第六感と精神統一法


(二) 古来の諸修法とその長短

 純日本式の精神統一法としては、ず第一に、かの

  鎮魂帰神法

を挙ぐべきであろうと思います。鎮魂帰神というと、私が先年丹波の綾部にひッ込んでいた時分に、手当り次第に大本信者達をその実験資料に供したので、何やらそれが大本教の一手販売品でもあるように誤解さるるに至りましたが、事実は明治の初年副島種臣伯などがこれを復活し、大本教では単にその受売をしたに過ぎません。元来この鎮魂帰神法は来歴の深いもので、その起源は少くとも日本建国の当初に遡ります。畏れ多くも、神武天皇様はいつも天来の直感によりて大事を御決行遊ばされた御方らしく、これに関する記録は古典の中に随所に発見されるのであります。降りては神功皇后、武内宿彌、和気清麿……いずれも入神状態においのるかそるかの大問題を解決されたらしい。が、後世に及ぶに従いて鎮魂帰神はようやくその本来の面目を失い、わずかに鎮魂祭などという一の儀式にその余喘よぜんをとどめてるに過ぎなくなってしまいました。

 ところで、今日われわれがこの日本古伝の修法を考えて見るに、心から敬服にえない点が少くも二つあるように思います。その一は『鎮魂』と『帰神』とがはっきり区別されてることであります。鎮魂は言わば準備的、静的修法で、これによってず心身の浄化統一を計ったものと見えます。仏教の座禅が大体これに近い。それから帰神というのは、わば実行的、動的修法で、すッかり鎮魂で仕上がった人物をして人間離れのした叡智直覚を発揮せしめたのであります。座禅にはこの後半が大分欠けているようです。

 もう一つわれわれがつくづく感服させられるのは、この修法において、審神者さにわと神主とを対立せしめてある事であります。今日の用語でいえば前者は指導者であり、術者であり、後者に霊媒であり、被術者であります。だんだんう考えて見ると、すべての用意において日本古伝の鎮魂帰神法は、世界の諸修法中にありて断然異彩を放ってるように痛感されます。

 この正規の鎮魂帰神法が衰えた時に、日本で巾をきかせたのは、かの行者山伏等の行った、両部式の修験道であります。人跡未踏の深山幽谷などに入り、断食、 水垢離みずごりその他いろいろの荒行を修むるのですが、どうもわれわれから見ると、その目標があまりに散漫、その方法があまりに肉体本位であって、従って骨折ったほどの効能がなかったかと考えられます。現にそうした連中の中から古来ほとんどただの一人も、水平線上に浮び出ている程の大能力者が現われてりません。中で、あの役小角などはいささか出色の人物でしょうが、しかし今日の心霊眼をもって公平に観察すると、要するに彼もまた単なる奇蹟製造人――る程度の物理的心霊現象専門の霊媒にほかならなかったようであります。近代心霊学界には彼に比して見劣りせぬ能力者が決して少くない。曰くホーム、曰くデーヴンボルト兄弟、曰くエッデイ兄弟、曰くクルスキイ……んな連中になると、平気で空中飛行もやれば、物品の引寄せもやり、炎々と燃ゆるストーブの中に自分の頭部を突き込みもする。う考える時にわれわれは在来の修験道にあまり感心はできないのであります。

 修験道に比べて遙かに遙かに実行性に富み、又深味もあるように考えられるのは、むしろあの戦国時代に異常の発達を遂げた、

  天文、忍術又は兵法等

であったらしい。これ等は徳川三百年の大平の夢の間にほとんど全くその伝統を失ってしまい、記録の上ではどこまでが事実、どこからが法螺なのか、ちょっと見当がとれかねますが、近頃私が霊媒を用いて、いろいろしらべて見ると、よほど面白い事を発見するのであります。どうも天文も忍術も、ただしは兵法も、その極意というのは、つまり精神統一状態において発揮さるる、第六感的の能力を狙ったものらしいのであります。標本として、私はここで、真田幸村と名告る霊が最近霊媒を通じて私に向ってのべた所を少しばかり紹介しましょう。――『自分達の時代には、天文の研究に精神を打ち込んだものであるが、この天文というのは勿論むろん現代の天文学のことではござらぬ。くわしくいえば、これは天文地知の法と称するもので、つまるところ入神状態において天来の霊感に接し、陣地の構成法やら、敵状の偵察やら、要するに戦争の相を察知したものでござる。すべて実戦を前に控えての真剣勝負であるから、われわれは現実から遊離した、無意識の陶酔境などに入って愚図愚図してはられない。どこまでも人間意識をしッかり保存しながら、その癖どこやら人間離れのした、目にもとまらぬ電光石火の心のひらめき――それがわれわれの狙いどころであった。当時の名ある武将はいずれも競ってこの天文を学んだもので、上手下手で、その人の値打がきまると申してもよい位じやった……。自分などは、決してあなた方の所謂いわゆる霊媒という柄ではない……自分は決して神懸りの真似などをした覚えはない……。が、自分の背後に幾人かの無形の指導者が働いていたことは生前からよく承知していた……それ等は時として夢枕に立って姿を見せてくれたものじゃ。』

 これがはたして真田幸村の霊示に相違ないか否かの穿鑿せんさくはしばらく別問題として、何やらそこに一の興味深い示唆が見出されるのであります。お真田は忍術にきてはんなことを漏らしてります。――

『忍術の極意は、一と口にいえば、心になり切る、ことじゃ。一つの目標をにらみつめ、これに全身全霊を打ち込んで仕舞った瞬間に、そこに忽然として、理窟りくつでは分らぬ、不可思議の現象が起る。敵の陣地をさぐる忍びの術、追い来る敵をくらます逃避の術……これは決して迷信ではござらぬ。すぐれた忍術使いの背後にはそれぞれ不思議な幽的存在――天狗などが働いているので、イザという場合に、それ等が手伝って、あなた方の所謂いわゆる紫外線を放散さすとか、空中浮揚現象を起すとか、敵に脳振盪を起さすとか、出所不明の不意の大音響を発生さすとか、つまり術者自身にも不明な、奇妙な仕事ができて来るのじゃ。それには言うまでもなく精神肉体の鍛錬が何より肝要で、彼等は深山幽谷などに入って、隨分つらい修行をしたものじゃ。自分の手元にもすぐれた忍術使いが自然に多く集っていた……。佐助などはその中の尤物ゆうぶつで、斥候その他にかけて、どんなにも自分の手伝いをしてくれたか知れぬ。』

 いつまでこんな話ばかりもしてられませんが、兎に角、当時の人達が真剣味に富んでめに、自然摩訶不思議の異常能力を発揮し、これを実地に活用していたらしいことは確かのようであります。現代においても、そう言った能力が全然地を払って品切れになっている訳でもない。例えば私の敬愛する、ある一人の隠れた剣聖、下條さんなどがその活証文であります。

 下條さんは今年古稀こきに達した老海軍将校で、新宿の十二荘に閑居を構えてられます。頭髪も髭も真白、眼もしょぼしょぼ、どう観ても見かけはただの好々爺こうこうやですがしかしこの人が一たん剣を取りて起ち上るとその瞬間にうただの人間ではない。どんな斯道しどうの達人と謳われる人でも、大てい眼で相手を視るが、これに反して下條さんは腹で相手を視ます。故に前者には打ち込めるが後者には打ち込む隙がない。前者は人技であるが、後者は神技である。丁度ここに私の書いた実見記事があるから、その一部を引用して置きます。――

『さァどこからでも打ち込んで見ろ……。』下條さんは羽織袴をつけたままで、とぼけた恰好をして、無手で道場の一端に歩み出る。相手を承るは、門下の俊秀しゅうしゅんの一青年、木剣を上段に振りかぶって、隙をねらっていたが、『エーッ!』と裂帛れっぱくの一声と共に飛鳥の如く切り込んで来た。アッ危い! あの白髪頭が真二つに割れて、血煙りがさっと立った、思いの外、間一髪――真に間一髪の差をもって、下條さんの老躯が、パッとかわされたと思う間もなく、いつの間にか相手は畳の上に転がっている。何所をどうされたのか、余りに迅くて肉眼には判らない……。

 下條さんは不相変あいかわらずとぼけた姿で微笑しながら『俺の肉眼はうせ何も見えはしないのだ。背後からでも、横からでも、どこからでも勝手に打ち込んで来るが良い……。』そう言ってそっぽを向いている。青年活気の門下生達は口惜がって、あちらからも、こちらからも、同時に打ち込む。が、しょぼしょぼ眼の下條さんの躯には何やら別製の不思議な眼――心眼が附いている。太刀風三寸どころか、五分か一寸の差で、ひらりひらりと、来る太刀も来る太刀もかわしてしまうばかりでなく、必らず相手を倒すか、ひねるかして、致命傷を与えないではかない。

 今度は下條さんが木剣を取って構えの姿勢をとる。相手も同じく木剣を取って構える。やがて機熟して相手が鋭く切り込んで来る。が、カチッと太刀が合った瞬間に、相手の太刀は左か右へ流れ、下條さんの太刀はそのままスーッと相手の頭の真中に臨んでいる。三度五度、幾度くりかえしても同様である。つまり切り込んだが最後、相手はそのまま頭部を真二つに割られているのである。

 下條さんは仕合しあいの都度、いろいろ説明する。『今の打込みは曲っていたから駄目だ。』『今のは太刀先きが二寸ばかり足りなかった。』『切り込む前から切り込むぞという気合を見せていたからけない。』『丹田が空ッぽになっていたから、駄目だ。』――いろいろ講評を下して、『どうだ判ったか。』というのだが、丁度碁の名人の講評と同様、聴く方には判ったようでよく判らないらしい。いずれも首をひねって考え込んでいる……。

 私はうッかり道草を喰い過ぎたらしい。急いで禅について一瞥を加えてこの章を終りましょう。

 私の視るところでは、仏教の修法中にありて断然光っているのは矢張りあの

  座禅

のようであります。雑念妄想を排するめの、あの行届いた工夫、塵一つ残らぬまでに心の鏡を磨き上げようとする、あの惨憺たる苫心、全くお手に入ったものであります。禅の修法が今に至るもすっかり勢力を失わない筈でありましょう。

 が、われわれ心霊学徒としてすッかり禅のやり方に満足していられるかというと、そうばかりとも言われないのであります。第一はその目標があまりに空漠たる事であります。禅家はよく悟りという事を口にしますが、ただそううのみではあまりにも無意味に過ぎます。各自にはそれぞれ特殊の天分があり、それぞれ特殊の守護霊があり、従って各自の悟りの標的はそれぞれ皆ちがうのであります。各自は或は一能の神にはなり得ても断じて万能の神にはなり得ないのであります。この点の指示が不充分である結果、禅の修行はしばしば自己陶酔患者を造ったり、誇大妄想患者を造ったりする事になるようです。要するにそんなものは自己の主観で築いた小天地内の一種の悟りで、実際にはあまり役に立たないのであります。第二はそれがあまりにも自守的、静的な事であります。『空』『絶対』は理想の極致には相違ないが、人間はとても一足飛びにそれに達することができるものでない。現世には現世の生活があり、死後には死後の生活が開け、その間において、われわれはありとあらゆる経験を積みつつ一歩一歩と向上の道を辿るのであります。で、経験という点からいえば成功も無論結構だが、失敗も敢て毛嫌いするにも当らないのであります。単に最高の理想ばかり睨みつめて、あれもけない、これも面白くないと言って、毛嫌いしていた日にはその人の経験は極度に貧弱、その人の天分は極度に未発達のままに残り万有進化の大いなる流れの中から置いてけぼりを喰うことになりましょう。

 だんだんんな風に考えて見ると、禅の修法も矢張り過去の遺物で現代にはもッともッと科学的、もッともッと実用的の修法があってしかるべきだと思われるのであります。

 まだ外にも述べたいと思うことがありますが、紙数に限りあるので、過去の修法につきての批評はこの辺で止め、これからいよいよ心霊科学に立脚せる精神統一法につきて申上ぐることにしましょう。


(一) 現代と精神統一

目  次

(三) 心霊から観たる人間


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