしましょう。もちろん問は皆ブラッドレー氏の発したもの、答はヨハネスから出たものです。


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