心霊問題の表と裏

シナイデル家の心霊現象

(一)最初の実験

 私が初めてブラウナウのシナイデル家で、交霊会が開かれつつあるという風評を耳にしたのは、一九一九年の春の初でした。何にしろ私は海軍の畠の人間ですから、勿論むろん心霊問題の深い予備知識などは有って居ない。又霊媒などというものが、さして学問的価値のあるものだとは思ってりませんでした。が、田舎生活のさびしさと、友人達の勧誘とは、とうとう私を動かし、ある日シナイデル家の交霊会に出席して見る気になったのですが、今日になって考えて見ると、この一事は私の生涯の一大転換期として、はなはだ重大な意義のある事柄であったのでした。何となれば単なる人生の浮沈興廃と云ったような、外面的の事件は、人間の心の持ち方を根本的にひっくりかえす、内部生命の革命に比すべくもないからであります。

 私が友人達とシナイデル家を初めて訪問したのは、午後の八時頃でしたが、まるきりの懐疑論者たる私は、一見して実はウンザリしました。古ぼけた家、狭い階段、小っぽけな旧式の室――ドウ見てもまるきり、中世時代を想い出させる。又実際同家の人達の精神状態も、すっかり中世式で、幽霊譚も信ずれば、巫女みこ難有ありがたがるという有様。ただ主人のシナイデル氏が、あまり熱心に歓待してくれるので、やっと腹の虫を抑えつけているに過ぎないのでした。

 交霊実験と云っても、設備は極端にお粗末極まるものでした。室内に置かれてあるのは、普通の小卓一脚、それには白色の卓布が掛って床にそろびく。外には寝椅子が一個、腰掛が数個、電燈が二個。列席者はシナイデル氏夫妻、フォン・ブジュリクリイ氏(捕虜の露国将校)夫妻、ブライスレル教授夫妻、自分達夫妻の六人だけです。霊媒のウィリイ君は、当時はやっと十四歳の健康な少年で、自分に霊媒的能力があるなどとは夢にも自覚せず、極めて天真爛漫であるところが面白い点でした。又当時のウィリイは、恍惚状態に入る訳でも何でもなく、自分でも他の人達と一緒に、興味をもって起って来る現象を見物するのでした。後にウィリイにまさる能力を発揮したルーディなどは、当時やっと八歳の小童で、間もなく寝室に退いてしまいました。

 シナイデル氏の指図で、自分達は図の如く卓子テーブルの周辺に坐り、ウィリイは寝椅子の一端に腰を掛けたが、子供なので足は床に届かず、すこぶくそうにして、その左手を卓上のサイコグラフ(ウイジャ盤に似たる自動書記の道具)に軽く載せました。するとシナイデル氏が、卓上の電燈を消したので、後には室隅の一燈が残るばかり、それは一枚の白紙で包んでありますから、すこぶる薄暗くはあるが、しかし室内の人の顔を明瞭に見分け得る程度でした。

 やがてシナイデル氏が言いました。――

『オルガ、しお前がここに来てるなら、卓布テーブル・クロースを引きあげて見せてくれ!』

 この命令には私はびっくり仰天しました。後で判りましたが、このオルガというのが、この心霊現象を支配してると想像される霊魂の名前なのです。その時私は、ウィリイのすぐ近くに座を占めているので、その両手も、又ブラブラしてる両脚も、ことごとく私の眼に見え、寝椅子の下に何人だれも隠れて居ないこと、(ただし鼠がたか居ないかは保証の限りでありません)その他何所どこにも怪しい仕掛がしてないことは充分に保証ができました。これならず大丈夫、きっと何の現象も起らないに決っていると多寡をくくっていますと、意外にも卓上のサイコグラフが、最初はゆっくりと、後になるほど迅速に動きはじめた。

んなことは当り前だ。』と私は考えました。『ウィリイの手がのっかってるのだもの……。』

 最後に風車のように回転した後で、盤は突然静止しました。

 シナイデル氏が再び質問しました。――

『オルガ!、お前は此所ここへ来てるかい?』

 すると言下に、盤の一脚が二三インチ高まりてトンと鋭く卓子テーブルを打ちました。これは明らかに肯定の答らしく、シナイデル氏は続いて、

『それなら早く卓布を引きあげて見せておくれ!』

 サイコグラフは不動の姿勢をつづけました。他の人達はしきりに卓子テーブルの前面を注視して居ましたが、私は一層警戒の眼をウィリイの上に注ぎました。が、彼は格別何も行らない。右の手は頭を支え、左の手はサイコグラフの上に休み、不相変あいかわらず靴を穿いた両脚をブラブラさせながら、自分でも何が起るかと言った面持をして、卓子テーブルの正面を熟視してる。すると、それまで静止してた卓布が、急に何者かによりて掴まれたように、徐々として卓子テーブルの半分ほどの高さまで持ち上げられて、やがて再び下に降りた。二度目に持ちあげられた時に、私は眼を皿のようにして卓子テーブルの下端をのぞいたが、其所そこには手もなければ、足もなければ、又その他の何物もない。

 私は格別昂奮もせず、又恐れもせず、歓びもせず、すこぶる平静な態度で、片手を卓布の方にさし延べますと、シナイデル氏は、『コレコレオルガ! コーゲルニック大佐と握手をなさい。』と申しました。すると間もなく卓布がまくし上って、極めて小っぽけな手首が現われて,私の手を握りました。

 最初この柔かい手にさわられた瞬間には、おぼえずぞっとして全身に塞さを感じ、少し後方によろめきましたが、勇気を鼓して、モ一度握手を求め、今度は断じて握った手を離すまいと決心しました。オルガは平気でその手を私に握らせましたので、素早くしっかりと握りしめ、卓子テーブルの下から引き出そうとしますと、意外にも握った拳の中は空っぽで、しかもあべこべにピシャリと一つ撲られたのであります。

 私の試みたすッば抜きの計画が美事に破れたので、私も萎げ、霊媒の方でもまた無意識に感情を損ねたものと見え、その晩はそれッきり何の現象も起りませんでした。


シナイデル家の心霊現象

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(二)前期のウィリイ


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