第六感と精神統一法

(一) 現代と精神統一

 近頃私の手元には、どうした風の吹きまわしか、精神統一に関する質問がさかんに舞い込みます。やれ『統一の修行をしたいと思うが、何か良い参考書はないか?』やれ『統一は指導者なしには危険であるか? し危険だとしたら誰に就いて学べばよいか?』やれ『統一の形式はどうすればよいか?』やれ『統一をやれば第六感的霊能は必ずられるか?』……。一々かぞえたらとても際限がない位です。私もこれには弱り切ってります。で、先日口述した『心霊科学入門』の中にも、ちょっとこれは触れて置きましたが、それがあまりに簡単過ぎたのが却って藪蛇で、その後質問はますます殖える一方であります。

 四苦八苦の末、私はとうとう決心してここに改めて精神統一を主題とした口述を試みることに致しました。『五六十頁もあったら何とか纏まったことが喋れるであろう。もともと精神統一の修行は是非とも実地の指導に待たねばならぬ仕事であるが、しかし実修を始める前に、一と通りこれに関する予備知識を吹き込んで置くことは肝要だ。現代のわれ等の同胞間にはあまりにもこの方面の知識と理解とが普及していないめに、心霊学徒の眼から見れば格別驚くにも、恐れ入るにも当らない、つまらぬ事柄にワイワイ騒ぎ立てる、はなはもって甘い、危ッかしいところがある。できることなら、微力の限りこの欠陥を補って上げたい……。』

 今申上ぐるまでもなく、現時は世界中の大きな悩みの時代で、日本も決して御多分に漏れないのでございます。政治、経済、外交、文芸、軍事、信仰……いずれの方面においても何やら暗雲低迷、大ていの智者にも、さッぱり前途の見透しがつかない。天候までもが近頃すこぶる気まぐれで、お天気博士の如きも、チビ颱風たいふうなどに翻弄され、予報の取消しの、その又取消しをすると言った有様であります。

 うした場合に、昔は『困った時の神頼み』と言う、至って便利な方法もございましたが、現在はそれもできない。神様はこの世に無いものと、多数決で決めてしまってあるのですから、なんぼ何でも、ない筈の神様にお縋りすることは義理にもできない訳で……。

 じょうだんはさて措き、この際日本民族にとりてのるかそるかの緊急焦眉の大問題は、首尾よくこの世界の非常時を乗り切るべき、最も有効な、各般の準備を、るべく早く仕上げる事であります。うまでもなく、立派な準備のできている者が優者の地位を占め、碌な準備のできていない者が落伍者の憂目を見るのは、天地間の通則で、こればかりは古今東西を通じて一分一厘のくるいもないのであります。『日本は神国だから、まさかの時には天佑がある……』人間としての努力をしないで、そんな事を考えていたら、請合って日本は亡びます。

 しからば、その非常時を乗り切るべき、最も有効な準備とはそもそも何か? 問題はその点にかかるのですが、私の観る所によれば、日本民族の有形無形の百般の準備はほぼ成就して世界的水準線に達したと言ってよいが、ただ一つ何より肝要なる、形而上的準備がまるきり不足していると考えられるのであります。外でもない、それは

  第六感的高級能力の欠乏

であります。

 う申したとて、私は決して皆さまが修得された技術や学問の価値を無視する訳でも何でもありません。それ等はわば人間の台所道具たいなもので、月並な日常の問題を処理するにはこの上もなく調法であります。しかしながら技術や学問ではどうにも始末の行けない難問題が後から後から世の中に発生するのも事実で、これを処理するのにはどうあっても、もう少し気のきいた道具が大切であります。それがとりも直さす、私の所謂いわゆる第六感的高級能力で、これは丁度地下水が地上に吹き出るように、人間自身の内部から滾々こんこんとして湧き出て止まない智慧の泉なのであります。外部からくッつけた学問と、内部から自然に湧いて出る第六感とでは、値打が大分違いまして、所謂いわゆる能才と天才との相場附けはそんなところで決まるらしいのであります。能才は何と言っても他力本位で人に使われ、天才は自力本位で、人を使います。で、しも日本国民が、いつまでも精神上の輸入超過国で満足ができず、進んでこの難局を突破して、正に展開されんとする世界の活舞台をリードして行こうというなら、そろそろこの辺で、年来の模倣的、受売的態度をサラリと棄てて、各自自身の内面に向って、奥深く掘下げて行く覚悟がなければなりません。私はそれができるか、できないかによりて、日本の将来はほぼ相場がきまるのではないかと信じます。現在のように日本国中の各方面の人々が、いずれも、おき真暗、しがないその日暮らしをしてるようなことでは、まるで盲目者が行列を作ってマラソン競争にのぞんでいるようなもので、はなはだ寒心にえないと考えます。これは決して私一個の新発明の議論でも何でもない。昔から少し、気のきいた人物は、いずれもこの点に着眼して、時代相応の修養法を講じていたのであります。御参考までに、これからごく大づかみに過去の修養法中の主要なるものに一瞥を与え、つ心霊科学上からの簡単な批判を加えて見ようかと考えます。


『第六感と精神統一法』

目  次

(二) 古来の諸修法
とその長短


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