心霊問題の表と裏

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マアガリィ霊媒問題

二、クランドン夫人の応募

 ところで、右の懸賞募集に応じて申込みをしたのは、所謂いわゆるマアガリィ事、クランドン夫人であります。クランドン夫人は所謂いわゆる職業霊媒ではなく、その良人クランドン博士は、ボストン市で、立派な地位にある有名な医師ですが、コナン・ドイル氏の周旋により、奮って実験に応じたのです。勿論むろん懸賞金などに目がくれての仕事でなく、しも試験の結果、右の金額を贈られたら、直ちに全部を心霊研究事業に寄附する旨を、最初から宣言した上で着手したのでした。

 実験は一九二三年の十一月頃から開始されましたが、ドイル氏が懸念したように、ドウモ五人の審査官中に、大変な不統一、不調和があったようです。

『フージニは、カアリングトン博士や、バアド君を信用せず、両君は又フージニを信用しない……。』

 そうドイル氏は書いてります。同時にマクドゥガル博士と、プリンス博士との間にも、充分意思の疏通そつうができて居なかったようです。徹頭徹尾立派であったのは、却ってクランドン夫妻の態度であったらしく見えます。委員達のボストン通いの汽車賃を、一部分負担してやったり、ボストン滞在中には、始終饗応をしてやったり、金銭問題に関して、大へんきれいであったばかりでなく、飽までもじつと辛抱して、委員達の喧嘩を聴いてり、委員の一人フージニから、紳士にあるまじき暴言を吐かれても、依然実験の継続に応じました。これでは試験委員が試験するのやら、試験されてるのやら判らない位でした。例のドイル氏などは、これにきてう述べてります。――

『私の意見では、クランドン夫妻は、あまりに徳義的であり過ぎた。フージニが詐術の一語を吐いた瞬間に、委員会は彼を除名するか、さなくば自身達が出席を謝絶すべきかであった。』

 ところでクランドン夫人の霊媒的能力ですが、最初は西洋でよく見受ける、例の卓子テーブル現象から始まったようで、数人の知己友人達が列席して試みつつあったのでした。無論この種の心霊現象の奥には、必ず憑依霊が控えていることは、今日の心霊学者の認むる所でありますが、同夫人の場合にもそれがありました。(憑依霊と申しますのは、普通は死者の霊魂で、幽界アストラル・プレーン又は霊界スピリット・プレーンから出現し、霊媒の肉体を機関として、種々いろいろの心霊現象を起させるものと考えられます。欧米の心霊学者はこれをコントロールと称してります。)最初は夫人の背後に控えている憑依霊が、四十人もあったらしいですが、やがて夫人の亡兄のウォルタアの霊魂だけが、彼女の肉体を支配するようになりました。私どもはそんな憑依霊を、便宜の為めに支配霊と呼んでりますが、ドウも心霊実験の上から考察すると、それの存在を否認することはきないようです。何か為めにするところある学者だの、又心霊現象の実験的知識に乏しい人だのは、憑依霊の存在を極力否認すべく、いろいろの説を吐きますが、それはその人達の勝手の遊戯で、砂に描いた文字と同様、やがて学問的には消滅してしまうでしょう。

 ウォルタアの霊魂と称するものは、それが果してウォルタアの霊魂に相違ないか、ドウかは別問題として、兎に角男性的の高い声で喋る霊魂で、時とすれば、霊媒の身辺から、何尺か離れた場所で言葉を発し、試みに霊媒の口に、水を一ぱいふくませても、依然として発声をつづけるのです。最初このウォルタアは、しきりに霊界通信などを試みて居ましたが、後には物理的心霊現象を造るのが、自分の任務であると宣言し、そして断乎としてその目標に突進したのであります。バアド氏の伝言によれば、三十種類にも達する、いろいろの現象が起ったようです。左にそのうちの顕著なるものを紹介することにしましょう。


一、心霊現象に対する懸賞

目  次

三、夫人に起れる
重もなる現象


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