心霊図書館 >> 心霊文庫第17篇 >>  憑依霊と多数人格現象

『死者に交わる三十年』

憑依霊と多数人格現象

一、暗示説其他そのほかを包容する霊魂説

 潜在意識説、暗示説、人格分裂説――此等これらは唯物主義の心理学者が、霊魂論を打破する気組で、気張って提唱した所の学説であります。火のない所に煙は立たないの道理で、此等これらの学説が、部分的真理を包蔵して居ることは疑うの余地がありませんが、部分的真理は、総体的真理ではありません。『人間は醜悪である。ハラワタがあったり、肛門があったりするから……。』この言葉に、部分的の真理があるとしたところで、それが決して統体としての人間を醜悪化するものとは思われません。潜在意識説や、暗示説は、いくらそれが成立したところで、霊魂の存続、死後の世界の存在、又憑霊現象の事実を、一分一厘揺がすことはできませぬ。心霊科学は、人生統体の真理をきわむる所の広い学問で、此等これらの部分的の主張や主義で、いかんともすることはきませぬ。潜在意識は、ある程度働くものである。暗示はなかなか有力なものである。人格分裂は不健全な頭脳の所有者に見受けらるる、悲しむべき現象である。――しかし依然として人間には霊魂があり、その霊魂は死後までも残り、そしていろいろの心霊現象を生むことに何の変りはない。

 心霊科学は潜在意識説や、暗示説や、人格分裂説の対手ではない。それ等のものを楽に包容して、綽々しゃくしゃくとして余裕あるのである。

 すべてのものは、その分に応じたことをせねばなりません。潜在意識説や、暗示説には、その為すべき職分があります。警察官や、普通教育者や、開業医や、民衆政治家やの用具となって、迷信打破を叫んだり、坊やは善い児を言いきかせたり、我党万歳を唱えたりするには、この上もなく調法な武器であります。われわれは此等これらの武器が極度に善用さるる事を、ひたすら渇望するものであります。が、彼等がそのらち#柵の意味を越えて、分不相当の真似をする時に、黙過する訳にまいりません。現に暗示説をへタに呑みこんで、治るべき患者を見す見す殺したり、潜在意識説をワルく勘違いして、真信仰の破壊を試みたりするものが現われています。いわんやこの種の部分的真理を振りかざして、統体的の心霊科学に反抗せんと企てるに至りては、その分を知らざるもはなはだしいとわねばなりません。

 ウィックランド博士夫妻が、三十年間のたゆみなき実験中には、霊魂の存続、並に憑霊事実の正確なることを証明する実例が無数にあります。憑霊が変るにつれて、夫人にはいろいろの現象が起って来ます。彼女は二ヶ国の国語(英語とスウェ ーデン語)しか知らないのに、一回の実験中に、六ヶ国の国語を流暢に喋ったことがあり、又その表情が、憑霊次第で千変万化し、そしてその各々が、生前のその人そッくりである場合が、何回となくつきとめられました。そんな場合には暗示説だの、潜在意識説だの、人格分裂説だのは木葉こっぱ微塵みじんに砕けます。それはその筈です。部分的の真理が、統体的の真理の前に影を薄くするのは、恰度ちようど日光の前で提灯の光がボンヤリするが如きものであります。

 ある時ウ氏夫妻は、M夫人の家に招かれました。夫人は教養ある人で、優れたる音楽家なのですが、あまり各方面からの招待がはげし過ぎたので、神経衰弱にかかり、狂的妄語を濫発らんぱつすること六週間に及び、かかりつけの医師の手に如何いかんともし難く、昼夜を分たず看護婦がつききりにしているのでした。

 博士夫妻が行った時には、彼女は寝台に坐っていましたが、ある瞬間には棄てられた小児のように泣き、そうかと思えば恐怖の色を浮べて、『マティラ! マティラ!』と呼びます。やがて又唐突だしぬけにもがき争い、英語と西班牙スペイン語をチャンポンに怒鳴りつづけます。(西班牙スペイン語は夫人の知らない言葉なのです。)

 ウィックランド博士夫人はそれを見て、これは憑霊現象に相違ないと直ちに診定しましたが、幾許いくばくもなくその診定は裏書されました。夫人が肩掛を手にして、正に暇乞いとまごいをせんとする瞬間に、突然恍惚状態に陥ってしまったのです。そこで夫人を音楽室の書台の上にかき載せると、夫人は患者の躯から離れた、いろいろの憑霊を引き受け、かわるがわる二時間にわたってしゃべりつづけました。

 最初に現われた憑霊の数は、すべてで三個、即ちメーリという少女と、その恋人のアメリカ人と、その競争者のマティラというメキシコ人なのです。二人の若者は猛烈にメーリを愛し、従ってお互同志は、極端に憎み合いました。かくて嫉妬のあまり、一方の男が少女を殺害すると、つづいて二人の若者の間に大喧嘩が始まり、とうとう二人とも死んでしまったのです。

 困ったことには、三人とも自分が死んだことを自覚せず、肉体がとうに亡びたくせに、依然として生前の恋と、にくしみと、嫉妬とをつづけているのです。んな連中に躯を占領された患者こそいい迷惑で、彼女の霊衣オーラの内部は、一の修羅場と化してしまいました。無論神経がしっかりして居れば、通例んな亡霊に対する抵抗力があるのですが、神経過労の悲しさに、飛んでもない憂目を見ることになったのであります。

 ウィックランド博士から懇々こんこんさとされたので、三人の亡霊は、つと肉体のくなったことを自覚し、患者の肉体から離れましたが、そのうち患者は寝台から起き上り、静かに室内を散歩しながら、驚いた看護婦に向って、六週間目に初めて正気な言葉をききました。

んだかわたしはねむくてしょうがない。今夜から安眠させてもらいます……。』

 そう言って患者は、おとなしく寝台に戻って、すやすやと翌朝まで安眠をつづけたのであります。

 翌日彼女は看護婦に伴われて、ウィックランド博士の許に入院しました。そこで博士は看護婦を帰し、服薬を止めさせ、ただ電気療法だけを一回試みて、食事なども他の患者と共に、食堂で摂らせましたが、むろん異状はありませんでした。

 翌日更にモ一つの憑霊を、霊衣オーラの中から抽き出しました。それはサンフランシスコの大地震で死んだ小娘で、『暗い暗い』と言って泣きつづけました。むろんそんなのは百方慰撫を加えた上で、更に霊界の共同者に引渡して、保護をくわえてやることにしました。いかに霊界の優秀な共同者でも、感受性の多い人間の霊衣オーラ中に絡みついている霊魂を、単独でいかんともすることがきません。是非とも憑霊の性質をのみ込んでいる人間の、がわから手伝ってあげる必要があります。その取扱方は必ずしもウィックランド博士の実行しつつあるヤリ方――電気をかけて駆除した憑霊を、霊媒の躯に移して説諭せつゆする方法――のみに限るものとは考えられません。現に本邦の行者中にも、ある特殊の有効な処置を講ずる者もあります。いずれが一番優秀な方法であるかは、現在において断定の限りでありませんが、ただいずれの方法にしても、霊界の共同者の力を借りずに、徹底的の仕事はきないことを私は断言するものであります。其所そこに不透明な霊術――単なる暗示等に捕えられて居る、似而非えせ精神療法の致命的欠陥が伏在します。

 悪性の憑霊が駆除さるれば、病気の根本は、それで除かれますが、むろん神経系統に加えられたる大傷害の後には、ほどの安静と看護とが必要です。M夫人の場合にも、すッかり回復して、家庭の日常生活に戻ったのは、それから二三ヶ月後のことだったといいます。

 ここにモ一つ、ウィックランド博士の実験録中から、興味あるものを選出して、梗概こうがいを述べることにします。それは一九〇六年十一月十五日、シカゴでの出来事で、ウィックランド夫人は妙な亡霊につかまって、恍惚状態になって床上に倒れました。

 ようやくのことで、右の亡霊を引張り出して訊問を試みますと、何やら非常に苦しみながら、繰り返し繰り返しんなことを言いました。――

『何故わたしは、もッと多量の石炭酸を飲まなかったかしら……。わたしは早く死にたい。モウ生きているのはいやいやだ!』

 そして力なき声で、あたりの暗いことをかこち、いくらその真正面から電気灯の光りを注いでやっても、矢張り暗い暗いと言いつづけました。又時々低い声で『せがれはドウしたかしら……。』などとも囁くのです。

 更に言葉をつくして、詳しい説明を求めると、彼女の名前はメーリ・ローズと呼び、南グリーンストリートの二〇二番地に住んで居たというのです。勿論むろんその場に立合った人達には、グリーン街が何所にあるのか、さっぱり見当さえも取れないのでした。

 最初彼女は、時間の事は少しも想い出せませんでしたが、『今日は一九〇六年十一月十五日か?』と訊かれると、『いいえ、それよりも少し前です。』と答えました。兎に角現世このよの生活は、彼女に取りて不愉快な仕事でたまらなかったらしく、日頃慢性の腹膜炎に悩まされつづけ、最後に毒薬を飲んで自殺の決心をしたのでした。

 彼女は他の亡霊の多くと同じく、最初はドウしても、肉体的生命の破壊に成功したことを自覚し得ないのでした。肉体の死はつまり自我の滅亡――この広く現代人に行渡れる、しかし根本的に全然一の迷信に過ぎない、心の闇に深くとざされて居たのでした。

 ウィックランド博士は例によりて、諄々じゅんじゅんとしてその迷妄である所以ゆえんを詳しく説明し、人生の真の目的の何であるかを懇々こんこん言いきかせました。とうとう彼女の心眼が、初めて豁然かつぜんとして開けると同時に、悔悟の念が油然ゆうぜんとして湧き出でて、心から神に祈祷をささげる事になりました。

 するとたちまちにして、それまでの無明の闇が破れ、おぼろげながらも、霊界から彼女を導くべく接近せる祖母の霊姿が、その眼に映じました。

 彼女の霊魂は、くして救いの綱にかかったのでありますが、その後霊魂の自白した所番地をしらべて見ると、全くそれに相違なく、彼女の一人息子が、現に右の家屋に住んで居り、彼女はクック州立病院で、一週間以前に死亡したことが判明しました。

 更に右の病院へ行って調査すると、一層確実なことが判明しました。病院の患者名簿には、う記帳されて居ました。

『シカゴ市クック州立病院 ―― メーリ・ローズ。 ―― 一九〇六年十一月七日入院―― 一九〇六年十一月八日死亡。 ―― 病名石炭酸中毒。 ―― 番号三四一一〇六番。』


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