心霊問題の表と裏
マアガリィ霊媒問題
五、フージニ氏の態度
フージニ氏が初めて実験に出席したのは、一九二四年七月二十三、二十四の両日で、その際に起った沢山の現象は勿論、出席者の言動まで、悉く正確なる記録が保存されて居るのです。そして其記録をば、フージニ氏自身確実であると認めて、立派に記名してあるのです。ところが氏は、何も知らない遠方の人々に向って、右の次第書きは欺物だと公言して憚らないのです。その辺の消息は、コナン・ドイル氏が精査の結果よく承知し居て、ある程度の素破抜きをやったものですから、フージニ氏は怒って名誉毀損の訴訟をやるなどと息捲いているそうです。
フージニ氏の劣悪なる品性につきて、他にも有力なる証拠物件が挙って居ります。八月二十五日は、フージニ氏がいよいよ最後の試験を行るのだと称して出席した日でありますが、その二日前に、例のウォルタアが霊媒に憑って来て、近い内にある詐欺的試験を行るものがあるから、気をつけなければ可けないとの注意を発しました。フージニ氏はその日、一個の巨大なる箱を携帯して来ました。これはその内に霊媒を入れて、八ヶ所に錠をおろし、ただ両側の孔から、霊媒の両腕を、又頂上の孔から霊媒の頭部を出させるような仕掛にしてあります。この箱の装置を検査したものは、フージニ氏ただ一人で、他の四人の委員達は、誰も手さえ触れずに、実験に取りかかったのですが、霊媒がその内に入れられると間もなく、箱の正面の扉は、俄然として或る驚くべき力でブチ開けられ、金属製の堅固な鎹が、グニャグニャに湾曲して了いました。
フージニ氏はこれが霊媒の腕力によって為されたものだと言って居ますが、其場に立会ったプリンス博士も、霊媒自身何等力を加えた模様が見えないと証言して居るのであります。力を加えたか加えぬかは別問題として、フージニ氏は何の必要あって、折角大騒ぎをして担ぎ込んだ特製の箱を、ワザと繊弱なる婦人の力位で破摧し得るように、華奢に造って来たのか、甚だ腑に落ちない次第と言わねばなりません。
それから兎も角も箱を修補して、電気呼鈴の実験に着手したのですが、その際フージニ氏は、自分の右手を以て霊媒の左手を握り、フージニ氏の左手は『サイエンティフィック・アメリカン』誌の持主マン氏によりて握られて居ました。すると俄然ウォルタアの声で、
『早く燈火をつけて箱を査べろ!』
との注意が聞えました。
乃で燈火をつけて査べて見ると、意外意外! 普通の鉛筆に附いている字消しゴムが、呼鈴の肝要部に挿入してあって、呼鈴が嗚らないような仕掛になっていたのです。問題は何人が斯んなイタズラをしたかであります。何人が心霊現象の成否に対して、一番の利害関係を有っているかであります。この惨酷なイタズラは、明らかに霊媒の信用を傷けんが為めに相違ない。しかも突嗟の間に、斯んな巧者なまねをやり得るものは余程手先の敏捷なものでなければ,とても出来ない藝当である。何人が考えても、このイタズラの張本人が、フージニ其人でなければならぬことは、些の疑惑の余地がありません。フージニ氏が一書を刊行して、マアガリィ問題の顛末を報告しているくせに、全然この事実を握りつぶしているに至っては、図々しいと言おうか、恥知らずと言おうか、言語に絶した行動で、イヤハヤ飛んだ審査委員もあればあったものであります。――が、これは独り米国のみではありますまい。日本でも心霊現象の審査となると、此種の下劣な審判者が、そんじょそこらに迂路迂路しているものと、大抵相場を決めてよかりそうであります。
右の呼鈴嗚らしの実験は、カムストック博士の宅で行われたのですが、その翌晩も引きつづいて実験が行われ、そして問題のフージニ氏が、又もや出席したに至りては、カムストック博士の態度に、甚だ感心できぬところがあると同時に、クランドン夫妻も、余りにお人善しの誹を免れません。コナン・ドイル氏などは,口を極めてその不都合を鳴らして居ります。それは兎に角フージニの陋劣なる人格を、一層明確に暴露するには、この晩の実験も、決して無用でなかったようであります。
霊媒はフージニ氏が携帯せる箱に入って、頭部と両腕のみを、箱の外に突き出したのですが、いよいよ扉を鎖めようとする瞬間に、霊媒は一の霊感に打たれたものの如く、一度箱の内部を検査して貰いたいと言い出しました。『いけませんいけません!』と言ったのはフージニ氏でした。『検査をする必要は少しもありません。』
そして氏は夫人を箱の中に入れて八ヶ所の錠を下した上で、右手を延ばして夫人の左腕をずっと奥の方まで索り、とうとう自分の手が、孔を通して箱の内部まで入って了ったのです。何故そんなことをせねばならぬ理由があるかは、毫も明瞭でありませんが、兎に角フージニ氏は、そんな芸当を行ったのです。するとウォルタアの声が突如として聞えました。――
『コラッ! フージニ、お前は何の為めにそんな真似をするのか? このならず者奴がッ! この碌でなし奴がッ! この箱の中には定規が入れてある。ひどい奴だッ! この死に損い……。』
呪いの言葉が尚おつづきました。
するとフージニ氏が叫びました。――
『おお酷い事を言う! 私ァ定規の事などは知りァしない。私がドウしてそんな真似をする筈がありましょう!』
しかし、とも角も燈火をつけて査べることになりました。その時フージニは両手で頭をかかえて、床の上にヘタばっていました。
『ドウも気分が悪るい。頭脳の具合が変でしょうがない……。』
そんな事を言って居るのでした。
が、いよいよ箱を開けて査べて見ると、果して箱の内には、折畳み式の二呎の定規が置かれていました。これが発見せられたから、幸いに霊媒は悪名を免れ得ましたが、若し定規が入れたままで呼鈴が鳴ったとしたら、霊媒はあの定規を使って嗚らしたのである、純然たる詐術である、と難癖を附けるつもりであったでしょう。『あの定規は建具職人が置き忘れたのかも知れない……。』――そんな弁解も出たようですが、フージニ氏の厳密な監視(?)の下に、わざわざ実験用として特製せられた箱の中に、斯んな物品が置き忘れてあろうとは、ドウしても想像されません。『手品師は矢張り手品師……』――そう言われても仕方がなかりそうです。
然るにフージニ氏は、かかる陋劣なる自己の詐術が暴露せるにも係らず、厚顔無恥にも、依然としてクランドン夫人の霊術が詐術であると主張し、書物まで出版して、天下を愚にせんと試みつつあります。――
『余がマアガリィの実験に出席したるは前後五回なるが、余は彼女が頭、肩並に左足等を以て細工しつつある現状を見届けたり。結局彼女は熟慮計画の上にて詐術を行いつつあるものと断定す……。』
平気で斯んな事を書き立てる度胸の善さは、実に驚嘆に値します。しかし世の中は目明一人、盲目千人、斯んな男の書物でも買って読まれるものと見えまして、現に東京の丸善商店にも、彼の著書が麗々しく陳列せられて居るのを認めました。心霊研究の前途の困難は、大抵それで察せらるるではありませんか。日本にもフージニ氏擬いの人物は割合に多く、心霊現象の起る度毎に、詐術呼ばわりをして、飯を食って行こうとして居るようであります。
さすがに他の審査委員達――プリンス博士、カムストック博士、マクドゥガル博士、並にバアド氏等――が悉く声を揃えて、フージニ氏の讒謗的断定を否認したのは、当然の事ながら、誠に慶賀すべき事柄でありました。人気と世評とに捕えられ勝ちの米国にも、幾分正義の種子は残っているものと見えます。
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