心霊問題の表と裏

マアガリィ霊媒問題

六、マクドゥガル博士の態度

 マクドゥガル博士のマアガリィ問題に対する態度は、否定にあらず又肯定にもあらず、煮え切れないこと夥しい。これがあるいは普通一般の当世学者気質を代表したものかも知れませんが、しそうだとすると、心霊現象に対する学者の立会実験などというものは、はなはだ考えものであります。例のドイル氏は、これにきてんなことを言って居ます。――

『何人も知名の士の立場――有りのままに事実を承認することが、大いに自分の地位を危うする難儀な立場には、同情を禁じ得ない。オリヴア・ロツジやウィルレム・バアレットはザラにはない。同時に何人にも次の疑問が起る。――ドウせ最初から公然と肯定的証明を承認し得ない地位に在るものなら果して斯んな研究に参加する道徳的権能を有って居るかドウかと。

 マクドゥガル博士は実験に関係して以来、ちょいちょい自己の意見を公開してります。の中一九二五年二月十八日『ボストン・トランスクリプト』紙に発表しているのがもっとも詳細を極め、一ばんよくその態度を窺うに適当であります。左にその要点を紹介します。――

『私はサイエンティフィック・アメリカン誌によりて嘱託された審査委員の一人として、過去十六ヶ月間にわたり、多大の時間をこれに費しました。そのうち数ヶ月間は,霊媒の実験に関して、私一人が責任者でありましたから、従って一般公衆に対する私の責務ははなはだ重大であると、少くも私自身は感じてります。で、この問題に対しては、成るべく明確なる意見を造るべく、今月中にモウ二三回実験したいと考えてたのですが、周囲の事情はこれを許さず、止むなくプリンス博士と連名で、懸賞金贈与に反対の意見を公表する事になりました。その理由はまり彼女が幾多の機会を与えられたにも係らず、その現象のいずれもが、充分にわれわれを首肯しゅこうせしむるに足るほど不可思議でなかった、という点に在ります。……が、マアガリィ問題は肯定もできぬと同様に、否定もできません。即ちマアガリィには、不可思議現象が、過去においても、現在においても、又未来においても、決して起きないとは何人にも断定し得ません。その判定は必然的に蓋然性を帯びます。私の実験中にも、現にる現象が起りましたが、その現象の起った手続は、私にも説明はし兼ねます。しかしそれ等の現象は、正確なる観察に、不利益な状況の下に起りましたから、これに対して余りに重きを置きすぎると過信の虞があります。念の為めに申上げて置きますが、諸種の新聞雑誌が誤って報道するように、私自身もまた委員会も、マアガリィが不可思議現象の作製に失敗したと断定した事は絶無であります。彼女は不可思議現象の証明を多量に提供しました……。』

 この抜萃ばっすいを観ても明瞭である通り、マクドゥガル博士は、二個の別々な意見を同時に発表してります。――

 (甲) マアガリィは、何等われわれを首肯しゅこうせしむるに足るほどの、不思議現象の作製に成功しなかった。

 (乙) マアガリィは、不可思議現象の証明を多量に提供した。

 しも作製されたる現象が貧弱なもので、何等人を首肯しゅこうせしむるに足りないものなら、それを不可思議現象の証明と呼ぶのは誤謬ごびゅうである。之に反してしそれが不可思議現象の証明であるなら、すべて不成功であったということは不都合である。頭脳の善い筈の心理学の教授の言として、確かに心霊現象以上の奇蹟と言わねばなりませぬ。マクドゥガル博士の意見の要点が、すでにくの通り矛盾している位ですから、枝葉の点にきて、一々瑕瑾あらを拾ったら際限がありません。優柔不断、曲学阿世、官学の奴隷、臆病な腐儒……。うッかりすると、んなイヤらしい肩書が、同教授の名前にくツつけられねばよいがと心配されます。現に英国の心霊学者のディングウォル氏は、この審査会を一の『茶番狂言』と嘲り、又バアド氏は『自己の科学者としての名声に恋々として、霊媒を犠牲にするを辞せぬ卑怯者の集団』と罵ってります。


五、フージニ氏の態度

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七、結論


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