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第一講 肉体と霊魂

 三 催眠術と記憶能力

普通の精神作用が極度に鈍り、しくは全然休止せる場合に驚くべき別個の記憶能力が現われる。――人間の肉体の奥には古来霊魂と称せられたる、一の独立せる意識的存在物が儼存げんぞんす。

 催眠術の実施によりて人間に思想伝達能力が存在すること、右の思想伝達能力は肉体の元気と反比例であることから帰納的に考察して、人間には肉体と独立して存在し得る一の意識体――例えば霊魂とったようなものが必然的に宿ってらねばならぬことを述べましたが、実は思想伝達能力は数ある異常能力の中のただ一つに過ぎません。面白い、しかしとらわれ気味のある、催眠術から更に一歩をすすめて心霊科学上の精緻なる実験をかさぬるに連れて、いろいろの能力、いろいろの現象がゾロゾロ現れてまいります。この発見が何処どこまでつづくかは今後のもっとも興味ある問題で、二十世紀の真の文化は恐らく心霊学上の重要なる研究を誤りなく取り入れ、これを物質科学の研究の結果と巧妙に調和融合せしむることにりて初めて大成の域に近づくものと信ぜられます。が、これ等の問題はきへ行って追々論ずることに致し、不取敢とりあえず私はここで、催眠術の実施に伴いて、思想伝達現象以外に、モ一つ重大な現象が発生した事を述べねばなりません。外でもないそれは異常に優れたる

  記憶能力

の発生であります。

 催眠術の実施に伴う優れたる記憶能力の発生は思想伝達能力の発生と全然同一轍どういつてつに出で、常に肉体の元気に反比例を為してるのであります。即ち被術者が成るべく深き催眠状態に入った結果、普通の精神作用が極度に鈍り、しくは全然休止せる場合等に、驚くべき別個の記憶が現われてまいるのであります。おいろいろしらべて見ると、うした異常記憶現象は独り催眠術の場合に限らず諸種の疾患、就中なかんずく発狂、詭妄きもう離魂病癲癇てんかん等の場合にも発現し、平生は全く記憶していない書物の数節などを、一言一句違わずに、しかも往々外国語で繰り返したり何かするのです。

(註)異常な記憶能力の発揮さるる実例は無数に存在し、読者においても生理学書又は心理学書等で御承知のことと思いますからここに取り立てて実例を挙げないことにします。

 私はこの不思議なる記憶能力の存在にもとづいて当然下さるべき結論を述ぶる前に、しばらく在来の心理学者が記憶にいてんな見解を下してたかを考察して見たいと思います。

 赤門時代筆者の恩師たりし元良博士は記憶につきてう述べられてられます。――

初め知覚表象というものが先ず記憶になる。そしてそれが無意識に保存されている。保存する方から見れば、把住作用というのである。これは生理心理という方から見て、経験が神経のる部分に保存されているのであると見れば、別段にずかしいこともないが、神経ということを言わずして、精神のみで――意識即ち精神という様な風に考えて――この状態を説明しようとすると、記憶の把住はじゅうというものは何であるか、その解釈は困難になって来る。記憶の把住はじゅうは無意識のものである。顕在意識に現われてらぬものである。何所か記憶を貯えている部分がなければならぬ兎に角意識して居ない心がなければならぬその意識しない心は何か?……又ある事柄は、自分がそれほど覚えようと思わないことでも把住はじゅうされていて、病気その他の事にって心が侵されて初めて浮び出ることがある。例えば病人が熱に侵されて種々いろいろのことを饒舌しゃべって、人をも驚かし自分も驚くというようなことも随分あることである。把住はじゅうの特質及び細かな条件にきては今日は心理学の研究が未だ不完全である。

 さすがに元良博士の眼光ははなはだ鋭い。記憶の把住はじゅうを司るところの『意識して居ない心』即ち霊魂の存在を、炯眼けいがんなる読者ならば直ちに掴み得るように極めて含蓄多き言葉で説明してられます。時代が時代なので博士としてうでも述べて置かねば収まりがつかなくなることを百も承知してられたのでしょう。

 更に博士が独逸ドイツの心理学者の研究を取り入れ、記憶を二種類に区別することの必要を力説せられてることは看過かんかし難き点であります。――

 意志の作用によりて自由にこれを再生させることができるものを独逸ドイツ語ではゲデヒトニス(回想)という。又連想れんそう法にって、たまたま心中に浮んで来るのを独逸ドイツ語ではエリンネング(記憶)という。日本にては双方とも単に記憶とうてるが、この有意的に想い出すことのできるのと、偶然に心に浮んで来るのとは、前者を回想、後者を記憶として区別したらば宜かろうと思うのである。

 く記憶を二種類に区別すべきは、実は当然過ぎるほど当然なのであります。何となれば両者の間には程度の相違が存在するのでなく、はなはだ明瞭なる性質の相違が存在してるからであります。用語はしばらく元良博士の用語をそのまま借用しますが、言葉の意義はモすこしはッきりさせて置きたいと存じます。即ち――

 記憶――これは異常意識(即ち霊魂意識)の属性であり、肉体の機能に反比例して働き、お肉体から全然独立した時に益々その威力を発揮する。催眠術その他心霊実験の結果から考察するに、霊魂の記憶は驚くべく正確優秀であり、一度見聞した経験、接触した思想等はほとんど忘失しないようである。

 回想――これは普通意識(即ち肉体意識)の属性であり、従って当然肉体の機能に正比例して働き、睡眠不足とか、疫病とか、老衰とかに連れてその力が著しく減退する。普通われわれが記憶がよいとか悪いとかいうのは、実は回想の善悪を指すので、記憶の善悪を指すのではない。記憶はほとんど永久不変のものであるが、肉体の方に欠陥が生ずると、それを識域に呼び出す回想の力が失せるのである。

 私の説明は粗雑を極めて居ますが、それが真理であることは実験上ドーしても否定することはきません。

 お在来心理学者が一の病的現象として説明に困ってた人格転換現象の如きも、記憶と回想との区別がはっきり認められた時にその理由が、明瞭になりかけます。兎に角催眠術の実施に伴いて優れた記憶能力が発生することから考うれば、ドーしても人間の肉体の奥に、古来霊魂と称せらてたところの、一の独立せる意識存在物のあることは学問的に肯定せねばなるまいと信ぜられます。


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