心霊問題の表と裏

シナイデル家の心霊現象

(二)前期のウィリイ

 この最初の実験後、私は幾百回の実験を重ねましたが、回数を重ぬれば重ねるほど、詐術らしい個所の絶無なことを確信するに至りました。が、この現象の説明となるとさッぱり判らず、私の常識と、活きた事実との間には、長い間惨憺たる格闘がつづきました。『自分が目撃したところは果して事実か? それとも一種の催眠術にでもかかってるのか?』――私の頭脳の中は、その考えで常に占領されてたのです。幸いに霊媒が手近にあり、その家族はいつも快よく私を迎えてくれるので、当時の私は、心霊研究の黄金時代を送りました。シナイデル一家は極度に単純な、無邪気な人達で、ドウいう理由か知れぬが、オルガという精霊が、好意をもって訪問してくれるとのみ考え、ウィリイ自身もオルガ崇拝者の一人で、自分が霊媒であることも知らなければ、まして詐術をもって世間を瞞着まんちゃくしようという考えなどは毛ほどもない。彼等の眼から見れば、交霊会というものは、彼等と霊界との親しき交際に過ぎないのでした。ところがその時代の方が、却って素晴らしい現象が起りました。

 卓布に近く、床上に一提の琵琶を置くと、四本指の小さい手首が卓子テーブルの下から現われて、ピンシャン弾く真似をします。右の手首は赤坊の手首然としてて、すッかり形は整って居ますが、手首から先きの方は稀薄な、やや光輝ある放射線のようのものとなりて、卓布の蔭に消え去ります。オルガは右の手首で、歓んで同席の人達と握手し、又好んで力自慢をします。試みに卓布の前に、大型のブラッシでも置くと、すぐに引っ掴んで、卓布の前後の床の上を元気よく摩ったりする。オルガは又手巾ハンケチで結目をつけるのがお箱で、何枚でも卓子テーブルの下に引き込んで、結んでは投げ、結んでは投げる。それにはドウしても二本の手首が必要でありそうに考えられますが、何人もたッた一本しか見たものがありません。

 オルガは時々ウィリイを使って、サイコグラフで意思を発表します。ある晩同席の女客が、ドウ帽子ボンネツトを飾ったらいいか困っていると申しましたら、オルガから早速帽子、リボン、針その他の必要品を手渡わたせとの註文です。その通りに右の品々を卓布の前に置きますと、オルガは全部卓子テーブルの下に引ッ張り込み、数分の後には、極めて優美に飾りつけた帽子を突き出してくれました。右の婦人はむろん大歓びでそれをかぶりました。

 時とすればサイコグラフが、急にウィリイの手の下から跳び出し、座客の頭の上に載せられることがあります。これはオルガが特にその人に対して敬意を表する合図だそうで、その人がウィリイのすぐ側にろうが、数ヤードの距離にろうが、そんなことは一向お構なしです。いつもその現象は不意打に起り、とても人間業では及びもつかぬ巧妙さであります。

 最初の頃のは、ほとんど実験というよりか、むしろお馴染同志の会合というべき性質のもので、オルガは面白い来賓、又は家族の一員として歓迎され、私どもは穏しくその註文通りの行動を執っていました。電燈を赤色の薄葉紙うすようしで包んだり、室の一隅に小房キァビネットを設けたりしたことも、皆その指図です。右の小房のカーテンは古物のエプロンを二枚繋いで造ったものです。ウィリイが小房に引込むことになったのは、それが出来てからのことです。通信用には依然サイコグラフを用いました。ウィリイは決して恍惚状態に入りませんから、霊言などはきません。時々サイコグラフで『カーテンを開け!』などという命令が出ます。その通り帳を開いて見ると、ウィリイの躯から、いろいろの形態をなせるエクトプラズムが放散してるを常とします。それは丁度蜘蛛網の如きもので、ウィリイの頭にかかり、顔を包み、肩にかぶさり、そして時々刻々形をかえます。帳を開くと一二秒にして消えて痕跡をとどめない。私はある日オルガに招待されて帳内に入り、その実況を研究することを許されたのですが、ず一種燐光性の霧が、ウィリイの頭から放射され、ゆらゆら動揺して、やがて最後に頭巾のように彼の頭上に横たわります。間もなくそれが再び動揺しはじめ、鼻孔から躯の内に退いてしまう。私は約十時の距離から右の実況を目撃しました。

 オルガには又一種の霊視能力と言ったようなものがあります。ある日私は一組の骨牌カルタを携えて行き、何人にも自分の計画を知らせずに、黙ってポケットの内に入れて置きました。その頃のウィリイは、実験中恍惚状態に入ることになっていましたが、やがて機を見て私は卓上に骨牌カルタ札を置いて言いました。――

『オルガ、お前には私の指定する、あるカルタをり出すことができるかね?』

 恍惚状態のウィリイが答えました。――

って見ましょう。電燈を消して真暗闇にしてください。』

 真暗闇にすることは、こちらの思う壺でありますから、早速電燈を捻り、あるカルタを名指して、結果いかにと待ちました。三分――四分――五分、いかに待っても何の音沙汰もないので、とうとう私が言いました。――

『オルガ、一体うしたのか? きないならきないと言ってくれ! いつまでも暗闇の中で待っているのは閉口だ!』

 返答は極めて簡単でした。――

『電燈を点けて!』

 そこで電灯を点けて見ると、骨牌カルタ札はあたかかも手を触れざるものの如く、依然として卓上に置いてありました。これはいよいよ失敗だなと思って、不図ふとウィリイの背後の壁に眼を注ぎますと、其所そこに掛けてある一面の額のガラスとかまちとの間に、私の注文した札が引ッかけてありました!

 実験も一度や二度では、何やらあやふやですが、それが何回となく度重なり、しかも何所どこにも疑惑を挿むべき余地がないとなりますと、研究者に取りてはなはだ始末がよろしい訳です。その点において当時のシナイデル家は、ほとんど理想的で、家族全体が小供の如く無邪気であり、ウィリイの如きは、不意の現象が起った場合に、びっくりして泣き出す位でした。

 が、遺憾いかんながら、いつまでもこの状態が継続するという訳には行かなかった。シナイデル家に幽霊が出現するという風説が起ると共に、一旦は町の人達の笑草になりましたが、やがて次第に各方面の人々の注目の焦点となり、同家に押し寄せるものが引きも切らず、一夜の列席者の数が三十人以上にも達することがまれでなくなりました。その結果は、いつも心霊実験に伴う現象の中止となりて現われ、苦しまぎれにウィリイは、詐術を混えるというような悪い癖を覚えたのであります。ウィリイに対して厳密なる監視の必要が生じたのはそれからであります。

 で、是非ぜひとも正確な実験をしたいと思う時には、私は彼を私の住居にれ来り、信頼すべき人のみの列席を許して実験をしましたが、そんな場合には、以前にまさる良好なる成績が挙げられました。

 ウィリイが偶然にも恍惚状態に入るようになったのは、その時分からのことでした。ある日私がその癖のある一霊媒にきて実験を行ってると、見物してたウィリイが、突然自分も恍惚状態に入ってしまったのが、そもそもの初まりでした。これが彼の霊媒としての一転換期であります。


(一)最初の実験

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(三)後期のウィリイ


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