心霊問題の表と裏

シナイデル家の心霊現象

(三)後期のウィリイ

 ここにウィリイが恍惚状態に入る習慣発生後、私の住居で執行した実験の実状を紹介することにします。

 その日の列席者は二人の婦人、霊媒のウィリイ、並に私達夫妻の五人、一方に寝椅子を据え、それに接して三脚の椅子を円状にならびべました。燈火は赤色電燈、私の傍の小卓には蓄音機を置いてあります。ウィリイは寝椅子の左端に坐り、その両手は私の妻に握られました。

 約一分の後にウィリイは、早くも深き恍惚状態に入り、頭部を妻の肩に当ててぐッたりしました。『オルガ、御前は来てるかい?』と私が訊きますと、霊媒の片足がトンと軽く床板を踏んで肯定の旨を知らせる。そこで私が言葉をつづけました。――『オルガ! お前は音楽が大好きだったネ。うかね、一つ姿を現はしてタンゴを踊ってくれる気はないかね?』

 オルガが足で承諾の旨を合図したので、早速蓄音機の準備をしました。いよいよ蓄音機がかかり始めると同時に、一個の朦朧もうろうたる形像が現われて、音楽に合わせて極めて正しく、極めて優美にタンゴを踊り出した! 身の丈は約五フィート位、いかにも繊細きゃしゃな姿で、全身蜘蛛網のような、ヴエールで包まれてる! 舞踊の進行につれて、右の紗が前後に揺れるので、触らぬように私は後ろに反りかえる必要がありました。イヤそれは全く一代の見物みもので、一方にはここを晴れと、しとやかに舞う幻影、他方には昏々と深き眠りに落ちて、妻の腕に抱かるる霊媒……。めったにんな場面は、地上に展開することがありません。やがて音楽がおえると同時に、幻像は稲妻のようにたちまち消えて無くなりました。

 

 この種の実験を数十回試みた上で、私はここに初めて第一夜に起した懸念――自分は一種の催眠術にでもかかって、眼をくらまされてるのではないかという疑惑を、根本的に一掃することができました。こんな疑雲は、とても一度や二度の実験では、徹底的に除き得ません。心霊現象の真実が、今日一部の科学者によりて否定されるのは、たしかにこれが為めだと推定されます。

 が、これにいで起る所の第二の疑問は、更に一層深刻であります。外でもない、それは『一体あれは何を意味するか?』という事であります。換言すれば、あの不思議な手首は何の役目を為し、あの朦朧もうろうたる幻像は何所どこから出て来、すべてがドウいう説明を下せば無理が伴わないか、という問題であります。

 大体において現象の全部は、五つの区劃くかくに分ち得ます。

 第一期は『霊媒が恍惚状態に入る時』であります。外面的には、単に恍惚状態に入るという丈ですが、何故にそうなるかは、科学的には充分に判って居ません。霊媒の自己暗示の結果であるとか、列席者又は周囲の準備、(例えば赤燈をつけるとか、円座を造るとか)の、ある不明の影響でそうなるのだとかいう説明は、一向根拠のないことで、実地家はこれを一笑に附します。霊媒も、列席者も、恍惚状態の発生には、何の重大な関係はなく、単に手を束ねて、その現象の発生を待つというのが実際であります。で、私としては、そんな暗中模索式の仕事は一切してしまい、ある時二人の霊視能力者をして、別々に実況をしらべさせて見たことがあります。

 霊視能力者の主張が正しいか、正しくないかは、私の関知するところではありません。私は唯参考として彼等がんなことをいうかを試験したのであります。ところが彼等は常に正確に、霊媒が恍惚状態に入る時刻、並にその不成功におえる場合を予言することがきました。即ちある『守護霊』が、霊媒の身辺に現われたと報告した瞬間に、霊媒は必ず恍惚状態に入り、之に反して、『守護霊』が現われて来ないという場合には、決して恍惚状態に入らないのです。私はただ右の事実を報告するにとどめ、これにつきてドウ解釈すべきかは、読者の判断に一任するつもりであります。

 第二期は『不活動の時期』であります。即ち霊媒は、すッかり恍惚状態に入って居ながら、何等の現象も起らない時間で、その長さは数分間から、一時間以上にわたることもあります。私にはこれが何を意味するのか、全然貫通し難き不可思議の闇であります。又私の知れる範囲内において、いかなる研究者もこれに対して、何の説明も下してりません。

 第三期は『霊的現象の活動を起す時期』で、物質化せる手首が現われたり、んかします。これが霊魂説の賛否論者の戦闘を交える主要舞台で、うっかり手をつけると、飛んだ痛手を負います。自衛の手段としては、単なる事実の報道だけで控えてるのが、賢明なやり方で、ちょっとでも学説じみたものを唱道すると、反対論者の感情を害することになります。又学説というものは、多少表面的の事実の上に築かるるものでありますから、それを唱道しないからと云って、真の研究上格別の損失にはなりません。

 兎に角この第三期には、霊媒の態度に、大変化を起すのが通例で、その平生の人格が全然消失して、別人格になってしまいます。その際一番顕著なる特色は音声が変ること表現の形式が変ることで、時とすれば、霊媒はほとんど母国語を語ることがきなくなり、少くとも外国人らしい発音をやります。ヴィーンのホルブ博士は、二年間ウィリイを研究し、その理由を発見せんとして、最大の苦心を払いましたが、ある日突然ウィリイが、伊太利イタリア人式のアクセントで、はなはまずいドイツ語を語りました。百方調査して見ると、ある時ウィリイは、フットボール競技会で、二三の伊太利イタリア人に逢ったことがあるそうで、その際右の伊太利イタリア人等は、恐らくまずいドイツ語をしゃべったのだろうというのです。で、同博士の意見では、ウィリイの潜在意識に印象せられた右の記憶が、恍惚状態において、表面に出て来たのであるというのです。

 お注意すべきは、恍惚状態に在る霊媒の顔の表情がすっかり変ることであります。その際私はわざとオルガに呼びかけることを避け、直接ウィリイ自身に、いろいろ注文をして見ましたが、ただの一度もウィリイには通じません。ある時などは、んな注意をオルガから受けました。――

『あなたは自分の前にるのが、ウィリイ・シナイデルだと思えば違います。あなたがウィリイと思っているのは、ただの霊媒で、それを使って、私が――オルガが話しをしてるのです。』

 私はただウィリイのみならず、他の幾多の霊媒を捕えて、彼等の恍惚状態に在る時に、同様の試みをしましたが、ただの一度も、それに成功したことがありません。科学者達は、右の人格転換の現象に対して、よくんな説を唱えます。『霊媒というものは、通常霊魂信者の空気の裡に養成されてり、恍惚状態に在る時は、ある霊魂を代表するものであるという暗示にかかってるのである。』――が、事実はその正反対であります。恍惚状態に在る霊媒が周囲の人に霊魂憑依の事実を教えるのであります。最初ウィリイが霊媒現象を起した際には、家族の人達も、又私自身も、交霊会の規約習慣等に全然無知識で、ただオルガの指図で、ドウやら実験を進めて行ったに過ぎません。これは一切の霊媒、一切の心霊研究者の場合において、ただの一つの例外もありません。上に述べた学説の如きは、全然源因げんいん結果を転倒してるようであります。

 お又恍惚状態に在る霊媒は、ある程度の異常能力を具有してります。即ちある意味において、霊視能力を発揮し(骨牌カルタ札の場合の如き)、又ある程度物質的のものを造ったり、崩壊さしたりします。(例えばかの手首の如き)時とすれば又読心能力をも発揮します。一例を挙げると、ウィリイの弟のルーディ・シナイデルが、恍惚状態に入ってから、『少し後れて汽車で来る人があるから、実験を中止せい。』と言ったことがありました。座に居合はした人々は、その事にきて何も知らなかったのですが、夜行列車の到着後間もなく、一人の来訪客が玄関に来て、臨時立会を請求しました。

 時とすると実験中、人格が幾度も転換することがあります。そんな場合には、通常霊媒の態度表情が変るのみでなく、之に伴なって起るところの現象も変ります。例えばルーディ・シナイデルが、『ミンナ』として現われる時にははなはだおとなしく、物質化せる手首は小形で、出現する幻像の運動は優雅を極めますが、同一霊媒が『アーウィン』として現われる時は、徹頭徹尾乱暴で、壁間にかけてある額を引摺ひきずり降したり、その他いろいろの悪戯を演じます。その際に物質化する手首は、少くともミンナの造る手首の二倍の大きさを有し、そして実験後霊媒の疲労ははなはだ大きい。

 第四期は第二期と同じく、再び『不活動の時期』で、大活動後の疲れを休めると云った模様があり、その時間は一定しません。その際傍に霊視能力者を控えさして置きますと、『守護霊』が去ったという報告に接してから、直ちにこの第四期に入る順序であります。私の実験では、右の報告の間違ったことが、ただの一度もありません。

 第五期は『霊媒の覚醒期』で、その時間は、第三期に起った現象次第で長短を異にします。霊媒は自分自身で覚醒するらしく、他人によりて之に影響を与えることは不可能であります。ただし御承知の通り、術者がありて催眠術を施した場合には、術者の力で覚醒するのを常とします。

 ここで特記すべきは、電光が、恍惚状態を中止せしむる力があることであります。ある時の実験中に、大雷雨が襲来したことがありました。窓は到底電光の通過しないほどの厚地の布で、しッかり遮られてたにもかかわらず、電光のピカピカする毎に、一時的覚醒しました。

 それから、これは弟のルーディ・シナイデルの場合に起ったことでありますが、んな奇現象が起ったことがあります。その時分ルーディは、『空中浮揚』現象を行るのがお得意で、行り方は、いつも二人の介添者がルーディの左右に立ち、二本指でルーディの手を握りますと、やがて霊媒の両脚が空中に浮き上り、二乃至三ヤードの高さで、水平に五秒乃至六十秒間静止するのです。そんな場合には、二人の介添人は腰掛の上に上らないと、霊媒の手に届きません。ところが、ある日そうして浮揚してる最中に、オルガが言いました。『ちょっと私が霊媒を覚醒さして見ます。』するとたちまちルーディの平常ふだんの声で、『オヤオヤ! 僕は今何所どこるんだろう?』と

天井の附近でびッくりして叫びました。私達がその訳をいいきかせると、彼は再び恍惚状態に入り、それから徐ろに元の座席に下降しました。


(二)前期のウィリイ

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(四)附言


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