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第一講 肉体と霊魂

 四 催眠術と暗示説

催眠術が生んだ暗示説には半面の真理を蔵すれど暗示万能説ははなはだ不可。――無批判な暗示説押売おしうりめに日本の社会は量り知られぬ害毒を蒙りつつある。

 十八世紀の終から十九世紀の前半において発達を遂げた催眠術の実施が何の点まで霊魂問題に対して光明あかりを投げることになったかを論述するのが当面の目的でありますので、私はただ思想伝達能力と優れたる記憶能力の二つを挙げただけでしばらく満足するつもりであります。無論霊魂の働き……私はモー異常意識だの、第二人格だのという、すこぶる曖昧な、まわりくどい用語の使用をこの辺で打切って、短刀直入的に霊魂という文字を使ってもよろしいかと思うのですが、兎に角この霊魂の働きは余ほど微妙で、思想伝達能力だの、優れたる記憶能力だのは霊魂の働きのホンの片鱗の閃きに過ぎぬようであります。その後心霊研究者が半世紀以上にわたりて惨憺さんたんたる調査研究の結果、霊魂のくしびな働きはずっと闡明せんめいさるるに至りました。今日の心霊研究者は幽霊が出たからと云ってまさか腰をかすようなへまはやりません。幽明所をかえたからと云って心ゆるせる魂と魂との間に交通不能とは思いません。要するに心霊研究のお陰で今日の人類は幼稚野蛮な精神状態から、ある程度まで見事に脱却することができるようになりました。それ等の事は順序を追いて次第に述べることにしますが、催眠術を説いた関係上、是非ともここに一部の催眠心理学者が力説する暗示説きて一瞥いちべつして置くことが肝要であると考えます。何となれば暗示説には至極もっとも千万な個所もあると同時にあまりにこれに拘泥し、あまりにこれを過大視した結果、はなはだ不合理な愚説を天下に流布し、就中なかんずく日本の学界においその弊害が著しいと思わるるからであります。

 催眠術の実験に臨んだ人はどなたも御存じのことでありますが、被術者は驚くべき程度に術者の暗示に動かさるるもので、苦もなく、人格転換などをやり兼ねない。妙齢の少女を催眠して、『お前はモー少女ではない。よぼよぼのお婆さんである。』と暗示しますと、少女は早速お婆さんのつもりになり、お婆さんらしいせきをしたり、ヨボヨボした足つきをしたり、しゃがれ声を出したりして、それが一時間でも二時間でもつづきます。勿論むろんこれは単なる一例に過ぎないので、しもお婆さんの代りに汝は犬だと言えば、彼女は人間のからだで真似のできる限り犬の真似をします。し又、汝は北米合衆国の大統領だといえば、驚くべき真実味をもって大統領の役割を演じます。もし又お前は天使の面前に在るぞといえばこれに向って最敬礼をもっ拝跪はいきします。これに反して、しもお前は悪魔の前にるぞといえば、見る見る戦き恐れて縮み上がります。これは酒精だと云って一杯の水を彼女に与えますとたちまちベロベロに酔ぱらッて管をまきます。その反対に、これは酒の酔をさます妙薬だと云って酒精を与えますと、彼女は間もなく酩酊状態から脱します。熱病に罹ったといわれますと、脈拍は急速になり、顔はほてり、そして体温が昂騰こうとうします。これを要するに、催眠術に罹った人は、暗示次第で、見たり、聞いたり、感じたり、嗅いだり、味わったりし、又暗示次第で精神肉体共に溌溂はつらつたる元気を発揮したり、又は昏睡状態、強直状態等に陥ったりします。

 この実況を見せつけられては誰人も一旦は異常意識、即ち潜在意識と暗示との深い関係を認めたくなります。で、一部の催眠心理学者の間には次のような暗示万能説が唱えらるるのであります。――『意識的人格、換言すれば普通の状態にける人間の精神は道理に逆い、又五感の指示に逆いて、他の暗示に支配さるることはないが、異常意識、即ち催眠状態にける人間の意識は間断なく無条件で暗示に左右される。人格の転換の如きは全部単なる暗示の力によるもので、人間の肉体に霊魂が憑依するなどというは迷信である……。』

 一応はいかにももっともらしい説で、無条件にこの説に釣り込まるるものが案外多いのはまことに当然であると感ぜられます。十九世紀に現われた主義、主張、学説は随分沢山の数に上りますが、それ等の中で、暗示説などは確かに出色のものに相違ない。

 が、学問の研究に従事するものの常に警戒の眼を光らせることを忘れてはならぬはここだと考えます。われわれは暗示の結果だけを観て驚く前に、先ず暗示の由って来るところの本源を考査して見る必要があります。御承知の通り催眠術というものはすべての人に有効に適用さるるものではありません。即ちる一人の術者が催眠術を施す時に、きッとこれに罹るもの罹らぬものとがあります。いかなる術者でも百人が百人とも、千人が千人とも、すべての人を催眠し得るものではありません。ここに看過ごしてはならぬ重要事実が伏在します。

 催眠術に罹るということは何事を物語りますか? 私は其所そこに二つの重もなる原因があるものと考えます。即ち――

 一 術者の人格が被術者の人格を圧倒した場合。

 二 被術者が安心して自己の肉体を術者に委ね切りたる場合。

であります。催眠術に罹るという事は以上二つの場合に限るので、術者の人格が被術者の人格よりも弱き場合、又被術者が警戒の眼を見張りて自己の肉体を術者に委ねない場合等には、決して催眠術に罹るものではありません。出発点においてこの重要なる条件が存在することを忘れ、すでに催眠されてしまった後の現象にきてのみ観察を下すから必然的に間違った結論を生じます。正当にいうと催眠術に罹るものは催眠する以前に於てすでに術者の薬籠中のものになり切って居るのですそれなら術者の暗示がよく利く筈であります。暗示万能論はこの点に於て当然破れます。一切の人格転換現象を憑霊説で解決しようとするのが不窮理千万であるのと同様に、これを暗示説のみで説明せんとすることもまた不窮理千万であります。外面から観察すれば一の人格転換現象であっても、その内容は余ほど複雑で、なかなか一と筋縄で解釈はできません。古今東西の人格転換の実例をあつめて仔細に攻究すると

 一 他の霊魂の憑依の結果である場合。

 二 術者の暗示にる場合。

 三 被術者の自己暗示にる場合。

 四 被術者の霊魂が他の霊魂の仮面をかぶり、人間を愚弄して歓ぶ場合。

等を発見し得ると思います。要するに心霊現象の研究においても、他の方面にけると同様に、できる丈豊富な材料に拠りて公平な結論を求むることが絶対必要であります。催眠術の研究ははなはだ興味深くつ有益でもありますが、これに捕えられると飛んだ過誤に陥ります。

 これを要するに催眠心理学者が暗示の威力を発見したことはお手柄には相違ない。暗示は独り催眠状態において有効であるばかりでなく、社会百般の事相において、暗示の勢力――こと巧妙なる暗示の勢力は大したものである。教育にも、医療にも、宗教にも、就中なかんずく各種の宣伝用にも暗示のキキメは驚くべく大きい。力ある暗示はたしかに全世界の思潮をも動かし得ますが、それは『力ある暗示』がキキメがあるという丈で、一部の催眠心理学者が唱えるように、無条件にすべての人に対してすべての暗示が利くのでないことはくれぐれも承知して置く必要があります。無批判な暗示説押売おしうりめに、日本の社会は一方においてある程度迷信の禍から脱れることができたと同時に、他方においてそれがめに科学的にも又道徳的にも正しき霊魂説に盲目なるべく教えられたことにより、量り知られぬ害毒をも受けました。われわれはこの幼稚な状態からは一時も早く脱却すべきだと痛感します。

 優れたる霊媒によりて発生する所の純正な人格転換現象にきてはきへ行って詳しく申上げます。ここでは、すべての人格転換現象がかならずしも暗示の所産でないことを銘記して置いて戴くことを、くれぐれも読者諸子に望んで止みませぬ。


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