心霊図書館 >> 心霊文庫第17篇 >>  憑依と自殺の実例 その二

『死者に交わる三十年』

憑依と自殺の実例 その二

三、亡母の注意と謝辞

 私はこれでやっと、自分のせがれと一緒になることがきました。これまでも、何遍そうしたいと思ったか知れませんが、それがきずに居たのです。私が近づこうと思念する毎に、せがれはいつも逃げ出すのです。何故なぜそう私を恐がるのかといいますと、日頃人間が死ねば滅びるものだという、間違った教をきかされて居たからです。人間が死者を恐れるのは、主に其所そこから来て居ります。

 われわれ人間は、死ぬるということはございません。ただ死と称する一つの関門を越えて、別の世界に進み入る丈です。その真理さえのみ込んで居れば、死後の世界は、実に美しい境涯です。しかし人間は地上の生活をして居る時から、来世に関する知識を、少しは蓄えて置かねばなりません。

 何卒どうぞあなた方は、御自身並に人生に就いて、充分に研究していただきます。さもないと、私のせがれのような目に遭います。彼は何年間か、ただ逃げることばかり考えて居ました。私を見ても、又自分の愛人を見ても、ただ一生懸命に逃げました。

 それからせがれはしばらくの間、一人の老婦人に憑依して居たこともあります。ドウすればその霊衣オーラの中から脱出し得るかを知らないので、いつまでも其所そこに滞在して居たのです。一と口にいうと、せがれは地獄に入って居たのです。但しその地獄は、あの宗教で教ゆる火の地獄ではありません。自分の無智から造り上げた一種の地獄なのです。

 何卒どうぞ皆様は来世の状況を研究して置いて、死後の準備をなさいませ。死というものはダシヌケに来るものですから……。その準備はただの信仰ではけません。真の知識が必要です。死の黒幕の彼方に何があるか、よくそれをしらべて置いていただきます。そうすれば、いよいよ時節が来て、次の世界に歩み入る時にマゴつきません。自分の行先がよく判って居ますから、私の憐れなせがれのように、地縛の霊魂とならずに済みます。

 可哀そうに私のせがれは疲れ切って居ります。精神的の大病人であります。これから私がよく看護してやって、永遠の生命の何物なるかを教え、霊界のうるわしき境涯をはっきり会得させてやります。

 くれぐれもただ信ずることは禁物でございますただ信ずればその場所に固着して一歩も進めません。またわれわれは他のめに生き、他のめに尽すことを忘れてはなりません。そうすれば霊界に入ったときに幸福をられます。これが幸福をめの秘訣ひけつでございます。

 あなた方が私のせがれに与えられた御援助に対しては、お礼の辞もございません。母性愛は強いものです。次回にせがれがあなた方にお目にかかる時までには、きッと立派なものにしてお目にかけます。せがれを苦しめるものは疑惑の念です。疑惑は人間が生死の中間に自分自身で築くところの障壁です。この障壁の存在する間は、母子でさえも一緒になることができません。

 せがれは現に私の姿を見る毎に、私を避けました。アリスも、私も、せがれに近寄ることができませんでした。せがれはてっきり自分は生きて居るもの、自殺し損ねたものと思いつめて居ました。曩日さきごろ一人の感受性の強い婦人と接触して、その躯に憑依して居た時などは、当人は監獄に入れられたものと勘違いしていました。

 くれぐれも今回の御援助につきましては御礼を申上げ、御事業に対して、神の冥助みょうじよの下ることを祈願します。

 これでおわかれ致します。(大正十五、一)


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