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第一講 肉体と霊魂

 二 催眠術と思想伝達能力

催眠術に陥ったものはその人の平生とはまるで異なった性質、能力等を発揮す。――被催眠者の発揮する異常能力は常にその人の肉体の元気に反比例す。

 一と口に催眠術というと何やら固定的の、すッかり型にはまった暗示一点張りで病気でも治す一の方法でもあるように考えたがる傾向がありますが、術者ならびに被術者の性質、さては応用の巧拙大小によりて、その内容は千変万化し、ほとんど究極するところがないのであります。催眠術のホンの一端をかじりて、催眠術とは大抵んなものだと多寡たかをくくることは大禁物であります。最も発達したところになると、催眠現象と心霊現象との間には何の逕庭けいていがなく、又禅ともヨーガとも、鎮魂帰神法とも四通八達の境涯にあるのであります。

 さて、一切の催眠現象を通じて顕著なる特色は、被術者の普通意識(顕在意識)が不活動又は絶対休止の状態に入りこれと同時にほとんど別個の異常意識(潜在意識)が活動を起すことであります。

 所謂いわゆる催眠状態に陥った者は通例聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚等を失います。そして平生とまるで異なった性質なり、能力なりを発揮し、ドー見てもその人格が転換したようになるのであります。この現象を外面より観察していわゆる二重人格説などが生れたのでありますが、外面的名称などは実はドーでもよいのです。問題の焦点は普通の顕在意識で動く第一人格と、異常の潜在意識で動く第二人格とがいかなる関係にあるか? 換言すれば何が主なる原因で、うした不思議な現象が発生するのか? 一々事実にきて精緻なる観察を遂げ、誰が観ても無理がないとうなずかるる最後の結論を下したいのであります。御承知の通りこの現象を解釈すべく、世界各国の大小の学者達によりて種々いろいろの巧妙な学説が提供されてりますが、私の信ずる所によれば、われわれはそんなものに引ッかかってあたら貴重なる頭脳を混乱せしめてはならないと存じます。新規な学説の中にはむろん結構なのもありますが、その大部分は眉唾物だと信じます。学者と言っても案外正直でないのが多く、ある者は幇間ほうかん以上の巧妙さをもって時代におもねり、ある者は泥棒に負けない程度のしぶとさをもって既得の地位と名誉とを守り、ある時はひたすら自己の功名心に駆られて無理な新説の押売おしうりを試みます。何にしろ優れた頭脳の所有者が懸命になって着手する仕事で、常に半面の真理だけは掴んで居ますから、大抵の初学者は一旦は迷わされます。新規の学説にかけて立派な輸入超過国たる日本の現状を観れば思い半ばに過ぐるものがありましょう。隙があったらこれ等異端邪説の打破だは剔抉てっけつも面白い仕事でしょうが、われわれは目下そんな閑日月かんじつげつちません。できるだけ白紙の態度をもって正確なる実際の事実に直面し、何所どこからも非難の打ちどころのない穏当な帰納的結論を下すに努むるのが目下の急務だと信じます。

 さてしからば催眠術の施行に関連していかなる現象が起こってるか? われわれはその調査から始めねばなりませぬ。

 催眠術にかかった被術者が――換言すればその人の潜在的第二人格が発揮するところの第一の顕著なる性質は

思想伝達能力若くは読心能力

であります。詳しく申しますと、甲の思想が、五感の媒介を借りずに催眠された乙の心に感応する現象でありまして、既に述べたとおり、この事実はメスメルにつづける催眠術研究者達によりて立派に証明されました。西洋の学者はこの現象を Thought transference. 又は Telepathy. 等と呼び、これに関しての徹底的実験は往年英国の『心霊研究協会』The Society for Psychical Research. の手で行われ、詳細なる報告が同会の会報に載せてります。

 同じくこれを思想伝達能力と申しましても、強弱の程度は>《すこぶるまちまちで、ある能力者は全然別室に隔離されててもよく他人の思想を感識し、又ある能力者にありては思念者と何等かの物質的連絡、例えば紐を持つか手をつなぐかした時に初めて先方の思想を感受することができるのであります。いずれにしてもこの思想伝達現象にありて、実験上その最も顕著なる点は、普通の精神作用とは全く正反対に

 常に肉体の元気に反比例して居ること

であります。例えば理智的にもっとも発達して居ない愚物や小供こどもおいてその能力が特別に発達してたり、又死期に近づいて肉体組織の分解を始めたような人間の思念が、案外強烈なる活動を開始したりするような事実であります。

 普通健康な人間の場合においても、その通常意識は成るべく朦朧もうろうとした方がよろしい。換言すれば、その肉体的活動が弱められた時ほど成績がよろしいのであります。

 以上の事実は何事を吾人に教えますか? 外でもない、それは

 人間の肉体には肉体と全然独立してますます威力を発揮するところの別個のある物が儼として存在する

という真理であります。

 しも思想伝達能力が五感だの、頭脳だのを機関とする所の肉体的活動の附随物であるならば、必然的にその力量は肉体の働きと正比例して増進すべき筈であります。人間の通常意識は常にその規定にしたがい、所謂いわゆる『健全なる精神は健全なる肉体に宿る』の諺通りのことをします。しかるに人間の異常意識は正にこの反対で、それのみにきていえば、『健全なる精神は衰弱せる肉体に宿る』と言うのが正当であります。これは取りも直さず、潜在意識が顕在意識の連続でなく、全然別個の活動法則の下に動いてるからであります。

 前にもいう通り名称などはドーでも構いません。潜在意識と言っても、第二人格と言っても、その本体の正しき観念さえできてるならそれで結構です。が、それが肉体と離れて独自の意識、独自の活動力、独自の個性をっていることが純科学的に立証帰納された今日において、われわれの祖先のすべてが呼び慣れた通り、これを『霊魂ソール』と呼んだところで何も不都合ではありますまい。霊魂という古い言葉を嫌う心理状態は、なつかしい日本をジャパンと呼ばねば気が済まず、優雅な父さま母さまをパパだのママだのに取りかえねば承知のできない、浅墓な心理状態とほぼ共通したところがあります。


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