今度は統一の形式に
形式には単独式(東洋式)と協同式(西洋式)との二つがあります。
(一) 左右の均勢を保つこと
体格的の故障のある人は、
(二) 関節部を直角に保つこと
日本流に膝を折りて坐する場合には胴と脚部とを九十度に保ち、又椅子の場合には膝の屈折度をも九十度に保つ。この際禁物は下腹部を折ることです。
(三) 左右の四肢の連絡を保つこと
坐る場合には、両手は合掌、足は
(四) 瞑目・噤口・自然の呼吸を行うこと
準備的に深呼吸を行うのはよいが、後は自然の呼吸を行うのです。
形式上の注意はざっとこんなところです。
(一) 自我意識を全然受身に置くこと
つまり意識をして積極的に肉体の上に働かせぬ工夫である。換言すれば自分の肉体と自分の意識とを独立させる工夫であります。それができるに従って、自己以外の存在、例えば守護霊、司配霊等が初めてその肉体を使用し、ここに交霊現象を起すことになります。
(二) 或る一つの目標を睨みつめること
統一実修者が何より困るのは、下らない雑念が間断なく心のフイルムを掠めることであります。
(三) 突発する現象に対して冷静なる批判的態度を執ること
静坐中には通例何等かの現象が起りますが、初心者として警戒を要するのはその際で、恐怖に襲われたり、有頂天になったりすることは禁物です。どこまでも冷静にその現象の意義、性質、内容、価値等を検討し
(一) 意気投合した人物が五人乃至七人集まること(いつも同一顔ぶれのこと。)
(二) その
(三) その
(四) 司会者を除いて、他は成るべく男女同数のこと。
(五) 実験室としては成るべく閑静にして装飾なき小室を選ぶこと。
(六) 実験者は絶対に酒気を帯びず、又成るべく軽き食物を摂り、軽快な気分になって
(七) 現象の起るまでは各自手をつなぐか、又は両手を卓上に載せて
(八) 各自の坐席は毎回同一のこと。
(九) 讃美歌の斉唱を
(十) 照明はランプに布をかけるか又は赤ランプのこと。
(十一)両脚を揃えて床につけ、決して交叉せぬこと。
(十二)中途退席を禁じ、又外来者を禁じ、扉に錠をかけること。
(十三)男女交互に坐ること。
(十四)統一の時間は一時間内外、長くとも二時間を越えぬこと。
(十五)他界の居住者からの指図を厳守すること。(右の指図は霊媒を通じて受取ってもよし、又卓子の叩昔で符徴をきめて受取ってもよい。)
(十六)実験回数十回に及びても何の現象も起らぬ時は、会を中止するか又は会員の入れ代へを行うこと。
(十七)他界の居住者に対して常に相当の敬意と感謝とを払うこと。
(十八)恐怖心又は茶目気分をすて、飽まで真剣な態度を持すること。
(十九)現象に対する批判又研究は閉会後に
(二十)毎回詳細なる記録を作製すること。
ざっとこんな所で形式に関する説明をすませ、最後に一般的心得と言ったものを申上げて今回の口述を終りたいと考えます。
以上申上げたところを御覧の方々はよくお判りと思いますが、兎に角この精神統一という仕事は、単なる坐上の空理空論とは異り、言わば魂と魂との真剣勝負でありますから、従ってこれを修する上に何より肝要なのは
適当なる指導者を見出すこと
であります。本当の事を言ったら、たった一人で精神統一の指導に当り得る人物は地球上に絶無と言ってよいかも知れません。何故かというに、完全に
くれぐれも私は皆様が、その貴重なる魂をいかがはしき宗教的山師連などの手に託されぬことをお願い致します。
糊口の方便とせぬこと
であります。何となれば衣食の方便として、これほど迂遠な、そしてこれほど骨の折れる仕事はめったにないからであります。現代の生活苦はまことに同情に値しますが、しかしたとえ乞食になろうとも、霊媒になって飯を食おうなどとはお考えになられぬが得策です。で、統一志願者は生活の心配のない人か、少くとも他に何とか解決のついた人に限ると思います。
モウ一つ申上げて置きたいことは、
統一修行を不正な慾望又は野心達成のダシに使わぬこと
であります。しばしば申上げた通り各自にはそれぞれの天分があり、天分以外の仕事には絶対に向きません。で、もしもうっかり自分勝手の慾望又は野心の奴隷になろうものなら、きまり切って、碌でもない不良霊、つまり他界のゴロツキ霊の捕虜になり、とりかえしのつかない破目に陥ります。人間のゴロツキなら何とか処理法もありますが、霊界のゴロツキばかりは、それが眼に見えぬシロモノだけに骨の髄までしゃぶられて
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