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『死者に交わる三十年』

憑依霊と多数人格現象

二、理窟ッぽい憑依霊

 ウィックランド博士が取扱った患者の中に、バートン夫人というのがあります。この人は霊的聴覚を有する病人で、自分に憑依している亡霊達と、間断なく喧嘩をするのです。私自身の実験した中にも、その種のものが数名ありました所から察すれば、精神病患者中には、案外これが多いのかも知れません。憑依して居る亡霊があるのに、これを無視して、全部を幻錯覚の所為せいとのみ曲解する所に、現代精神病医学の大欠陥が伏在して居るやに思考されます。他人の生命を預かる重大な職分をつ方々の、真剣な反省を切望せぬ訳にはまいりません。

 バートン夫人の数ある憑依霊の中から、すこぶる判りの悪い、あくまで屁理窟をならべる女の亡霊をえらみ、ウ博士との問答を左に紹介します。

 患 者 ―― バートン夫人。

 亡 霊 ―― カーリー・ハンティングトン。

 霊 媒 ―― ウィックランド夫人。

 審査人 ―― ウィックランド博士。

博士。 あなたは何誰どなたです?

亡霊。 なぜそんなことを知りたいのです?

博士。 当り前じゃないですか。あなたとは今日初めてお目にかかるのです。初めての外来者があった時に、その名前を知りたく思うのは、あなただッて同一おなじでしょう。

亡霊。 だッてわたしは、自分から求めて、んな所へ訪ねて来たのじゃないですよ。誰かが無理に人のことをここへ押し込んだのですよ。罪人じゃあるまいし、ほんとに人を莫迦ばかにして居るわ……。

博士。 それはお気の毒さまです。――が、そんな目に逢わされるについては、何か其所そこしかるべき理由があるのではないですか?

亡霊。 理由なんかあるもんですか! わたしはしゃくに触ってしょうがありャしない。あっちへ突ッつきとばされ、こっちへ引ッ張りまわされ、年がら年中死ぬ苦しみの為続しつづけですワ。

博士。 一たいあなたは、死んでから何年におなりです?

亡霊。 かないことを仰ッしゃるのね、あなたは……。わたしャ死んではいませんよ。わたしャの通りピンピンして生きていますよ。却ってだんだん若くなる位で……。

博士。 でも、時々変な気分はしませんか? 何やら自分の躯が、自分のものでないような場合がないですか?

亡霊。 そりゃアあります。んぼわたしだッて、自分の好きな場所へ、勝手に行きたいのは山々ですのに、何やらそれがきないのです。誰かが人のことをつかまえて、妙な所へ押し込め、其所そこ雷火かみなり見たいナものをッかけるのです。その時のいやな気持ッたらありャしません。今にも気絶しそうになります。モーモーんな目に逢わされるのは懲々こりごりだ……。

博士。 それなら早く退けばいでしょう。あなたはあなたで一本立ちになるに限る。

亡霊。 わたしは何時も一本立ちにしているのに、あの女(患者を指す)の方から干渉するのです。無闇にわたしの事をい出そうとするのです。何故なぜあの女は、あんなに威張るのでしょう? わたしだッて対等の権利があるワ。

博士。 あなたの方で、先方むこうの権利を侵害して居るのでしょう。

亡霊。 そんな事があるもんですか! あれはわたしの躯で、あの女の躯ではありません。わたしは何故なぜ干渉を受けるのか、更にその理由が判らないのです。

博士。 先方ではあなたの利己主義なところに閉口して居るのでしょう。

亡霊。 はばかりさま! なんぼわたしが莫迦ばかでも、自分の正当な権利を主張する位のことは知っていますよ。

博士。 困りますネあなたにも……。あなたは知らぬ間に、自分の躯からけ出してしまった幽霊で、現在一人の婦人の躯にりついているのです。幽霊は幽霊の世界へ行くのが本当で、んなところでブラブラうろついていては困ります。

亡霊。 うろついているのですッて……。人のことを野良いぬんかと思っているのネこの人は……。

博士。 そんな訳の判らないことをいうから、『雷火かみなり』をかけてやらなければならないのです。(電気療法の事)

亡霊。 すこし位なら雷火かみなりも構わないが、近頃のようでは、とてもヤリ切れはしない。ノべツ幕なしにガラガラピシン!

博士。 お望みならば、早速あいつをかけて上げましょうか?

亡霊。 れがあんなものを! んな工夫でもして、二度と再び雷火かみなりなどに打たれないようにするからいい……。

バートン夫人。 (日頃自分を苦しめる憑依霊であることを認め)わたしはネ、お前さんには困り抜いているのですよ。兎も角も名前をお名告なのりなさいよ。

亡霊。 名前ですッて?

バートン夫人。 当り前さ。まさか名無しじゃあるまい。

亡霊。 わたしの名はカーリー……。

バートン夫人。 カーリー何んというの?

亡霊。 カーリー・ハンティングトン。

バートン夫人。 何所の者なの?

亡霊。 テキサス州のサン・アントーニオ。

バートン夫人。 お前さんは、余ッぽど以前からわたしの躯にくッついているのネ。

亡霊。 お前さんこそ、わたしにくッついているのだワ。何故なぜそうわたしの邪魔をするのか、はッきり理由を仰ッしゃい! 妙な人もあればあるものネ……。

バートン夫人。 (躍起となり)お前さんこそ妙な幽霊だワ! 一体お前さんの住んでいた街はんて言うの?

亡霊。 いろいろの街に住んで居たわ……。

博士。 (会話を引取りて)あなたは自分の肉体を失ったことに気がつかないですか? 病気に罹った記憶があるでしょうが……。

亡霊。 わたしが最後に記憶しているのはエル・パアソーに住んでいたことです。その後のことは、ッとも覚えていません。其所そこへ行った記憶があって、其所そこから退いた記憶がないから、今でも多分其所そこに居るのでしょう。兎に角彼所あそこで重い病気にかかりました……。

博士。 多分その時死んだのでしょう。

亡霊。 エル・パアソーからきの事は、何所へドウ行ったかさっぱり知りません。んでも何所かへ出掛けることは出掛けた……。たしか汽車に乗ったらしいのですが、誰もわたしを相手にするものがないので、仕方がないから、其所そこに居るお婆さん(バートン夫人の事)に附いて行った……。

バートン夫人。 その時だネ、お前さんが大きな声で歌を唄って、わたしを困らせたのは……。

亡霊。 だッて歌でも唄わなければ、人が何を言っても返事もしてくれないンだもの……。お前さんはわたしの言うことをきかないで、汽車に乗って、だんだんきへ行ってしまったじゃないか。わたしはそれがめに、自分の住居や朋達ともだちから離れ、どんなに迷惑したか知れヤしません。そうでしょう!

バートン夫人。 そうでしょうがきいて呆れる……。幽霊のくせに、一人前のことを言っているからたまりャしない。

博士。 (再び会話を引きとり)これこれカーリーさん、あなたはモちっと、自分の境遇を理解せんとけませんナ。あなたはよほど念入りに、ものの道理の判らない幽霊で、むろん躯などはとうに亡くなっている。多分大病にかかると同時に早速死んだのでしょう。

亡霊。 でも幽霊に談話ができますかい。冗談じゃない……。

博士。 幽霊でも、やり様によっては談話ができんことはない……。

亡霊。 そんな莫迦ばかなことがありますかい! 死ねば躯がそこへ転がっているじゃないか……。

博士。 躯はそこへ転がります。しかし霊魂は死ぬものではない。

亡霊。 霊魂は神様の御許へ戻ります。

博士。 じゃ神様は何所に居られますナ?

亡霊。 天国……。

博士。 天国というと、そりャ何所にありますナ?

亡霊。 イエス様の所です。イエス様を捜して行けば行けるでしょう。

博士。 バイブルに、神は愛なりとあるじゃありませんか? そうすると神様の所在地は、むしろ人間の胸の内部にあるのじゃないでしょうか。

亡霊。 知りませんよ、そんな面倒くさい事は……。とに角あの雷火かみなりが、地獄の苦しみを与える丈は確かです。あんなものはッとも利益ためになりャしない。わたしは大嫌いだ!

博士。 大嫌いならバートン夫人の躯からお退きなさい。

亡霊。 あのお婆さんがバートン夫人というのですネ。今までは何がんだかよく判らなかったが、不思義にあのお婆さんの姿が、よく見え出して来ました。あれなら本当の人間に相違ない。

博士。 あなたは現在私の妻の躯にかかっているから、そのお蔭で先方がよく見えるのです。しかしこの躯は一時の借物だから、そのつもりでいてください。モウ直に取りあげます。

亡霊。 阿呆らしい! あなたはモちっと訳の判った人間かと思っていた。そんな莫迦ばかなことができますかい!

博士。 莫迦ばかなことじゃありませんよ。その手を御覧なさい。それが御自分の手ですかナ?

亡霊。 わたしの手のようではありませんネ。――しかし近頃はいろいろなことばかり起っているから、何が何だか判りャしない……。

バートン夫人。 コレコレカーリー、お前さんは何歳にお成りかい?

亡霊。 失礼な! 婦人というものは齢を名告なのるものではありません。

博士。 就中なかんずく未婚の年増は、齢を名告なのりたがらない……。

亡霊。 お生憎さま! わたしはこれでも一度良人をちましたよ。

博士。 良人の名前は?

亡霊。 そいつばかりは言われません。わたしの大嫌いな男で、あんなものの名前は、死ぬまで言いたくないです。わたしは何所までも、カーリー・ハンティングトンで通します。

博士。 名前などはドウでもよいが、あなたは早く霊界へお出でなさい!

亡霊。 又そんな詰らないことをお仰しゃる! わたしャ立派な人間で、これまでこのお婆さんと同居して居たんですよ。――それはそうと、この人にるい一つの癖があって、それには弱りますワ。お婆さんのくせに余ンまり大食過ぎるのです。ムシャムシャ物を食べて、健康になられると、わたしの力量が負けて来て、始末がわるいのです。(バートン夫人に向い)ネーお前さん、これから大食だけはつつしみなさいよ。わたしがあれを食べるナ、これを飲んではならないと、いろいろ言いきかせるのに、っともそれが判らないのだから、お前さんにもつくづく呆れますよ。

バートン夫人。 そんな下らない事を愚図愚図ぐずぐず喋っていると、雷火かみなりさんを落してやるよ。冗談じゃない……。

博士。 雷火かみなりさんは次の室に備えてあります。お望みなら少々かけますかナ。

亡霊。 沢山沢山! 折角ですが、わたしならモウ要りません。

博士。 おとなしく此方こちらのいうことをききさえすれば、あんなものをかけはしません。ただあなたがいかにも没分暁わからずやで、他人の躯を借りているくせに、さも一人前の人間らしい事を言っているから、始末がけないのです。現在あなたが使っているのは、私の妻の躯ですよ。

亡霊。 お気の毒さま! わたしは今日初めてあなたにお目にかかるのです。あなたの妻と呼ばれる義理は、何所にもありません。いやなことです。

博士。 私の方でも、あなたを妻にする気は少しもないのです。

亡霊。 私の方でも真平まっぴらです。

博士。 いては一時も早く、私の妻の躯から退いてもらいたいのです。いつまでもあなたに妻の躯を貸して置く訳にはまいりません。あなたは躯の亡くなった幽霊ですから、何卒どうぞそのおつもりで……。

亡霊。 人を莫迦ばかにするにも程があるワ! わたしャ生れてから、まだ一度もそんな囈語たわごとをきいたためしがない。

博士。 お前さんも随分理解のわるい幽霊ですネ。

亡霊。 っちが理解がわるいのか知れヤしない。わたしャわたしの好きなことをする。あなた方の厄介にはなりませんよ。

博士。 ドウも行儀のるい幽霊もあればあったものだ。もッと穏しくしないと、隣りの治療室へ連れて行って雷火かみなりをかけますぞ!

亡霊。 雷火かみなりは御免だ!

博士。 それなら心を入れかえなさいよ。お前さんは、最早自分の肉体が亡くなって居るのだから、早くその事を自覚せんとけません。私達はお前さんを気の毒と思うから、救って上げようとして居るのです。

亡霊。 大きなお世話です。あなた方から救って貰うほど、盲碌もうろくはしていませんよ。

博士。 ンまり判らないことを言うと、私を御守護くださる優秀な霊魂達に引渡して、霊界の牢獄に放り込んでしまいますぞ。

亡霊。 フン! そんなおどかし文句なんかで、ビクビクするわたしではありませんよ。わたしは何もわるい事をした覚えはないですよ。あなたこそ雷火かみなりなんかをかけて、人を虐めるひどい人です。わたしとあのお婆さんとは仲よしです。(バートン夫人に向い)そうでしょう。わたしが一度だッて、お前さんを苦しめたことはありませんネ?

バートン夫人。 何を言ってる! 今朝も人のことを朝の三時から呼び起したくせに!

亡霊。 お前さんは朝寝坊なんかしなくてもいいんですよ。

バートン夫人。 私の眠る、眠らないはお前さんなんかの知ったことじゃないよ。図々ずうずうしい幽霊だこと!

亡霊。 アラ! 怒ってるの……。お前さんはよっぽど寝坊な性質ネ……。

博士。 これこれカーリー、お前さんは平気で人の邪魔をするからけないのです。心を入れかえて、殊勝しゅしょうらしく人にすくいを求める気になれば、私達の方でも、適当な方法を講じてあげるのだが……。私の妻は数十年来、お前のような亡霊達に躯を貸して、できる丈それ等を救済することに努力して居るのです。

亡霊。 (皮肉に)御親切さまですこと!

博士。 ドウもお前さんにも困ったものだ! いよいよ悔悛かいしゅんの色を見せないなら、気の毒でも霊界の方々の御厄介を願うより外に途がない。

亡霊。 (ある幻影を見て、急に畏縮しながら)アレーッ! そればッかりは御免……。

博士。 御免でも御免でなくてもモウ駄目だ。

亡霊。 ウァーッ!

 (右の亡霊はあまりに頑冥不霊がんめいふれい、とても説諭では悔悟させる望がないので、霊界の高級霊の手に引き取られて、処分されることになったのです。)


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