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第一講 肉体と霊魂

 一 霊魂問題の科学的考察

心霊問題を論ずるものは催眠術の発明者メスメル並にその門下生に感謝することを忘れてはならぬ。――霊魂問題の科学的研究は催眠術の提供せる有力な手がかりから始まる。

 心霊問題を論ずる者が真先まっさきに感謝することを忘れてならないのは催眠術の発明者メスメル並にこれにいで蜂起したところの多数の催眠術者並に催眠心理学者であります。何となれば彼等のお陰で、はしなくも人間にそなわる異常能力がほじくり出され、潜在意識説だの、二重人格説だの、暗示説だのという幾階段を通過して、最後に生きている人間の肉体には厳として霊魂が宿っているという真理を確立する手がかりを造ったからであります。現在において潜在意識説や二重人格説のみにひッかかっているのはもちろん不徹底に過ぎます。何となればそれは最後の目的地に達するめの途中の必要な階梯かいていに過ぎず、それだけでは真の説明にも解決にもならないからです。しかしこの大切な手がかりなしに霊魂の所在地がはたして突きとめられたかドーかは大疑問であろうと存じます。

生きている人間の肉体には霊魂が宿っている。』

 これは心霊研究上何より大切な事柄であります。霊魂の不滅も、永遠の生命も、幽明の交通も、その他心霊学上大小の諸問題も詮ずるところ皆源泉をここに発するので、これを決めずに一歩もきへ進むことは到底きません。で、少し面倒でも、これだけは成るべく精細に、後で一点の疑義を挿むべき余地が生ぜぬ程度に論述して見たいと考えます。

 もちろん人間に霊魂が宿っているということは、新説でも何でもなく、むしふる過ぎて却って困るのであります。『ァーんだ莫迦ばか莫迦ばかしい! そんな事は幼稚な原始民族の迷信ではないか!』うッかりすると一概にそう罵倒されるところがあります。新規を歓ぶのは人間の特性であり、ことに日本人にその癖があります。心霊研究が最も意義重大なる科学たるにもかかわらず、現代の日本人間にあまり人望がない最大原因の一つはあるいんなところに潜んでいるのかも知れません。

 が、それがふるいからという単なる理由で好きだの嫌いだのと言ってはなりません。唯物説なぞというものは十九世紀に大流行を極めた、新らしい説ですが、少し考えてみると随分無理なシロモノです。蠢爾しゅんじたる細胞意識が沢山集まって統一されたる大細胞意識、言わば一の肉的精神と云ったようなものが出来上るというなら首肯しゅこうされますが、その中から鬼神を動かす詩が生れたり、天下を動かす大思想が生れたりするというのはドー考えても無理な話です。泥田の中からすずしい蓮の花が咲き出るのは蓮の根があるからである。浪荒なみあらき海上を数万トンの鉄艦が走るのは動力があるからである。人間の鈍重にして腐敗し易いからだの中から微妙高尚な思想精神が現われるのは、矢張り昔から言われてる通り、その中に霊魂というくしびなものが宿っているからではあるまいか? すくなくともそう考えた方が、判り易くて無理がないようであります。

 人間の言行には兎角とかく表と裏があり、ことに主義とか主張とかを振りまわす時には、得て心にもない嘘を吐きかねぬものであります。で、口には極力唯物主義を唱える学者でも、案外内心では、神を拝んだり霊魂を認めたりしてるものが決して尠少せんしょうではないようです。しかし普通人となると其所そこはなはだ淡白で、直覚や常識で正しいと思われるものは直ちにこれを正しいと認めます。現に日本でも、帝大あたりの立派な学者達が口を酸ッぱくして唯物説を唱えたにも係らず、霊魂や諸神諸仏に対する民間信仰は一分一厘動かされた模様が見えず、あべこべにいかがわしき迷信までも近頃却って擡頭たいとうして来つつあるのではないかと考えられる現状にあります。

 ただし今の世の中で学問として押しも押されもせぬ地歩を樹立しようとするには、単なる直覚論や常識説では到底駄目であります。直覚や常識が、それ等が当然ってるところの機能を正当に主張し得たのは、日本では徳川時代、西洋では十七八世紀迄であります。現代人は正確無比の証拠を並べ、それから帰納的に結論したものでないと断じて承知しません。それが霊魂問題であろうが何であろうが決してその選に漏れない。これだけは別物だなどと言おうものなら、頭から迷信家呼ばわりをされるものと覚悟せねばなりませぬ。で、いかに面倒でも、迂遠うえんでも、一々動きの取れぬ証拠物件、いかなる鈍物にも直ちに首肯しゅこうされるほど露骨でつ不躾な事実を列挙して、これこれの次第であるからこれこれでございと言わなければ駄目であります。このヤリ方を最初主張したのは御承知の通りイギリスのフランシス・ベーコンであります。『いかなる事柄も、これを事実に訴えるより外に正確に知ることはできない。』――彼はその大著ノーヴム・オルガヌムの巻頭にそう喝破してる。ベーコンに言わせると、『古代ギリシア人の知慮ちりょは論争的であり、その学問は観せ物式であり、その歴史と称するものは主に昔噺むかしばなしと伝説との集合体であり、めいめい勝手に学派を築いて議論に勝つことばかり考え、大切な真理追窮ついきゅうの仕事を閑却してた』のであります。う言われてはギリシア人もさッぱり駄目です。が、しかし、これは独り古代のギリシア人に限られた訳ではない。支那人だって、印度人だって、日本人だって、すべての古代人は皆そうした傾向をってたようであります。彼等は美術にはけている。文学にはすぐれている。が、科学的研究というものには不得手である。ここらが恐らく古代文明の弱点で、太古の巨獣と同じく、勢力崩壊の原因はそれ自身の内にそなわっていたのであります。其所そこへ行くと近代文明は主として帰納的科学の上に立脚してりますから、卑俗醜悪ひぞくしゅうあくである代りに案外根強いところがあります。五年にまたがる欧州の大戦禍、五十年の努力を水泡に帰せしめた関東の大震火災などの経過した後を見ても、近代人の腰のねばりの強味が、ある程度推定されます。要するに科学というものは一歩一歩に地面を踏み締めて進むヤリ方で牛の歩みののろのろとした嫌いはありますが、一たん地歩を築きあげたが最後、めったに見苦しい退歩逆行はいたしません。

 霊魂に関する諸問題は、それがお誂え向きの実験実証にかかり難いところから、世界の科学者から一番後廻あとまわしにされ、ベーコン自身でさえもが、神学上の諸問題を科学の領域外のものとしてさじを投げた位であります。その必然の結果として、従来この方面では暗中模索式の懐疑論やら水掛論ばかり、所得顔したりがお横行跋扈おうこうばっこし、容易に帰着するところが見えずに長年月を送ったのでした。

 この状況転換の第一の名誉を担ったものが、前に申し上げた通り催眠術であったということは、催眠術も全く旨い儲役にッつかったものであります。今日われわれが冷静に考えますに、心霊世界の隠微を探るものは別に催眠術に限った訳ではありません。禅でも、鎮魂帰神法でも、ヨーガ法でも、ただしは各方面の行者、修験者、巫女達の修むる霊術でも、その取扱い方次第で相当役に立つのであります。何となれば、此等これらは、形式方法等の上に多少の相違こそあれ、その根本原理――換言すれば一の霊媒(又は神主、口寄せ、被術者等)を通じて幽冥の世界と交通を開くという点においては、ほぼ共通の点を有するからであります。催眠術が独りこの名誉を博したというのは、術そのものの特殊の価値よりも、むしろその発生地が科学的研究の本場、就中なかんずく新説の揺籃地ようらんちたるフランスの都であったからだと推定されます。

 本講述の目的は催眠術発達の歴史、又その方法応用等を探ることでありませんから、それ等にきては一切省略します。恐らく本邦の人士も催眠術にきては多少御承知のことだろうと存じます。例えばアントン・メスメルという伊太利イタリア人が十八世紀の末葉まつよう仏国へ来て所謂いわゆる動物磁気療法と称するものを始め、一種の按手あんしゅ法によりて患者を恍惚状態に導きて痛みを去ったり、疾患を除いたりしたこと、彼が医者仲間の嫉視しっしするところとなり、不名誉な追放処分を受けたにも係らず、その門下生達が奮起してますます研究をつづけ、就中なかんずくプセーグルという者がつい思想伝達テレパシイ現象を実験的に大成するに至ったこと、つづいてエスデールエリオットソンデルーズなどという人達が現われて、メスメリズムの実験をつづけ、驚くべき幾多の心霊現象を発生せしめたこと、英国マンチェスタアの医師ブレエドという人が一八四〇年をもって凝視法を案出し、今日広く用いられている催眠術ヒプノティズムという言葉は、つまりこの人の作成に係ること、リエボールという人が現われて暗示の法則を大成し、催眠術を純科学の領域まで押し進めたこと、他方催眠術が山師連の手にも入り、いかがわしい予言などを言いふらして愚民を惑わすの材料に使われたこと、――此等これらの事柄は今更述べる必要のないほど一般に知れわたった事実と存じます。で、私はこれから直ちに問題の中心点、即ち『催眠術が霊魂問題に対していかなる光明を投げたか』を考察して見たいと思います。


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